生き方と行き方

新人研修などの研修を始めた当初、もっとも注力するのは「意識を変える」ことである。

学生の間は、常に答えが用意され、正しい答えを探すことが「学習」ということになっている。
だが、実社会に出れば、答えがあることの方が少なく、「答えを自分で見つける」ことが必要になることに気付くだろう。

私の研修では、このギャップを埋めるべく「答えを求める」から「自分で考える意識」を持てるようにカリキュラムを組み立て実施している。
そのために、ヒントはできる限り少なく、自分で考える時間を多く取り、答え合わせもせずに自分たちで評価する、という研修になるのだ。

実際には世の中の多くの研修が、可能な限り説明をし、演習を行った後には模範解答を配る、という形を取っている。
このような形をできるだけなくし、考える力を引き出すような研修を増やしていくのが、私のライフワークだと考えているのだが、それをうまく表現する方法を考えていて、ふと、タイトルのような言葉に行き当たった。

世の中の多くの研修では「行き方」を教えている。
私の研修で教えているのは「生き方」である。

音(おん)は同じなので電話で説明すると少しまどろっこしいだろうが、文字にすれば一目瞭然である。

これはいい、と少しにやけた後すぐに不安になった。

私が「生き方」なんか教えられるのだろうか。
そんなに偉い人間であるはずがない。

言葉に引きずられるとこんなふうになるのだろう。

迷うことはない。

私が教えられる生き方というのは「自分の力で考えて判断をして行動をする」の一点だけである。
これ以上は私にはできなくてもいいし、もとよりそれ以上のことを教えられるほど、偉いわけでも、いい生き方をしているわけでもない。

「考える力は生きる力」なのだ。

それだけをぶれずに伝えていきたいと、あらためて考えた次第である。

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