後書き
本書は、私の経験した新入社員研修を部分的に抜き出し、再構成したものです。ですから、ある年度と他の年度のことが混じってはいますが、書いてある内容はほぼ実際にあったことです。研修の内容はすべて実際に実施したことですし、使っている台詞も、起きたこともほぼそのまま書いてあります。
類書では「事例を考えるのが大変だった。」との記述を見ることがありますが、その点は実際の経験を書くだけなので、とても楽でした。
もっとも紙面の関係で研修のすべてを書くわけにもいきませんから、かなりはしょってはあります。
モチベーションを高めるための言葉や、課題の全てを通して成長があるので、この本に書いてあることをそのまま行うことも難しいかもしれません。
ですが、研修の雰囲気は味わってもらえることと思います。
また、本書からは、私の講師ノウハウをいくつか読み取ることができると思います。このようなノウハウの開示は、私の教育分野での講師としての競争力を弱める方向に働くかもしれませんし、実際にそう忠告してくれた人もいました。
ですが、それでよいと思っています。
私は、人を育てるスキルができるだけ広く広まることを願っています。
それが人に生きる力を与え、人を幸せにする手段だと考えているからです。
人を幸せにする仕事ができれば、私がこの世にいろいろな人に迷惑をかけつつも生きている価値があるというものです。
そして、自分がさらに精進して、よりよい講師となるための大きなモチベーションにもなります。
私の講師経験は新人研修から始まり、新人研修は年に一度です。
ですから、新人研修の経験回数は、講師の経験年数にも等くなります。
その10年にわたる新人研修ですが、どの研修でも、終了時に受講生が泣いてくれなかったことがありません。
涙ぐむ、という時の方が多いのですが、中には大泣きしてくれる人もいます。
私がつられて泣いてしまったことも1度や2度ではありません。
私は、泣けることは一生懸命やった証だと思っています。
研修期間中、朝から晩までさまざまな課題に必死に取り組み、必死に調べて頑張って、成長した実感がなければ泣けないと思うのです。
私は、これからもそういう「必死になれる学ぶ場」を作り続けたいと思います。
そして、そういう場を作れる人に増えていってもらいたいとも思います。
学ぶ文化を定着させることが、これからの企業や日本を元気にするためには、必要なことだと思います。
新人研修を初めとしたさまざまな研修に取り組む中で感じているのは、人間は「すごい」ということです。学びたいと感じ、必死になって学ぶ人間のすごさは、見たことがない人には分からないでしょう。
「教える」ことがベースの従来の研修を長く見てきた研修会社の担当者が「こんなのは初めて見た」と言うぐらいですから、見たことがない人が多いこともうなずけます。
ですが、そのすごさは、誰もがもっている、もともとの人間の力なのです。
それを引き出す環境がなかっただけであり、環境があれば人間は本当の力を見せてくれるものです。
講師は教える仕事ではありません。教えてあげる、などおこがましいと思います。
講師の仕事は「学ぶ場を作る」「学びたい気持ちに気付かせる」ことであり、それができればあとは一生懸命にサポートするだけでよいのです。
これは、会社でも、家でも、学校でも、どこでもできることです。
この「育てる文化とスキル」が日本のすみずみまで行き渡れば、さまざまな問題が解決するか、少なくともよい方向に変わるに違いないと、私は信じています。
今の私は、育てるスキルの普及という意味では、まだスタート地点に立つか立たないかの所にいるのかもしれません。
そして、おそらく、私が生きている間にゴールはできないでしょう。
ですが、誰かが走り始めないといけないと、誰もゴールにはたどり着けません。
私は、その最初に走り始める「誰か」になりたいと願っています。
それが私の役割だと信じて。