5章 技術講習だけど
1. 変なワークショップ??
ヒューマンスキル研修、技術研修が入り交じった形の研修が進み、少しずつ次の課題を楽しみにしている雰囲気が感じられます。
「今日のワークショップは『雨が降ったらどうなる?』です。」
「へっ?」
グループワークにも慣れてきた頃ですが、さすがに面食らっているようです。
「皆さん、ブレインストーミングは知っていますか?」
半分ぐらい手が上がります。
最近ではブレインストーミング自体は知っていることが多くなってきましたが、実際の練習をしたことがない人がまだまだ多いようです。
「それでは、ブレインストーミングとはなんですか?」
手を挙げてくれた人に質問していきます。
「たくさんアイデアを出すことです。」
「そうですね。どういうことに気をつける必要がありますか?」
「否定的なことを言わないことです。」
「他にありますか?」
「・・・・・」
この辺がスタート地点のようです。
「それでは、雨が降ったらどうなるか、についてワークショップをしてもらいます。ブレインストーミングというのは知っているようですから、たくさんのアイデアを出してから、結論を作って発表してもらいます。付箋紙を用意してありますから、好きなだけ使ってください。
何か質問はありますか・・・・」
いつもの儀式を行って作業に入ります。
「どうやって進めようか?」
「まず個人で思いつくものをあげてみたら?」
「そうだね、10分ぐらい?」
「うん、全部で2時間だから、書く時間を考えたら・・・・」
作業に入る前に段取りをしましょう、というのがだいぶ浸透しているようです。
何度も、時間が足りない、という振り返りをしてきた成果でしょう。
グループごとにそれぞれの方法で作業を進めていきます。あらかじめ進め方を指示していないので多様性があります。きちんと話し合いができたら、あとからそれを共有する機会を設ければよいのです。
さて、いろいろなアイデアが出てきているようです。
「じゃあ、考えたのを出してみよう。」
「これとこれは同じだね。重ねちゃってもいいかな。」
「これとあれは似てるから、並べておこう。」
「全部出し終わったよ。」
「うん。じゃあ次はどうする?」
「・・・・・・・・選ぶ?」
さて、ここから先が勉強です。
単なる寄せ集めでは、ブレインストーミングにはなっていません。
なんだかおかしいと感じてはいるようですが、どうすればよいかわからないようです。
近くに寄って声をかけてみます。
「いっぱい出たね。次はどうするの?」
「どれか選ぼうと思います。」
「ブレインストーミングはした?」
「・・・・・いいえ。」
小さい声で返事が返ってきます。
「もっと出てきたアイデアを膨らましたりしてみたら?」
非常に曖昧なアドバイスですが、今のままではいけない、というのは伝わります。場合によってはもっと具体的なアドバイスをする事もありますが、まだ悩む時間はありそうなので、悩んでもらうことにします。
この課題にはいくつかの要素が含まれています。
一つはアイデアを膨らませる、というのを体験することです。人のアイデアを受け入れ、それに自分の発想を乗せて返す、という行動の繰り返しが面白い発想につながるということを体験してもらいます。
アイデアが出せるというのは、問題解決の話し合いをしていても、手段の幅が広がることにつながります。今後の作業全般に影響があり、チームでの問題解決能力の向上に寄与するでしょう。
もう一つは出てきたアイデアを評価し、話し合いによって深めていかないと、せっかくのアイデアが生きてこない、ということを知ることです。
実は、最初の説明はあまり親切なものではありません、というよりはかなり意地悪なものです。
ブレインストーミングという言葉に意識が行っていますから、その先までなかなか意識が向かないのです。
ですが、あらかじめそんなことを言ってもできるものではありません。失敗してそこから学んでもらえればよいのです。
ブレインストーミングについてはできるだけこの課題の中で体験してもらいたいので、残り時間をにらみつつ、小出しにアドバイスをしていきます。
「ほう、おもしろいね。」
近くを通ったときに、アイデアを発展させる意見が出ていれば声をかけます。
講師がほめることは、それがいいことだ、と認めていることになります。ほめることで、その「いいこと」が広まっていきます。おもしろいことに、極端に情報が少ない中で作業をしていると、ほかの場所で話している講師の話にも聞き耳を立てるようになるため、一つのグループで話したことが他のグループにも影響を与えたりします。
2. 異文化交流
「先生、席替えはしないんですか?」
「どうして席替えをしたいの?」
最初のグループで1週間~2週間ほど過ごすと、このような声が上がるようになってきます。
席替えを求める声が出てくる理由は大きく分けて2つあります。
一つは、どうもうまくいかないから、というものです。
うまくいかないから席替えをする、というのでは解決の手段を探るチャンスを放棄することになります。どうせ社会に出たらそのような問題ばかりなのですから、問題を回避することは得策ではありません。それでは研修のための研修になってしまうことでしょう。
問題を回避する手段を考えることが本当に必要な力です。
ですから、うまくいかないから、という理由での席替えは基本的にしません。
もう一つは、別の人達とグループワークをしてみたい、という希望です。
ある程度グループワークを繰り返すと、進め方のパターンが出てきます。グループ単位で文化ができてくると言ってもよいでしょう。うまくいくパターンを見つけると、グループワークが先の見える「作業」になってしまい、おもしろさが減ってくるのです。
意識を高く持っていれば「もうできることはあまりないから、別の環境で挑戦してみたい。」という気持ちが出てくるのもわかります。
このような意識が出てきたときが席替えのタイミングです。
「話し合いの仕方に変化がなくなってきたので、他の人とグループワークをしてみたいです。」
私が見ても、他のグループも含めてそれぞれ話し合いのパターンができているように見えたので、そろそろ最初の席替えのタイミングのようです。
「そうだねぇ。席替えしようか。」
席替えも最初と同じように全部を偶然によって行うのも一つの方法ですが、どうせ席替えをするのならば、それも学びのチャンスに変えない手はありません。
「それでは席替えをします。班の中で一人選んでください。その人から時計回りに番号をつけてください。
1~3番の人は、時計回りで隣の班に移動してください。」
私が全てを決めないのはいつもと同じです。
今回は2つの班のメンバーで新しい1つの班を構成するようになっています。
今まで違う話し合いの文化を持っていた2つの班が一緒になるわけで、ある種の異文化交流の場となります。
このような席替えを行った後の最初のグループワークでは、次のような会話がなされます。
「前はどうやって進めてた?」
「I君が中心になって話してたよ。隣の班に移っちゃったけど。あなたたちは?」
「なるほどなぁ。私たちにはあまりリーダーっぽい人はいなかったんだよね。だからみんなで話し合って進めてた。」
「そうかぁ。じゃあ、今回はどうしようか?」
それぞれの文化を受け入れて、尊重した上で、さらに自分たちで新しい文化を作り出そうとする考え方は、さまざまな気づきを生むことにつながります。
実際に話し合いを進めていく中で、今まで良かったことがだめになったり、だめだと思っていることが役に立ったりということを繰り返していく中で、より普遍的な「良いもの」について気付くようにもなります。
単なる席替えですが、意図を持って行うことにより、席替えさえも学びの場にすることができるのです。
この後は、全ての班の構成員からできる班を作ったりするなど、さまざまな環境で気づきを生むような席替えを行うことになります。
ですが、中にはなかなか話し合いがうまくできない班ができるときがあります。
その時には、励まし、ヒントを与えつつ、そのメンバーでうまく話し合いができるようになるまで待ちます。
特に個性と自己主張の強いメンバーがたまたま集まってしまった場合に、話し合いができないことが多いようです。
ですが、そのようなチームは機能すればすごい力を発揮します。
それぞれの意識と工夫で乗り越えられるようにサポートしつつ待ってあげます。
席替えは「うまくいくようになったときに行う。」のが基本です。
席替えを問題回避の手段ではなく、新たな学習の手段として使うことがチームで活動するスキルの習得に有効です。
3. コミュニケーションって何?
「さて、これまでの研修ではさまざまな技術を学び、何度もグループワークを行ってきました。最初に話したとおりにコミュニケーションについて、皆さんたくさん考えてきたと思います。」
研修開始から1週間もたつとさんざんグループワークをやらされて、共同作業の難しさをたくさん味わってきています。
「ですから、今日はあらためて、コミュニケーションとは、という題でワークショップをして発表してもらいます。」
いろいろと試行錯誤を続けてきている中で、問題意識は大きくなっていきます。
また、折に触れて与えているヒントやアドバイスの中からもいろんなものをくみ取ってきてもいます。
そのため、グループワークを繰り返す度にだんだん良くなってきているのは間違いありません。
ですが、そのまま続けるのではなく、一度立ち止まってきちんと整理して言葉にすることで、さらに理解が進むことでしょう。
「時間は2時間、発表は口頭で3分以内で発表してください。発表者は今まで発表をあまりしていない人にしてください。」
比較的長いワークショップです。
1週間も訓練をしていると、このぐらいのワークショップならば集中して取り組めるようになっていますし、明確な答え、というのを定義するのも難しいので時間が余ることもありません。これまでに「時間が余ったら失敗だ」というのを経験しているので、それだけ徹底的に考える必要がある、というのを認識してくれるはずです。
発表時間が短くかつ口頭でというのは、きちんとまとめて発表することを求められている、というのも、これまでの研修の中で理解ができているはずです。
この時点で発表をあまりしたことがない人、というのは発表が苦手な人であることが多く、より発表の仕方を考える必要があるということになります。
「質問はありませんか?」
「・・・・・・・・・」
「では、作業開始。」
コミュニケーションを取りながら「コミュニケーションとは?」を考えていくわけですから、自ずから自分の行動を振り返り、他人の行動を観察することになります。
また、これまでの失敗や成功例を思い返し、さまざまなパターンを抽出することにもなるでしょう。
自然と白熱した議論というよりも、じっくりと話し合う雰囲気になっていきます。
「この研修が始まるまでは、コミュニケーションって自分の言いたいことを相手に伝えること、だと思っていたんだけどな。」
「私も。でも、それは違ったよね。みんなが好きな事を言っていたら話がまとまらなかったし。」
「うん。」
「じゃあ、他に何が必要だったんだろう?」
「他に、というのもそうだけど、自分の言いたいことを言うことも必要なのかな?」
「確かに、言わないと伝わらないし、みんなが何も言わなくなってもだめだよね・・・。」
「うーん・・・・・。どこから始める?」
「・・・・・・・・でも、やっぱり話すことは必要だと思うんだよね。」
「そうしないと始まらないもんな。でもそれだけではだめなんだから、次に何が必要なんだろう?」
自分たちの行動を振り返り、考えていくことで、さまざまな疑問が出てきます。
この疑問が問題を解決するための出発点です。
疑問があれば、みんなで考えるための「質問」が自然に出てくるようになります。それに対してみんなが意見を言えば、それを検討して次の質問を発することができます。
他の班では、自分の意見を押し通そうと声が自然に大きくなっていく人もいますが、この班では、よいスタートが切れたようです。
ぴぴぴぴぴぴぴぴ。
「では発表してもらいます。」
先ほどよいスタートが切れた班の発表です。
「私たちの班では、コミュニケーションとは、伝えること、受け取ること、理解すること、だということになりました。これまでワークショップをする中で、みんなが自分の主張を繰り返すことが多く、話し合いがまとまらないという経験をしてきました。でも、話し合いをするためには誰かが意見を言わなければ始まりません。だから、問題はその意見を聞いたときにどうするか、ではないかと考えました。
意見を聞くときに、きちんと聞いてから反応すれば、単なる意見の言い合いにはならないのではないかと思います。
そこで、聞く側に必要なことを考えてみました。
まず、最初にきちんと言っていることを受け取ることが大事ではないかと思います。何を言っているかをきちんと聞いて受け取らなければ、理解する事もできませんし、せっかく言ってもらった意見が無駄になります。
だから、最初はまず意見を言う人の言葉をきちんと受け取ることが大切だと思います。
次に受け取った意見をきちんと理解する事も大切だと思います。
きちんと理解しないまま自分の意見を言っては、結局言い合いになってしまうと思います。
ですから、結局、きちんと伝えること、伝えられたことを受け入れて、それを理解して、また伝えることがコミュニケーションになるのではないかと思います。」
私はホワイトボードに「伝える」「受け入れる」「理解する」と、発表の内容にあった言葉をそのまま使って書きました。
「素敵です。」
ここまでの研修の中で「素敵」というのは私からの最上級のほめ言葉だと伝えてあります。
「私もその通りだと思います。特に付け足すことはありません。すばらしい話し合いができたと思います。」
他の班の発表も聞きましたが、今回はこの班の圧勝です。
私が追加で説明しなければならないことは何もありません。
最初から「コミュニケーションとは・・・」と私が説明してしまうことは難しくありません。しかし、ただ説明を聞くのと、高い問題意識を持った状態で説明を聞くのとでは、結果に大きな違いが表れます。
もし、このような「ほぼ正解」と言える発表がなくても、効果はあります。
ですが、自分たちでこのような答えにたどり着いたときには、それをきちんと理解して実践できるようになっていきます。
決して説明を聞いただけでは身につかないことが、自分たちで考えることによってできるようになっていくのです。
もちろん、残念ながら時間に限りのある研修という場では、自分たちで答えを見つけてもらうという理想を常に実現できるとは限りません。
気付くまで、見つけるまで待つことが理想ですし、それを目指して課題を構成し、ヒントを与えてきてもだめな場合があります。
ですが、きちんと課題を設定して、そこまで基礎となる考え方を理解していれば、自分たちで答えを見つけてくれることも十分に期待できます。
受講生のことを信じて、準備をして、一生懸命に待つことが、私のすべき事です。
信じるところに受講生の成長の種があると思います。
◆コラム◆ 大人でも知らないコミュニケーション
私は研修時などに、社会人にもこのワークショップの題と同じような質問をすることがあります。
社会人であっても、最初の答えの中に「聞く」「理解する」という要素が含まれていることは、残念ながらあまりありません。私の経験上、それに気付いている人は2割程度だと思います。
多くの人が、伝えること、言うことがコミュニケーションである、という認識です。
「それではラジオやテレビはコミュニケーションですか?」と質問すると、「聞くことも」コミュニケーションには必要、という声が出てきます。
今の時代は、子供の頃にコミュニケーションを学ぶ機会が少なくなっています。
大勢で遊ぶ機会も減り、違う学年と遊ぶ機会も少なくなり、遊んでも黙々とゲームをしているだけ。そんな状況ではコミュニケーションはできるものではなくて、学ばなければいけないものになっている、と私は感じています。