私はほぼ全ての研修をグループワークで構成している。
毎年の新人研修でも多くの時間がグループでの作業時間であるし、演習問題についても例外ではない。
先日までの講師育成研修でもそうであるし、コーチングやコミュニケーション研修ではほぼ全てがグループワークである。
ではなぜグループワークなのか。
「ただ、予想外だったのはグループワーク中心の研修スタイルです。最初は戸惑いましたが、その効果を実感するにつれ、今では、グループワークのとりこになっています。」
私の研修に参加していただいた方の感想である。
なぜとりこになってしまうのかと言えば、次の点に集約される。
・成果が出る
・楽しい
成果が出て楽しい研修、となればとりこになるのもうなずけるだろう。
またグループワークの適用範囲はとても広い。
例えば、知識を伝えるのならば座学、と思っている人は多いだろうが、1時間の座学を、受講者を眠らさずに必要なことを伝えて実施する、というのはかなり難しい。
受講者がよっぽど興味を持っていることなら可能な場合もあるが、普通は難しい。
昼飯後の2時から3時を「悪魔の時間」と呼ぶ講師がいるように、退屈な人はたいてい眠る。
眠らさないように他の「遊び」を入れる、などの工夫もあるが、それでは本来の学習にはあてられていないので、意味がない。たいていの場合「遊び」の間は活き活きしていても、座学に戻ったとたん眠たくなる。
だが、そんな知識伝達を目的とした場合でも、きちんとした準備さえできれば、グループワークが使える。
それもかなり効果的に、である。
例えば、確認テストのようなものと、必要な知識の書かれたテキストを用意する。
その上で、問題の解説を受講者にゆだね、テストの結果が出るように解説させる、という方法がある。
解説すべき問題は、個人ごとに割り当ててその理解をグループでサポートすること。
全体のテストで誰か一人でも想定した点数に達しない場合には、目標を達成できていないとすること。
解説の後に、グループでの学びの時間を用意すること。
などとしておけば、講師が解説しなくとも、発生する質問に答えていれば、自然と目的は達成できるだろう。
もちろん、効果的な意識付けやグループでの活動の練習は必要である。
だが、それさえできれば、座学で伝えられる以上のことをグループワークで学んでもらえる。
それでは「浅い」と思われる部分については、学習後のコメントに含めればよい。
自ら学んだ知識が元になっているので、興味を持って聞いてもらえる。
それ以外にも、チームワークを学ばせるためのもの、意識を変えさせるためのもの、目標を設定するためのもの、など、およそグループワーク化できないものはない。
先日整理してみたら、200種類に迫るオリジナルグループワークをこれまで実施していた。
実際には、講師育成、コーチングなどを実施しているのでさらに増えている。
同じタイトル(例えばコーチング)であっても、受講者、クライアント、習熟度などが違えば学んでもらいたいことも変わる。
そうしたら、学んでもらうためのグループワークも当然変わってくる。
同じ課題をそのまま使える場合も多いが、そうでない場合も多い。
適切なものがない場合には、よりよいと思われるグループワークを設計し、実施しているのだが、その積み重ねが数多くのグループワークになっている。
正直言って、グループワークを考えることが「しんどい」こともあるし「アイデアが出てこない」こともある。
ネット上で使えそうなアイデアを探すこともあるし、個人的には納得できないまま、「マッチしていないところがある」グループワークをしてしまうこともある。
だが、クライアントは「人が成長すること」「気づきを得て変わること」を期待し、その成果に対して報酬をくれている。
決して「研修を実施すること」に対して報酬が出ているわけではない、と私は考えている。
だから、プロとして、より成果のあがるグループワークを考えて実施し続けることが、私の仕事である。