9章 強くなれ!
1. 潰されそうなプレッシャーの下で
研修も半ばを超え、グループで物を作らなければならないことがどんどん増えています。
「S君どう?そっちできた?」
「ごめん、まだ。」
「間に合いそう?」
「うーん、ちょっと厳しいかな。」
「じゃ、ちょっと話ししようか。みんな、いいかな。」
グループワークを繰り返す中でどんどんチームでの作業スキルが上がっているのが感じられます。
しかし私から指示される時間はいつもギリギリです。
作業スキルが上がっても、その分、内容が難しくなったり、時間が厳しくなるのですからかわいそうなものです。
しかし作業の中からはだいぶ焦りが消えています。
焦らずに急ぐことができるようになってきているようです。
「誰か、手が空きそう?」
「ごめん、俺のところはまだ余裕がない。」
「私のところは思ったより簡単だったから予定より早く終わりそうだよ。」
「じゃ、S君のところを手伝ってもらえるかな?」
「私でできそうかな?」
S君が対応します。
「今やってるところを分けるのはやっぱり難しそうなんだけど、動作確認を手伝ってもらえたら、すごく助かるかな。」
「それなら、私にもできそう。後で、やり方を教えてもらえる?」
「やり方は俺がわかるから後で教えるよ。S君にはプログラムを書くのに集中してもらった方がいいだろ。」
「ありがとう。がんばるよ。」
「いいって。他は大丈夫?」
「うん。なんとかなると思う。」
「じゃ、作業に戻ろう。」
思わずそばで聞いていてガッツポーズをしたくなるぐらい見事です。
時間の余裕があればこんな機敏な動きは必要ないかもしれません。
作業が遅れたS君を、みんなで待っているのが一番簡単な対応です。
しかし、それを許さないほど厳しいプレッシャーがあることで、このような行動が引き起こされスキルとなっていくのです。
最初のうちはプレッシャーに潰されそうになりながら作業に取り組みますが、自分たちで乗り越える経験を何度もすれば、プレッシャーは乗り越えるべきチャレンジ対象に変わっていきます。
プレッシャーへの対応方法を知らないうちはたくさんの失敗をします。しかし、振り返りのワークショップで考えることで、こうしたらうまくいったかも、という改善点を見つけ、次のグループワークでは問題を乗り越えていきます。
もちろん、次の失敗が用意されていますからいつまでも悩みはなくなりませんが、確実にスキルが身についていきます。
プレッシャーの中で発揮できてこそのスキルですし、そのスキルはプレッシャーの中でしか身につけられないものなのです。
2. やらなければ、と、やりとげたい
グループでものを作る課題の残り時間も少なくなってきました。
「もう少しでできそうだけど、時間はどれだけある?」
「あと12分ぐらいかな。」
「そうか・・・ギリギリだな。」
「最後までがんばろう。」
「なんとか作り上げたいしな。」
「うん。なんか手伝えることはある?」
「いや、これはあとは自分でやるしかない。」
「やっぱりそうだよな。」
「悪いんだけど、発表の準備を頼めるかな?」
「おう、そっちは任せとけ。ちゃんとやっておくから。」
「ありがとう、悪いな。」
「いいって。頑張れよ。」
「うん。負けてられないからな。」
最後の、負けてられない、は何に負けられないのかはわかりませんが、気持は伝わってきます。
モチベーションがあり、自発的に研修に参加している人は、やらされている、という考え方をしなくなります。
自発的に課題に取り組み、やらなければ、ではなく、やりとげたい、と思うようになります。
自分の成長を感じられるから、仲間の期待に応えたいから、できたときの感動を味わいたいから。
理由はさまざまで、一つではないことも多いですが、自発的な行動であることは間違いありません。
「やらなければ」と「やりとげたい」は似ているように思えますが、実際には大きく違います。やらなければ、という気持は外部からのプレッシャーによるものであり、「やりとげたい」は内的なモチベーションにもとづくものです。
このように内的なモチベーションが高まっているときには、講師でさえ邪魔者です。
「どう?進んでる?」
「うん、でも、ごめん、先生。今忙しいから。」
私が出した課題で、進捗を聞きにいっているのに、忙しいから、というのもどうかと思うのですが、本当に集中しているときにはこんなものです。
きっと彼の頭の中では火花が飛んでいることでしょう。
そして素晴らしい学びが起きているはずです。
3. チームワークの充実感
最後の課題の最終盤です。
難易度も、自分たちで管理しなければならない時間の長さも、これまでとは比べ物になりません。
すでに、4日ほど1つの課題に取り組み続けています。
「ここちょっと厳しいんだけどどうしたらいいかな?」
A班のS君から声があがりました。
「どこ?ああ、そこか。俺も考えてみたけどよく分からなかったところだな。M君どう思う?」
コツコツやることで飛躍的に実力をつけてきたM君に声がかかりました。
彼は新人研修全体の中での伸び頭となり、誰からも一目おかれるようになっていますし、自信もついてきたようです。もともと言葉数が多い方でもないので、彼の言葉は一言一言が力を持つようにもなっています。
「そうだな。まだ明確じゃないけど、順番に考えていけばわかると思う。」
「それじゃS君と一緒に考えてもらえないかな。」
「いいけど、俺の担当はどうする?」
「M君のところは量は多いけど、分からないところはなさそうだから俺たちでなんとかするよ。どっかキリのいいところで引き継げるかな。」
「分かった。じゃ、あと10分で引き継げるようにするから、ちょっと待ってて。あと発表資料もあるけどどうする?」
最終課題はそれに対するプレゼンテーションもおまけにくっついています。
技術力にはあまり自信がなく、最終課題の難易度の中でできることがそろそろなくなりそうなH君が口を開きました。
「俺のできるところはそろそろなくなりそうだから、今やってるところが終わったら、資料作りに専念するよ。」
「じゃ、俺もそれを手伝うから一緒にやろう。」
技術力はありますが作業のキリが良さそうなI君が、一緒に発表資料の作成作業をすることになったようです。技術的な要素も発表資料には必要ですから、心強い助っ人でしょう。
「OK。もう少しだからがんばろう。M君、頼む。」
「うん、がんばるよ。」
素晴らしいのは、全員が自分のやれることを探し、それを果たそうと努力し、見事なコミュニケーションによりそれを実現していることです。
私は明確なリーダーを定めるようには指示していませんし、A班も特に固定のリーダーは決めていないようです。
ですが、すべてのメンバーがチームのことを考えて動くことができています。
私の理想とする形ですが、ここまで素晴らしいチームは社会人でもなかなか見ることはできません。
A班の最後の課題はぎりぎりでできあがりました。
本当にぎりぎりでした。
ですが、最後まで仲間を信じ、最後まで仲間の期待に応えようとしてがんばり続ける姿には、ついついほろりと来るものがあるぐらい迫力がありました。
この日のA班のメンバーのコミュニケーションシートには同じような言葉が並びました。
「仲間を信じて良かった。私はこのA班で最後の課題に取り組めて幸せでした。」
◆コラム◆ 楽をさせるのは受講生のためにならない
私の研修は、おそらくかなり厳しいものだと思います。
ある受講生は研修終了時に「研修会場でワークショップに悩み、帰ってからもどうすればいいのか悩み、夢の中でもワークショップをしていました。」と語ってくれました。
ですが、その後に続きがあります。
「でも、研修会場に来るのが不思議といやではありませんでした。」
学ぶことは人間にとってうれしいことのはずです。
自分の成長をいやがる人はめったにいないでしょう。
厳しくて、苦しくても、その中にある本質的な楽しさに気付いてしまえば、どんなに困難な課題であっても、必死になって取り組んでくれます。
そして、最大限の学びを実現してくれます。
丁寧に手取り足取り教える事は、一見、良いことのように思えます。分からない人には丁寧に解説して、答えを納得してもらうのが良い先生である、と考えている人もいます。
講師は教える人なのだから当たり前だろう、という声も聞こえてきそうです。
ですが、そのやり方では残念ながら人は育ちません。
教えてしまうことは講師の独りよがりでしかないのです。
特に、学生から社会人になるときの新人研修では、自ら考え行動し学ぶ力を持たせることが、とても重要なことです。
ここまで見てもらったように、楽ではない研修を自分たちの力で乗り切る中で、本当の力が付いてきます。
技術スキル、コミュニケーションスキル、チーム活動スキル、ファシリテーションスキルなど、2ヶ月でよくもこんなに成長したな、と思うぐらい成長してくれます。
「受講生を楽しませなければいけないが、楽をさせてはいけない。」のです。