6章 チームの中の自分
1. 任せる、任される
チームで作業をする場合には、自ずから役割分担が必要になります。
「今日は、プログラムを書いてもらいます。昨日皆さんが作った設計書に基づいて作ってください。時間は1時間半です。」
「!」
ちょっとした動揺が走るのがわかります。割り当てられた時間がかなり少ないのです。
実際のところ、私から見ても厳しいだろうと思います。
作業分担を上手にやらなければ無理な時間です。
ですが、できる班があってもおかしくない時間でもあるのがいやらしいところです。
「質問はありますか?」
「発表はありますか?」
「いいえ、ありません。時間内に作り上げて動作検証までしてくれればいいです。」
「他に質問は?」
「・・・・・・・・」
「では、作業開始。」
すぐに動き始めますが、中でもC班のO君のテンションがひときわ高いようです。
文字通りの前のめりの姿勢がそれを物語っています。
「じゃ、どうやってやろうか?」
「割り当てを決めようか?」
「うん、そうだな。どう分ける?」
リーダー的な役割をしている人が作業の割り当てを進めていきます。
プログラムには難しい部分、比較的簡単な部分があります。一人一人のプログラミング能力を見ながらできる人には難しい部分、そうでない人には簡単な部分を割り当てることになったようです。
「ここは難しそうだな。誰がやる?」
「俺がやります。」
O君がすかさず名乗りをあげました。
実はO君はコミュニケーションがあまり得意ではなく、これまでのグループワークにはあまり貢献できていない、と思っていました。でも、プログラムを書くスキルは高いと自分でも考え、周りからもそう思われています。
これが、O君が前のめりになっていた理由です。
やっと自分が活躍できる場面ができた、と思ったのでしょう。
「それじゃ、ここはO君にやってもらおうか。みんないいかな?」
異論は出ません。
「次はここだけど、ここも難しそうだなぁ。どうする?」
「そこも俺でいいよ。」
O君、がんばっています。
「じゃ、そこもお願いするね。」
見ていると、O君はかなり多くの作業を引き受けたようですが、どうなるのでしょうか。
作業開始してから1時間15分ぐらいしたところです。
「O君、進み具合はどう?」
リーダーの役割をする人が聞いています。
「もうちょっとでこれはできあがるけど、一つがまだ手つかずなんだよね。」
「手の空いた人がいるから、こっちでやろうか?」
「いや、頑張るからだいじょうぶ。」
なんとか最後まで責任を持ってやろうとしているようです。
1時間30分がたちました。
ぴぴぴぴぴぴぴぴ。
いつもの終了の合図です。
「さて、時間となりました。できたところ手を挙げてみてください。」
C班とB班以外は手が上がりました。
C班のO君は頑張ったのですが、残念ながらできあがらなかったようです。
他の班には、O君ほどプログラムを書く能力が高い人がいないところもあるのですが、その班はなんとかできあがったようです。
ですが、私からは「なぜできなかったのか」、「どうすれば良かったのか」について話はしません。その代わり、いつものように反省ワークショップを行います。
「ごめんね、俺が全部作れなかったからうちの班だけできあがらなかった。」
「いや、手が空いてる人がいたから、そっちで負担すれば良かったんじゃないかな。」
「でも、難しいところだったみたいだから、O君以外では無理だったんじゃない?」
「他の班では、できてるところがあるよ。だからできると思うんだけど。」
「そうだなぁ。2人、3人で協力すればできるかな?」
「できるかどうかは分からないけど、少なくとも時間内にやることがない人がいるのはおかしいよね。」
「そうだな・・・・どうすれば良かったんだろう?」
失敗すると、チームとして作業を分担して行い、効率よく作業を進める工夫をしなければならない、という意識が芽生えます。
できるから全部引き受けるのではなく、全部の作業を終わらせるためには作業をきちんと分担し、任された分は責任を持って終わらせるとともに、進捗報告をまめにして全体を管理していくということが必要になるのです。このような作業分担をしなければ終わらないような時間設定の課題を繰り返す中で、管理に関するスキルが自然と身についていきます。
よく報連相と言われますが、報連相が大事だというのを口で言ってもなかなかできるようにはなりませんが、このような課題に取り組む中で、自然に重要性に気付き、できるようになっていきます。
2. 三人寄れば文殊の知恵
先ほどの課題の反省ワークショップの中で、こんな話が出ていました。
「さっきの作業はO君が頑張ってやってもできなかったんだから、一人じゃ無理な作業だよね。」
「うん。でも、できた班もあったんだよな。」
「やっぱりみんなが力を合わせたらできたんじゃないかな。」
「でも力を合わせるためにはどうすればいいんだろう? 私たちだって作業分担したし・・」
「途中で確認しなかったのがよくなかったと思う。O君に任せすぎたのも問題だったけど、途中で確認していれば、もっと手の空いている人が手伝えたかもしれないから。」
「確かに遊んでる人がいたもんな。」
「そうだね。ひとりに任せっぱなしにしたのがいけなかったな。」
「じゃぁ、どういうタイミングで何をすればよかったのかな?」
三人寄れば文殊の知恵、という言葉があります。
1人ではできないことも2人ならでき、3人集まれば1人の時の5倍の成果を上げることが可能な場合もあります。
反省ワークショップの発表で「みんなの力を合わせて」という内容が出てきたら、私はこのような問いかけをすることにしています。
「それではチームの力を引き出すためには何が必要ですか?」
「三人寄れば文殊の知恵、という言葉がありますが、どうしたら3人が智恵の神様である文殊様とおなじような力を発揮できますか?」
答えはコミュニケーションがきちんと取れること、です。
3人いてもばらばらに動いていては効率を上げることはできません。
3人がコミュニケーションにより有機的に動くことができて、初めて3人以上の力を発揮することができるようになるのです。
これも口で説明するのは簡単ですが、できるようになるには時間に追われた中で協力する形を自分達で考えることがどうしても必要です。
知っていることとできることは違うのです。
3. リーダーって何?
私は研修中に「リーダーを決めてください」と言うことは滅多にありません。
よいチームになるためには全てのメンバーがチームのために何ができるかを考える必要があり、すべての人がリーダーの要素をもたなければならないと考えているためです。
そのようなことを伝えていると、自然とグループの中でみんながリーダーを体験するようになり、言われたまま動くのではなく、チームのことを考えて動くようになっていきます。
ですが、自然とその中でもリーダー的な役割を果たすことが多い人が出てきます。
積極性や性格が影響しますが、自然発生的なリーダーが出てきたときに次のようなワークショップを実施します。
「次は、リーダーについて考えてみましょう。」
ホワイトボードに「リーダーとは?」と書きます。
「今、班の中で一番リーダー的な役割を果たしている人、一人、手を挙げてください。」
顔を見合わせながら、もぞもぞと手が上がっていきます。
全部の班で手が上がったら次の指示です。
「では、今手を挙げた人は前に出てきてください。」
何をやらされるのだろう、という顔をしながらみんなが前に出てきます。
「出てきた人たちで、臨時の班を作ってもらいます。リーダー班です。今までの班とリーダー班の5つの班の中でワークショップをしてもらいます。リーダー班の人は自分の椅子をもってきて、話し合いをしてください。」
リーダーの中には「やられた」という顔をしている人もいます。
もとの班の中には不安そうな顔をしている人もいます。
ここまでのグループの活動の中で、個性が強いリーダーシップのある人がいる班はその人が引っ張り、後の人は言われたことをするだけ、という感じのあるところが出てきています。そういう班ではリーダーが抜けた後、どうしたらよいか分からなくなるのも不思議ではありません。
「発表は模造紙一枚、時間、発表者は自由です。それでは作業開始。」
突然今までとは違う環境になり、話し合いに戸惑いが見られる班もあります。セカンドリーダー的な人がさっそく動き始めた班もあります。
リーダー班の中には、自分の班を心配そうにちらちら見ている人もいます。
強い個性をもったI君というリーダーが抜けた班はしばらく話し合いが始まりませんでしたが、ようやく声が出てきたようです。
「うちの班、いままでI君に頼りっぱなしだったんだな。」
「そうだな、抜けたらとたんにどうしたらよいか分からなくなったもんな。」
「リーダーに頼りっぱなしだと、こういうときに困るよな。」
「うん。俺たちももっと積極的に参加していかないと。」
「そうだな。」
「でも、今はリーダーについて考えないといけないんだよな。俺たちがどうするかじゃなくて。」
「リーダーってメンバーを引っ張っていくだけでいいんだろうか?もしそうなら、居なくちゃなにもできなくなっちゃわないかな。今の俺たちみたいに。」
「そんな気がする。」
「でも、俺はリーダーシップって、ぐいぐい引っ張っていくことだと思ってたよ。」
「俺もそう。でも、それだけじゃだめみたいだな。」
「うん。」
「なにが必要なんだろう・・・」
このような状況の変化を体験し、考えることにより、リーダーが果たすべき役割が見えてきます。
リーダーの役割、リーダーへの依存、メンバーの活かし方、育て方、などを考えるようになっていくのです。
リーダー班はリーダー班で話し合いができていますが、もともと主張の強いメンバーが多いのでなかなか話が進まないようです。
「リーダーはやっぱりみんなを引っ張らないとだめなんじゃないかな。リーダーシップってそう言うものだと思うけど。」
「俺もそう思うけど、でも、そんな当たり前の事をワークショップでやらされるかな?」
講師の意図を勘ぐっています。
「そうだよな。先生はそんなことしないし。」
「I君はどう?」
「・・・・自分の班のことを考えてた。今までは俺が全部やってたような気がするから、残った人たちがどうやって動くのか想像できないんだよ。」
「そうか・・・・」
残った班ではセカンドリーダーのF君が活躍してるE君が発言します。
「うちの班は、F君と一緒にリーダーをやってたような感じだから、今はF君が引っ張ってくれてると思う。だからあまり心配してない。」
「自分以外のメンバーがちゃんと動いてくれてると、残った班でもちゃんと動けそうだもんな。」
「そうなんだよな。俺が今まで一人で引っ張って来たのって、班のためになってたんだろうか、って思っちゃう。」
リーダー班の中ではちょっと色の違うK君が発言します。
「俺は技術もないし、積極性もないから、みんなの意見をちゃんと聞こうと思って、いろんな質問をしてまとめる役割をしてた。だから、みんなみたいなリーダーシップはないんだけど、なんとなくリーダーみたいになっちゃってた。」
「なるほど・・・俺は他の人の意見はあまり聞いてなかったな・・・」
K君の班はこれまで班替えをしてメンバーが替わっても、ずば抜けた才能の人がいなくても、不思議とそつなく課題をこなしてきています。K君の班の実績はこれまでのところ、一番と言えるでしょう。班のメンバーがー生き生きと活動しているのも他の班とは少し違うところです。
今の時代、良いリーダーとはぐいぐい引っ張っていくだけの人ではなくなっています。
仮にそうだとしても、有無を言わせず引っ張っていくためには、かなりの実力差が要求されます。現実にはなかなか難しい事でしょうし、ドングリの背比べのような新人研修ではそのようなリーダーシップでは、本当のチームの力を活かす事はほぼ不可能です。
現代で求められているリーダーは、K君のようなメンバーの力とやる気を引き出し、チームの力を引き出すリーダーなのです。
どうやら、そのことに気づき始めたようです。
ぴぴぴぴぴぴぴぴ。
「それでは発表をお願いします。」
最初はセカンドリーダーのF君の班です。
「リーダーとは、先頭に立ってみんなを引っ張るものだと思います。」
F君の発表はぐいぐい引っ張るという、今までのリーダーシップ論と同じようなものとなりました。
これはF君のリードによりスムーズに話し合いが進んだためにそれ以上の深い議論が出てこなかったためのようです。言い換えれば、うまくいってしまったために「失敗」ができなかったのです。そういうときにはなかなか議論は深まりません。
次はI君が抜けた班です。
「私たちは今までI君が先頭に立っていろいろやってくれていたので、話し合いが始まってからどうしたらいいのか分からなくなりました。
自分たちで言うのもおかしいのですが、リーダーはチームのメンバーを育てることもしなければならないのではないかと思います。そうしないと居なくなってしまったら何もできなくなります。
もちろん、メンバーも積極的に参加して、リーダーが抜けても作業ができるようにしていかなければならないと思います。一人一人がリーダーの視点を持って行動すべきだと思いました。」
I君たちにとっても痛いところですし、発表している自分たちにとっても痛いと思われる発表です。ですが、メンバーの側からこのような意見が出てくることはリーダーシップを考える上でとても大切な事です。
私は次のような話をして、リーダーについてのワークショップの締めとします。
「リーダーが抜けたとたん動けなくなるチームは良いチームなのでしょうか?
たぶん、違いますね。
それは今回のワークショップでよく分かったと思います。
本当のよいリーダーはチームのメンバーの力を引き出し、リーダーが抜けても機能できるチームを作れる人です。
前から引っ張るのではなく、後ろから押してあげるリーダーと言ってもよいでしょう。」
リーダーのあり方を考え、それを何度も試行錯誤する中で身につけていくことは、将来のリーダーの養成に間違いなく結びついていくことでしょう。
◆コラム◆ チームで作業するために必要なのは?
みんなの意見を引き出すリーダーだったK君の班は、それ以降もグループワークでの大きな失敗はしませんでした。それはメンバーが替わっても、より主張の強い人がメンバーになっても変わりませんでした。
K君のもともとのヒューマンスキルが高かったのでしょうが、人の意見をきちんと聞く、というのはそれだけの力があることなのです。
問題があればすぐに報告しやすい形を作っていつでも話を聞き、人のことをよく見、状況が変化すればまたみんなで話し合いをする、というK君のスタイルは一貫していました。
K君の技術的なスキルが高くなかったというのも、リーダーとして調整に徹する理由の一つだったかもしれませんが、技術スキルを身につけて、さらにメンバーの力を引き出すことができれば、すばらしいチームリーダーになっていくことでしょう。