2章 グループワーク
1. 初めてのグループワーク
「さっきの他己紹介にはどんな要素があったと思いますか?」
休憩後の最初の質問です。
手が上がる場合もありますが、今回は上がりません。
「人の話を聴く、質問して話を聞き出す、紹介のために発表する。この作業の中にはコミュニケーションのためのいくつかの要素が含まれています。
皆さんは社会に出て働くようになったら、一人で仕事をすることはありません。必ず複数の人間のチームに所属することになります。
チームで仕事をするときに大切なのは、きちんとしたコミュニケーションが取れることです。この研修は技術研修ですが、技術と同じぐらいコミュニケーションについてもたくさん考えてもらうことになります。」
他己紹介に含まれるコミュニケーション要素を意識させることで、これからの研修への取り組み方が変わってきます。他己紹介はほんとうに便利なアクティビティです。ただの自己紹介に使ってしまってはもったいないです。
IT企業の新人研修ではコンピュータについて学ぶことが普通です。
今回の研修であらかじめ決められているカリキュラムでも、最初は「コンピュータ基礎」になっています。
「皆さんはこれから何を学ぶか知っていますか?」
「コンピューター・・・・・?」
「プログラム・・・?」
いろいろな声が上がります。
「そうですね。そのとおりです。皆さんはこれまで学校でコンピュータについて勉強してきましたね。」
A社の新入社員は全員が専門教育を受けてきた人たちです。
「では、コンピュータってどこにありますか?今からグループで話し合って、できるだけたくさんあげてみてください。」
最初のグループワークです。
今の時代、コンピュータという言葉を知らない人はいません。ですが、どこにコンピュータがあるのか、というと、目の前のパソコンしか思い浮かばない人がいます。実際にはどこにでもあると言っていいぐらい、コンピュータが使われているのですが、意外な事に専門教育を受けてきた人たちでもそれを意識していないことがあります。
知ってると思っていたことが実は知らない、説明できない、ということに気付くことはショックです。「知っている」と「理解している」との間の差に気付くのです。
このショックが『学ばなければならない』、というモチベーションにつながっていきます。
このグループワークはそれに気付いてもらうのが第一の目的なのですが、それと同じぐらいの重みで「最初のチームコミュニケーションの練習」としてとらえています。
「やることが分からない人はいますか?」
「時間はどれぐらいですか?」
「30分とします。他に質問は?」
「・・・・・・・」
「なければ始めます。作業開始。」
30分という時間はその時の雰囲気や受講生によっても変えるのですが、ここでは比較的長い時間を設定します。
目的の一つが「チームコミュニケーションの練習」だからです。
私の研修ではワークショップをはじめとするグループワークを多用します。そのグループワークで成果を期待するために欠かせない要素の一つが、コミュニケーションスキルです。
グループワークをするにはコミュニケーションスキルが必要で、コミュニケーションスキルを学ぶにはグループワークが必要、という鶏が先か卵が先か、という状態になってしまうのですが、これはやむを得ません。
最初は、グループワークとしての成果を期待できないことを前提として、まずはコミュニケーションスキルを最低ラインまで持ち上げないと先に進めないのです。
「コンピューターはどこにある?」などという話してしまえばすぐに終わってしまうような内容をグループワークにするのは、それが目的です。
ですが、最初の課題が難し過ぎれば、グループワークに対するアレルギーができてしまうかもしれません。このぐらい簡単で楽しく話せるものが適していると思います。
よく初対面の人が集まる研修において「○○について話し合ってください」といきなりワークショップが始まることがあります。正直に言って、参加者に話し合いに関する素養がなければなかなかうまくできるものではありません。与えられた時間が短ければなおさらです。
ワークショップに学びを求めるのならば、その前にコミュニケーションが円滑にできるような準備を行う必要があると私は考えています。
アイスブレークをきちんと行い、話ができる素地を作ってから、実際に話し合うことの難しさを体験し、それについて考えることが、コミュニケーションを学ぶためにはとても重要で、それを抜きにしてはグループワークでの多くの成果も望めません。
また、課題に取り組むときには「やることが分からない人はいませんか?」と「作業開始」という言葉を必ず使うようにしています。
繰り返して使っていると、この言葉が「作業に入るためのスイッチ」になり、取り組みの入りが素早くなります。小さな工夫ではありますが、効果は高いものです。
さて、現場に戻りましょう。
作業の様子を見ていると、なかなか話し出せないグループがあったり、雑談になったりしているグループがあります。
少しずつ目線を変えさせるヒントをつぶやきながら回ったりするのですが、強制的に軌道に戻したりすることはありません。戻すどころか、場合によっては雑談に参加したりもします。
目的は二つあります。
一つは、失敗してもよい、というよりも、失敗して欲しいからです。失敗した方がよりよい学びにつながります。もう一つは、私と受講生の関係を作るためです。
人間は成功してしまった体験からは学べません。なぜなら、すでにできるから成功するのであり、すでにできるなら学ぶものは少ないのは当たり前です。逆に失敗したことからは多くを学べます。「失敗から学ばせる」ことはとても有効です。
また、この時点では、受講生と私は数時間前に初めて会った他人であり、お互いの関係を作ったり、位置関係を確認したりしている時期です。その段階で「それはだめ」「こうしなさい」という指示を出しては、それが関係の基本的な位置づけになってしまい、望ましくありません。
コーチングの考え方では、コーチは「クライアントと共に歩むもの」とされています。
指示や強制はその考え方にはそぐわないものです。
物事をうまくこなさせるために先回りして指示を出すよりは、失敗させるほうが大きな成長を期待できますし、信頼関係をきちんとする方が後の学習でよい効果をあげることにつながります。
もちろん最初からちゃんと話し合えればベストですが、そんなことは滅多にありません。
ぴぴぴぴぴぴぴぴ。
「では発表してもらいます。」
「最初に発表したい班は手を挙げてください。」
キッチンタイマーの音も含めて、これも決まり文句にしていきます。
もっとも発表順を決めるときにはさまざまな工夫を凝らして楽しめるようにしますが、それはここでは考えなくてもよいでしょう。
「発表は3分以内でお願いします。」
ここで「あっ」という顔をする人がいます。
先ほどの指示の中に含まれていない項目だからです。
もし、受講生からクレームが出たら「知りたかったら質問してください。」と言ってしまいます。そうすると次から指示の内容を意識するようになります。他にも発表者をどうするか、という問題もありますが、ここでは誰でもいいということにしました。
発表内容を聞きながら、それをホワイトボードに書いていきます。
今までの経験では、漏れなく『漏れ』があります。答えの数も膨大ですから、当たり前の話です。
全グループの発表を聞いた後で「では、○○にはコンピュータは入っていますか?」と漏れているものについて尋ねると、また「あっ」という顔をします。その「あっ」の数が多ければ多いほど、話し合いや自分の知識に疑問を持つことになります。
ここではたくさん疑問や「失敗した」という感覚を持ってもらいたいので、できるだけたくさんの例を挙げていきます。
受講生から上がらなかったものの中から、「なぜ気付かなかったのだろう」と自分たちで思うようなものを見つけ「なぜ、○○に気付かなかったのですか?」と問いかけてみます。
いろいろな意見が出ますが、その中に「話し合いが足りなかったから。」という意見が出てくればしめたものです。もし専門教育を受けてきた人たちであれば「学校で4年間も習ってきたのに、・・・」などというのをつけても効果的です。もっともそれを言うときには受講生の感情に十分配慮していやみにならないように気をつけなければなりません。
「悔しい」という感情は「次にはもっと上手にやりたい」という気持ちにつながります。
必要以上にへこませてはだめですが、悔しいという感情は上手に使いたいものです。
「では、先ほどの話し合いをどうしたら良かったのか考えてみてください。反省のための話し合いです。
やることが分からない人はいますか?」
「何か質問は?」
「何分ですか?」
「そうですね、20分でお願いします。」
先ほどの経験が生きてきちんと不明点を尋ねるようになります。
自分の行う作業に主体的に取り組もうとする意識の現れです。
「発表時間は?」
「3分以内です。」
曖昧な指示を自分で分析し、足りない情報を得ようとする行動は、質問する力を身につける第一歩です。そのために指示は何かを意図的に少なくします。
「あ、言い忘れましたが、発表者は私が発表前に指名します。」
発表者が発表前にしか決まらないということは、誰が指名されても発表できるようにしておかなければならない、ということです。
これで、話し合いの中身を一気に緊迫させることができます。どうせ私は関係ない、という逃げ場がなくなりますので、研修の初期には意識的に多用します。
「他に質問は?」
「・・・・・・」
「なければ始めます。作業開始。」
同じような事を繰り返しているように思えますが、実際には少しずつ負荷が上がっています。
時間が短くなったり、発表者が分からなかったり、話す内容の抽象度が上がったり、しています。しかし、乗り越えられない壁ではありません。
このように少し背伸びをして、工夫をしながら作業に取り組み続けることが、効果的なスキルの習得につながっていくのです。
簡単すぎても集中力が切れてしまいます。
難しすぎたらやる気がなくなってしまいます。
グループワークでも個人で取り組む課題でも、モチベーションを高く保つためには「ちょうどよい難しさ」が大切なのです。
そして、ここでやっているような「何が良かったのか、何が悪かったのか、どうしたら良かったのか?」を自分たちで考える「振り返り」を行うことが重要です。
「次にどうしよう、という具体的な内容まで話し合ってください。」
話し合いの最中にこのような指示を出すこともよいでしょう。
業務改善などにはPDCA(Plan Do Check Act)サイクルを継続的に回すことが大切だと言われますが、学習についてもPDCAサイクルを回すことが有効です。この振り返りワークショップは、CheckとActに該当する作業であり、学習の効率を劇的に上げていくために役に立ちます。
2. 共同作業の面白さ
反省ワークショップが始まったようです。
「なんで○○に気づかなかったんだろうなぁ・・・・」
「学校で聞いたことあるわ。」
「俺たち、ずっと違う話してたもんな。」
「どこからそれたっけ?」
ワークショップの開始とともに、あちこちでこんな声が聞こえてきます。
あるグループの話し合いを覗いてみましょう。
「私もそれてるなぁ、って思ってたんだよな。」
「なんで、みんなそう思ってるのに戻せなかったんだろう?」
「楽しかったから、かなぁ?」
「そうだね、楽しかったよね。」
「とくに、B君は面白かったな。」
「うん、うん。あんなことを言う人じゃないと思ってたからびっくり。」
「だよね、B君、お笑い番組とか見てる?」
残念ながら、またそれているようです。
誰かが気付いて元に戻してくれることを期待しましょう。
机の並び替え、他己紹介、コンピュータはどこにある、などと研修開始から立て続けにグループワークに取り組んでいくと、お互いのことが少しずつわかって最初とは違う印象をお互いに持ったり、人の発想や知識を知ることが楽しい、と思うようになってきます。
もちろん、学生時代にこのような作業をしたことがないことなどから苦手意識があり、グループワークが苦痛だ、という感想を持つ人もいるのですが、それを克服するのも大切な事であり、回数を繰り返せば、グループワークで人と協力することの大切さと楽しさに気付くようになります。
「コンピュータはどこにある?」などという課題を一人で考えていても、おそらく楽しくはないでしょう。みんなで「あれはどうだろう?」「じゃぁ、これは?」などと話して発見することが楽しいのです。
この「楽しい」という感情を持ってもらえれば、次のグループワークにも積極的に取り組んでくれるようになります。
グループワークでは、課題の設定が、楽しさが感じられるかどうかに、当然の事ながら大きな影響を与えます。
また、取り組む際の「雰囲気」も楽しく作業できるかどうかに影響を与えます。
最初の段階で「グループワークが楽しい」と思えれば次のグループワークにも積極的に取り組んでくれますが、「つまらない」と思われれば「またか・・・」と思われてしまいます。
そのため、最初の段階では内容と実施方法に注意し「楽しい」という気持ちを持てるように工夫が必要です。
幸いにして、全体的には積極的に取り組んでくれているようです。
ただ、何人かは身体を引き気味であまり話し合いに入れていませんし、中には一人が全てを仕切っているようなグループもあります。先ほどのぞいたグループはまた脇道にそれているようです。
もちろん問題があるのですが、最初からうまくできるはずはありません。
できないことを指摘しても萎縮するだけですので、この段階で細かいことを言わずに自由に話し合いをさせればよいでしょう。
ぴぴぴぴぴぴぴぴ。
さて、発表の時間です。
「では最初に発表者を決めます。誰でもいいので、班の中で誰か一人を決めてください。」
「決めましたか? 決まった人、手を挙げてください。そうしたらその人から、上から見て右回りに1から順番に番号をつけてください。」
「できましたか?では、発表者は4番の人とします。」
他にもさまざまなバリエーションがありますが、今回はあたった、外れた、というのを単に楽しむために偶然に頼って決めます。しかし、実際には誰が1番か分かっていれば、特定の一人を発表者にすることは可能です。1番の人に手を挙げてもらえばわかりますので、今回はC班で一番参加の度合いが低かったと感じたB君があたるようにしています。
「では、最初に発表したい班は手を挙げてください。」
これは、いつもと同じです。
発表順が、A班、D班、B班、C班の順番になりました。
「C班のBが発表します。」
技術研修に入る前によい教育がなされているようです。
「私たちの班では、話し合いが横道にそれて戻れなくなったことが反省点として上げられました。」
私もC班の雑談に参加したぐらいですから、その通りでしょう。
「そのために、いろいろな事を考えなければならなかったのですが、時間を無駄に使ってしまいました。
次の話し合いの時には、横道にそれないようにしようと思います。」
時間をかけた割には内容が薄いと思いますが、あまり完全な答えが出てもおもしろくないでしょう。でも、それで終わってしまっては、それもまたおもしろくありません。
「質問していいですか?」
私からの質問をさせてもらいます。
予定していないことでしょうが、返事を待たずに続けます。
「どうしたら横道にそれないようにできるのですか?」
「・・・・・」
話し合っていないのですから答えられるわけはありません。
答えられない場合には「話し合いが足りなかったのだ。」という意識を持つことになるでしょう。
4つの班の発表が終わっても、内容の深さにそれほど大きな違いはありませんでした。
「具体的な解決方法、改善方法を見つけることが次の行動の改善につながります。悪いところに気付いて意識することは大切ですが、それ以上に具体的な改善計画を意識してください。」
このように「しまった。」と思わせてから話をすることは、聞く意識を高く保つための良い方法です。
今回はうまく説明できないところばかりでしたのでこのような流れにしましたが、もしどこかの班が「次はこうします。」と具体的な方法まで話し合うことができれば、その班をしっかりほめてあげると良いでしょう。
具体的な指示はしなくても、ほめることで「良いこと」を示すことができます。
「振り返りのワークショップ」の意味について理解したところで、PDCAサイクルについてホワイトボードに図を書きつつ、説明します。
「現場での業務の改善にはPDCAサイクルを回すと良いと言われます。Planは計画、Doは行動、Checkは文字通り確認、Actは改善行動の事です。
この研修でも、このPDCAサイクルを継続的に回し続けることが、とても有効です。振り返りのワークショップではこのCheckとActに注意して話し合いをしてください。」
体験することで、単なる理論ではなく、自分の経験として身についていきます。
これまで「PDCAサイクル」という言葉を聞いたことがあっても、具体的にどうするのかを知らなかったり、その効果を理解していないことも多くあります。
ただ、一度説明するだけで終わりにするのではなく、おりに触れ何度も繰り返すようにします。反省ワークショップの効果が現れているのが感じられたときに、触れるとより効果的です。
反省ワークショップを行ってPDCAサイクルを回し続けることで、話し合いやチームでの活動スキルがめざましく向上していきます。教育におけるPDCAサイクルはとても有効です。
3. ワークショップと気づき
先ほどの振り返りワークショップに戻ってみましょう。
「どうしてたくさん出てこなかったんだろう?」
この班では視点が広げられなかった事が問題になっているようです。
「みんなどうやって考えてた?」
「俺は学校で習ったことを思い出そうとしてた。」
「あ、私もそう。」
「私は周りにあるものを考えてみたんだけど、中がどうなってるか分からなくて・・・」
「なんでわからなかったのかな?」
「だって、そんなふうに考えてみたことなかったもん。」
「そうかぁ、やっぱり俺たち考えてなかったんだなぁ。」
反省ワークショップの最中にこんな声が上がることがあります。
「あ、そうかぁ。」
これが気づきの瞬間です。
グループワークや反省ワークショップの中で話し合うことにより、他の人の意見を聞き、考えることになります。
自分の主張だけを繰り返しているうちはだめですが、きちんと人の言葉を聞くことができるようになれば、その中から「気づき」が生まれてくるようになります。
知識は本を読んだり話を聞いたりすれば身につきます。
でも、それは単に「知識」であり、理解できた、スキルとして身についた、というのとは大きな違いがあります。
本当に学ぶためには、理解、スキル化が必要ですし、知識を覚えるためなら本を読むのが一番です。講師がいる研修ならば、理解させ、スキルとしなければ、講師のいる意味がありません。
知識と理解の間には質的な違いがあります。
知識を積み重ねていっても、それだけでは理解にはなりませんし、スキルにもなりません。
知識から理解になるためには、気づきが必要なのです。
その気づきのためには、自分で考える、やって試す、という主体的な行動が不可欠です。
私は気づくチャンスをいかに多く与えることができるかが、講師の力量だと考えています。本を読めばわかるものなら自分で読ませましょう。説明をするにしても、テキストと同じ事を話すのではなくて、違う方法で説明できなければ講師のいる意味がありません。
本やテキストの朗読をするために安くはない講師費用をもらっているわけではないのです。
気づきを通して理解を促し、試行錯誤を通してスキルを身につけさせることが講師の役割です。
◆コラム◆ 成長の実感
「勉強している気がしないのに、できるようになっているのが不思議。」
過去に新人研修で新入社員の方からいただいた言葉です。
「自分が成長している。」と感じられることは大きなモチベーションに繋がります。逆に、やってもやってもできるようにならない、と感じたら、やる気がなくなってもしかたないでしょう。
ですが、ほんとうに集中して取り組んでいる間は、自分の成長に気付かない人もいます。周りから見れば大きく成長しているにも関わらず、自分自身では目の前の課題に必死に取り組み続けているだけ、という状態です。
そんなときには、立ち止まって振り返る機会を作ってあげるのも良いでしょう。
他の人の目から見た評価を伝えてあげることも良いでしょう。
それで天狗にならないような性格の人であれば、次の課題にはさらに熱心に取り組んでくれるようになるはずです。