Archive for 2012年3月20日

Takanori

新人研修スケジュール決定

毎年お世話になっている研修会社さんにおける新人研修のスケジュールが、ほぼ決定した。講師の面接のフェーズがまだ残っているが、おそらく問題はないと思うので、決定と考えても良いだろう。

始まりが少し遅く、4月25日からだが、7月10日までの50日間であり、私の新人研修経験における、歴代三位の長さである。

ただ、始まりが遅いため、4月5日から4月24日までのスケジュールが空いてしまった。
新人研修として考えると半端な期間だが、技術研修に入る前のコミュニケーション研修、チームビルディング研修などは可能だろう。
もし、この時期講師の確保にお困りの方がおられれば、ぜひご相談いただければと思う。

IT技術系、コミュニケーション系、また、新人を受け入れる部署のための受け入れ研修など、さまざまなご要望にお応えすることができると思う。

このところ、過去に私の研修を見たり、受けたりしていただいた方が、研修に参加してくださることが多い。2時間のセミナーではなく、複数日にわたり、脳みそから煙が出そう、という研修である。
安く設定しているとは言え、当然費用もかかる。
そのような研修に参加していただけることは、ありがたいことである。

いつまでも「長谷川の研修に出たい」と思える講習を続けていきたいものである。

Takanori

新人研修物語(後書き)

後書き

 

本書は、私の経験した新入社員研修を部分的に抜き出し、再構成したものです。ですから、ある年度と他の年度のことが混じってはいますが、書いてある内容はほぼ実際にあったことです。研修の内容はすべて実際に実施したことですし、使っている台詞も、起きたこともほぼそのまま書いてあります。

 

類書では「事例を考えるのが大変だった。」との記述を見ることがありますが、その点は実際の経験を書くだけなので、とても楽でした。

もっとも紙面の関係で研修のすべてを書くわけにもいきませんから、かなりはしょってはあります。

モチベーションを高めるための言葉や、課題の全てを通して成長があるので、この本に書いてあることをそのまま行うことも難しいかもしれません。

 

ですが、研修の雰囲気は味わってもらえることと思います。

 

また、本書からは、私の講師ノウハウをいくつか読み取ることができると思います。このようなノウハウの開示は、私の教育分野での講師としての競争力を弱める方向に働くかもしれませんし、実際にそう忠告してくれた人もいました。

 

ですが、それでよいと思っています。

 

私は、人を育てるスキルができるだけ広く広まることを願っています。

それが人に生きる力を与え、人を幸せにする手段だと考えているからです。

人を幸せにする仕事ができれば、私がこの世にいろいろな人に迷惑をかけつつも生きている価値があるというものです。

そして、自分がさらに精進して、よりよい講師となるための大きなモチベーションにもなります。

 

私の講師経験は新人研修から始まり、新人研修は年に一度です。

ですから、新人研修の経験回数は、講師の経験年数にも等くなります。

その10年にわたる新人研修ですが、どの研修でも、終了時に受講生が泣いてくれなかったことがありません。

涙ぐむ、という時の方が多いのですが、中には大泣きしてくれる人もいます。

私がつられて泣いてしまったことも1度や2度ではありません。

 

私は、泣けることは一生懸命やった証だと思っています。

 

研修期間中、朝から晩までさまざまな課題に必死に取り組み、必死に調べて頑張って、成長した実感がなければ泣けないと思うのです。

私は、これからもそういう「必死になれる学ぶ場」を作り続けたいと思います。

そして、そういう場を作れる人に増えていってもらいたいとも思います。

 

学ぶ文化を定着させることが、これからの企業や日本を元気にするためには、必要なことだと思います。

 

新人研修を初めとしたさまざまな研修に取り組む中で感じているのは、人間は「すごい」ということです。学びたいと感じ、必死になって学ぶ人間のすごさは、見たことがない人には分からないでしょう。

 

「教える」ことがベースの従来の研修を長く見てきた研修会社の担当者が「こんなのは初めて見た」と言うぐらいですから、見たことがない人が多いこともうなずけます。

 

ですが、そのすごさは、誰もがもっている、もともとの人間の力なのです。

それを引き出す環境がなかっただけであり、環境があれば人間は本当の力を見せてくれるものです。

 

講師は教える仕事ではありません。教えてあげる、などおこがましいと思います。

講師の仕事は「学ぶ場を作る」「学びたい気持ちに気付かせる」ことであり、それができればあとは一生懸命にサポートするだけでよいのです。

 

これは、会社でも、家でも、学校でも、どこでもできることです。

この「育てる文化とスキル」が日本のすみずみまで行き渡れば、さまざまな問題が解決するか、少なくともよい方向に変わるに違いないと、私は信じています。

 

今の私は、育てるスキルの普及という意味では、まだスタート地点に立つか立たないかの所にいるのかもしれません。

そして、おそらく、私が生きている間にゴールはできないでしょう。

ですが、誰かが走り始めないといけないと、誰もゴールにはたどり着けません。

私は、その最初に走り始める「誰か」になりたいと願っています。

 

それが私の役割だと信じて。

Takanori

新人研修物語(9章強くなれ!)

9章                  強くなれ!

1.  潰されそうなプレッシャーの下で

 

研修も半ばを超え、グループで物を作らなければならないことがどんどん増えています。

 

「S君どう?そっちできた?」

「ごめん、まだ。」

「間に合いそう?」

「うーん、ちょっと厳しいかな。」

「じゃ、ちょっと話ししようか。みんな、いいかな。」

 

グループワークを繰り返す中でどんどんチームでの作業スキルが上がっているのが感じられます。

しかし私から指示される時間はいつもギリギリです。

作業スキルが上がっても、その分、内容が難しくなったり、時間が厳しくなるのですからかわいそうなものです。

 

しかし作業の中からはだいぶ焦りが消えています。

焦らずに急ぐことができるようになってきているようです。

 

「誰か、手が空きそう?」

「ごめん、俺のところはまだ余裕がない。」

「私のところは思ったより簡単だったから予定より早く終わりそうだよ。」

「じゃ、S君のところを手伝ってもらえるかな?」

「私でできそうかな?」

 

S君が対応します。

 

「今やってるところを分けるのはやっぱり難しそうなんだけど、動作確認を手伝ってもらえたら、すごく助かるかな。」

「それなら、私にもできそう。後で、やり方を教えてもらえる?」

「やり方は俺がわかるから後で教えるよ。S君にはプログラムを書くのに集中してもらった方がいいだろ。」

「ありがとう。がんばるよ。」

「いいって。他は大丈夫?」

「うん。なんとかなると思う。」

「じゃ、作業に戻ろう。」

 

思わずそばで聞いていてガッツポーズをしたくなるぐらい見事です。

 

時間の余裕があればこんな機敏な動きは必要ないかもしれません。

作業が遅れたS君を、みんなで待っているのが一番簡単な対応です。

しかし、それを許さないほど厳しいプレッシャーがあることで、このような行動が引き起こされスキルとなっていくのです。

 

最初のうちはプレッシャーに潰されそうになりながら作業に取り組みますが、自分たちで乗り越える経験を何度もすれば、プレッシャーは乗り越えるべきチャレンジ対象に変わっていきます。

 

プレッシャーへの対応方法を知らないうちはたくさんの失敗をします。しかし、振り返りのワークショップで考えることで、こうしたらうまくいったかも、という改善点を見つけ、次のグループワークでは問題を乗り越えていきます。

もちろん、次の失敗が用意されていますからいつまでも悩みはなくなりませんが、確実にスキルが身についていきます。

 

プレッシャーの中で発揮できてこそのスキルですし、そのスキルはプレッシャーの中でしか身につけられないものなのです。

 

2.  やらなければ、と、やりとげたい

 

グループでものを作る課題の残り時間も少なくなってきました。

 

「もう少しでできそうだけど、時間はどれだけある?」

「あと12分ぐらいかな。」

「そうか・・・ギリギリだな。」

「最後までがんばろう。」

「なんとか作り上げたいしな。」

「うん。なんか手伝えることはある?」

「いや、これはあとは自分でやるしかない。」

「やっぱりそうだよな。」

「悪いんだけど、発表の準備を頼めるかな?」

「おう、そっちは任せとけ。ちゃんとやっておくから。」

「ありがとう、悪いな。」

「いいって。頑張れよ。」

「うん。負けてられないからな。」

 

最後の、負けてられない、は何に負けられないのかはわかりませんが、気持は伝わってきます。

 

モチベーションがあり、自発的に研修に参加している人は、やらされている、という考え方をしなくなります。

自発的に課題に取り組み、やらなければ、ではなく、やりとげたい、と思うようになります。

自分の成長を感じられるから、仲間の期待に応えたいから、できたときの感動を味わいたいから。

理由はさまざまで、一つではないことも多いですが、自発的な行動であることは間違いありません。

 

「やらなければ」と「やりとげたい」は似ているように思えますが、実際には大きく違います。やらなければ、という気持は外部からのプレッシャーによるものであり、「やりとげたい」は内的なモチベーションにもとづくものです。

 

このように内的なモチベーションが高まっているときには、講師でさえ邪魔者です。

「どう?進んでる?」

「うん、でも、ごめん、先生。今忙しいから。」

 

私が出した課題で、進捗を聞きにいっているのに、忙しいから、というのもどうかと思うのですが、本当に集中しているときにはこんなものです。

 

きっと彼の頭の中では火花が飛んでいることでしょう。

そして素晴らしい学びが起きているはずです。

 

 

 

3.  チームワークの充実感

 

最後の課題の最終盤です。

難易度も、自分たちで管理しなければならない時間の長さも、これまでとは比べ物になりません。

すでに、4日ほど1つの課題に取り組み続けています。

 

「ここちょっと厳しいんだけどどうしたらいいかな?」

 

A班のS君から声があがりました。

 

「どこ?ああ、そこか。俺も考えてみたけどよく分からなかったところだな。M君どう思う?」

 

コツコツやることで飛躍的に実力をつけてきたM君に声がかかりました。

彼は新人研修全体の中での伸び頭となり、誰からも一目おかれるようになっていますし、自信もついてきたようです。もともと言葉数が多い方でもないので、彼の言葉は一言一言が力を持つようにもなっています。

 

「そうだな。まだ明確じゃないけど、順番に考えていけばわかると思う。」

「それじゃS君と一緒に考えてもらえないかな。」

「いいけど、俺の担当はどうする?」

「M君のところは量は多いけど、分からないところはなさそうだから俺たちでなんとかするよ。どっかキリのいいところで引き継げるかな。」

「分かった。じゃ、あと10分で引き継げるようにするから、ちょっと待ってて。あと発表資料もあるけどどうする?」

 

最終課題はそれに対するプレゼンテーションもおまけにくっついています。

技術力にはあまり自信がなく、最終課題の難易度の中でできることがそろそろなくなりそうなH君が口を開きました。

 

「俺のできるところはそろそろなくなりそうだから、今やってるところが終わったら、資料作りに専念するよ。」

「じゃ、俺もそれを手伝うから一緒にやろう。」

 

技術力はありますが作業のキリが良さそうなI君が、一緒に発表資料の作成作業をすることになったようです。技術的な要素も発表資料には必要ですから、心強い助っ人でしょう。

 

「OK。もう少しだからがんばろう。M君、頼む。」

「うん、がんばるよ。」

 

素晴らしいのは、全員が自分のやれることを探し、それを果たそうと努力し、見事なコミュニケーションによりそれを実現していることです。

私は明確なリーダーを定めるようには指示していませんし、A班も特に固定のリーダーは決めていないようです。

ですが、すべてのメンバーがチームのことを考えて動くことができています。

 

私の理想とする形ですが、ここまで素晴らしいチームは社会人でもなかなか見ることはできません。

 

A班の最後の課題はぎりぎりでできあがりました。

本当にぎりぎりでした。

 

ですが、最後まで仲間を信じ、最後まで仲間の期待に応えようとしてがんばり続ける姿には、ついついほろりと来るものがあるぐらい迫力がありました。

 

この日のA班のメンバーのコミュニケーションシートには同じような言葉が並びました。

 

「仲間を信じて良かった。私はこのA班で最後の課題に取り組めて幸せでした。」

 

 

◆コラム◆ 楽をさせるのは受講生のためにならない

 

私の研修は、おそらくかなり厳しいものだと思います。

 

ある受講生は研修終了時に「研修会場でワークショップに悩み、帰ってからもどうすればいいのか悩み、夢の中でもワークショップをしていました。」と語ってくれました。

ですが、その後に続きがあります。

「でも、研修会場に来るのが不思議といやではありませんでした。」

 

学ぶことは人間にとってうれしいことのはずです。

自分の成長をいやがる人はめったにいないでしょう。

 

厳しくて、苦しくても、その中にある本質的な楽しさに気付いてしまえば、どんなに困難な課題であっても、必死になって取り組んでくれます。

そして、最大限の学びを実現してくれます。

 

丁寧に手取り足取り教える事は、一見、良いことのように思えます。分からない人には丁寧に解説して、答えを納得してもらうのが良い先生である、と考えている人もいます。

講師は教える人なのだから当たり前だろう、という声も聞こえてきそうです。

 

ですが、そのやり方では残念ながら人は育ちません。

教えてしまうことは講師の独りよがりでしかないのです。

特に、学生から社会人になるときの新人研修では、自ら考え行動し学ぶ力を持たせることが、とても重要なことです。

 

ここまで見てもらったように、楽ではない研修を自分たちの力で乗り切る中で、本当の力が付いてきます。

技術スキル、コミュニケーションスキル、チーム活動スキル、ファシリテーションスキルなど、2ヶ月でよくもこんなに成長したな、と思うぐらい成長してくれます。

 

「受講生を楽しませなければいけないが、楽をさせてはいけない。」のです。

Takanori

新人研修物語(8章育てる講師の姿勢)

8章                  育てる講師の姿勢

1.  自発的行動と講師の関係

 

研修により受講生の自発的な行動、学習を引き出すことができますが、逆に自主性を抑えてしまうことも簡単にできます。

 

技術研修が始まったばかりの頃です。

 

「先生、ここがわからないんですが。」

 

演習時間中にU君から質問がありました。しかし話を聞いてみると参考資料に書いてあるような内容で悩んでいるようです。

 

「それはどっかに書いてあったな。きちんと調べてみたかな?」

「一回見たんですけどよくわからなくて。」

「ちゃんと書いてあるからもっと読んでみて。」

「え、教えてもらえないんですか?」

「現場に出たら誰もそんなに細かいところまで教えてくれないよ。自分で解決してごらん。」

「・・・・・・・」

 

腑に落ちない様子ですが、渋々調べ始めたようです。

 

しばらくしてからU君のところに行ってみます。

 

「さっきのところはできた?」

「はい、何度も見たら書いてありました。やっぱり探し方がたりなかったんですね。」

「ちゃんと探せば見つかるんだから、そんなに簡単に聞いたらもったいないよ。見つけたとき嬉しかったろ?」

「はい。思わず小さな声で、やった!って言っちゃいました。」

 

受講生の質問にすべて答えてしまうことは講師としての優しさではありません。過保護で、何も自分ではできない子供を育ててしまう親と同じです。

本当の講師の優しさは、研修の後に役に立つスキルとモチベーションを与えることであるはずです。自分の力で生きていける子供を育てる親でなければいけません。

そのためには、考える機会を奪っても、見つける喜びを奪ってもいけません。

 

考えること、調べることを通して、自分でできたという楽しさ、嬉しさをたくさん経験すればするほど、モチベーションが高まり自分で調べたいという気持ちが大きくなります。

 

自分で解決できたという経験をたくさんすれば、それは自信に変わっていきます。

自信がつけば、問題にも積極的に取り組めるようになっていくでしょう。

 

自主性を持たせたければ、自主性が育つまで待たなければいけません。

「分からないから教えてやろう。」という姿勢では、いつまでたっても自主性は育ちませんし、自発的な行動を育てることはできないのです。

「分からないから考えさせてやろう。」でなければならなりません。

 

自発的な行動を引き出すには、先回りして答えを与えることも、見つける前に答えを渡してしまうことも望ましい行動ではありません。

なかなか理解できない人に答えを渡して説明したくなる気持ちもよくわかりますが、それでは本当の理解もモチベーションも自発的な行動も育てられません。

 

自発的な行動を引き出せるのは、指導者の我慢だけです。

 

2.  できすぎる新入社員

 

「先生、viを使ってもいいですか?」

 

質問をしてきたY君は大学院で情報工学を学んできた人です。

viというのはテキストを入力するための道具ですが、プロでもあまり使っていない玄人向けのものです。

この質問だけでY君がどれだけできるかわかります。

 

初心者もターゲットとしたこの新入社員研修の内容は、諳んじているぐらいのレベルである可能性が非常に高いです。

実際に後にわかったことですが、プログラミングのスキルは講師の私を上回るほどのものでした。

講師をしているとこのようなことがたまにあります。

 

よく講師の仲間の話に出る内容に、「できる人とできない人のどちらのレベルにあわせて講習を行うべきか?」というものがあります。

 

Y君のようなレベルの人がいるところで、初心者レベルの研修をすれば、Y君の研修に対するモチベーションはきっと下がってしまうことでしょう。かと言ってY君のレベルに合わせた講習では誰もついてこられません。

 

この例は極端な例ですが、程度の差はあれ同じような問題は常に存在します。

 

講師としてはすべての人に高いモチベーションを持ってもらいたいので、これは常に悩ましい問題となります。

そのため、講師仲間の会話にもよく出てくるのでしょう。

 

「この研修は退屈でしょう?」

 

Y君に対して聞いてみます。

 

「そうですね。初心者向きの内容が多いですから仕方ないです。でもワークショップは楽しいですよ。」

「どんなところが楽しい?」

「大学のときに塾の講師をやっていたので、教え方というのに興味があるんですが、ワークショップだったり、教えないで教えるという考え方だったりにはすごくショックを受けました。こんなやり方があるんだなぁ、って。」

「Y君はこれだけできるから、現場に入っても早い段階で部下を持つ可能性が高いだろうな。」

「そうかもしれません。」

「育て方を知っていることは、そのときに役に立つかもな。」

「そうですね、そう思います。」

「もし、私の教え方について知りたいことがあればなんでも質問していいよ。知ってることは教えるから。」

 

研修で学べることは一つではありません。

大事なことは一人一人が自分自身の課題を持ち、それに挑戦することです。

 

技術の問題であれば、簡単な問題から難しい問題までを用意し、それぞれのレベルに合わせた問題に取り組めば、難しすぎる、簡単すぎる、というレベルの問題はなくなります。

 

また、興味を持つところが、育て方だったり、コミュニケーションだったり、リーダーシップだったりしてもよいのです。

 

Y君の場合には、この後のグループワークでリーダーのあり方や教え方についてさんざん悩むことになりました。

人の気持を考えて対応することは、プログラムを書くことよりもだいぶ難しかったようです。

 

ですが、その経験はこれからの人生できっと役に立つことでしょう。

 

3.  雑談の使い方

 

休憩時間は受講生には休憩時間であっても、講師の休憩時間ではありません。

 

休憩場所での会話です。

 

「どう?グループワークはうまくできてる?」

「だめですねぇ。脱線しちゃうことが多いし、ちゃんとやってるつもりでも気がつくと方向がおかしくなっちゃってます。」

「うちの班はなかなか意見が出ないんですよね。なんか自分ばっかり話してる気がします。」

 

休憩時間ということもあり、口も軽くなっています。

班の他のメンバーに対する批判ぽい意見もちらちら出てきます。

休憩時間は情報収集のためのとても良いチャンスなのです。

 

「なんで脱線しちゃう?」

 

こちらもくだけた口調で応じます。

 

「そうですねぇ。面白い意見が出てくるとみんなで乗っちゃうからかなぁ。」

「ははは、見てるとそんな感じだな。」

「どうしたらいいんですかねぇ?」

「どうしたらいいと思う?」

 

何時の間にか休憩時間が考える時間になってしまっていますが、誰も不思議に思いません。今まで、休憩時間だからやめましょう、なんていう受講生は見たことがありません。問題を解決したいというモチベーションがあれば自然にそうなります。

 

また、身構えて聞いていない分、楽に言葉が使えるのも良い点です。全体に向かって話す必要もないですから、話している相手に最適な言葉を選ぶこともできます。

 

休憩時間の雑談は非公式にさまざまな情報を伝えることに役立ちます。

私自身の経験や考え方、ちょっとしたヒント、アドバイスや問題点の指摘などさまざま情報です。

 

不思議なもので、そうやって伝えた情報は自然と全体に広まっていきます。

もらったヒントでうまくいけば「先生がこんなことを言っていたからやってみたらできたよ。」という情報として共有されますし、「うまくいかない時に先生にこんな指摘をされた。」という話を聞けば「うちの班もそうかもな。」と考えるきっかけにもなります。

 

可能な限り機会をとらえて、研修の時間を有効に使っていきたいものです。

 

 

◆コラム◆ 講師の仕事は休みなし

 

休憩時間は講師の休憩時間ではないと書きましたが、一日の研修が終わっても講師の仕事は終わりではありません。

 

戻ってからその日の内容を一人一人の顔を思い浮かべながら分析し、翌日のカリキュラムを考えて資料を用意し、インストラクションの練習をし、コミュニケーションシートの対応を考えるという仕事が残っています。

そんなにやっていやにならない?と聞かれそうですが、実際いくら時間があっても足りませんが、やること自体をいやだと思ったことはありません。

 

少しでも良い研修をしようと思えば日々の準備は欠かせません。

「準備に失敗することは、失敗を準備することだ」という言葉があるそうです。

 

失敗を準備するほど馬鹿な話はありません。

そうならないように、できるだけの準備をすることを心がけていきたいものです。

 

準備をきちんとすることで、受講生の大きな成長を引き出せるかもしれないのです。

 

Takanori

新人研修物語(7章気持ちの問題)

7章                  気持ちの問題

1.  チーム内での不和

 

休憩時間に外で考え事をしていると、暗い顔をしたO君がやってきました。

 

「先生、うちの班、うまくいかないんです。班替えしてもらえませんか?」

「そうか。でも、現場に出たら、上司も選べないし、お客さんにもいやな人がいるかもしれないよ。その時に自分で環境を変えられる?」

「・・・・・・・・」

 

研修でグループワークを行うと、相性や好き嫌いといった人間の感情に根ざす不和が起きてきます。やり方が分からなくて試行錯誤するのはいいのですが、誰かが苦手という感情があると、ちゃんとした話し合いもできなくなります。

 

これは人間である以上やむを得ません。誰とでも仲良くできることの方が不思議ですし、実際にできればすばらしいことですが、なかなかそううまくいくものではありません。

 

ですが、いやだから逃げる、ということができないのも仕事では当たり前の話です。

会社に入れば上司は選べませんし、お客さんも選ぶことはできません。

 

大切なのは与えられた環境の中で、目的に向かって自分のベストを尽くすことです。

 

しかし「あの人は苦手」という感情が芽生えてしまうと、普通はそれがどんどん大きくなっていくものです。

表面的なつきあいならできるのでしょうが、日に日に作業負荷が高くなっていく中で、どうしてもより深い関わりを持たなければならなくなってくると、そのような相手に対する気持ちと直面せざるを得なくなります。

 

「今日のワークショップはこの題で行います。」

 

だまってホワイトボードに書いていきます。

 

『長谷川先生の悪いところをたくさんあげてください』

 

「今回のワークショップでは、私の悪いところをできるだけたくさんあげてください。悪口です、遠慮はいりません。思ったことを何でもあげて、できるだけたくさん出してください。時間は15分です。」

 

みんなの目がきょとんとしたり、いたずらっぽく光ったりしています。

にやにやしたり、妙に深刻な顔をしていたりさまざまです。

 

「発表は口頭で、発表者は自由。できるだけたくさんあげてください。人の悪口をこんなにおおっぴらに言えることはそんなにないですよ。貴重な機会です。それでは作業開始。」

 

意外と悪口というのはおおっぴらには言いづらいものですが、私ができるだけ軽い雰囲気で話したことで、だんだんと盛り上がってきます。あちこちで笑い声が上がりつつ、さまざまな私の悪口があげられていきます。

 

ぴぴぴぴぴぴぴぴ。

 

「それでは発表をお願いします。」

 

私は発表された自分の悪口をホワイトボードに書いていきます。

「うーむ」とうなりながら書く事もありますが、発表のたびに笑いが起き、全体に楽しそうな雰囲気が広がっていきます。

 

「うーむ、こうやってみると私は本当に悪いやつですねぇ。

では、次の課題に移ります。」

 

私はホワイトボードの課題の「悪い」を消して「良い」と赤のマーカーで書き直します。

 

「次の課題はこれです。

私のいいところをたくさんあげてください。

時間は10分です。今回も発表は口頭で、発表者は自由。できるだけたくさんあげてください。それでは作業開始。」

 

さっきの楽しい雰囲気のまま、ワークショップが進んでいきます。

 

ぴぴぴぴぴぴぴぴ。

 

「それでは発表をお願いします。」

 

先ほどと同じように発表された内容をホワイトボードにそのまま書いていきます。

中には気恥ずかしくなるようなほめ方をしてくれる班もありますが、黙ってそのまま書いていきます。

 

全部の班の発表が終わりました。

 

「さて、いいところ、悪いところ、いろいろありますね。どちらかというと悪いところの方がたくさんあったようですが。」

 

自然に笑いがわきます。

 

「最近、班替えをして欲しい、という声をちらほら聞くことがあります。

うまくいかないから班替えをして試してみたい、という声と、話し合いがパターン化してきてつまらないから新しい班で試してみたい、という意見です。」

 

一瞬にして笑い声が静まり、聞く態勢になります。

 

「新しい挑戦のための班替えはこれからもしていきます。ですが、うまくできないからという理由での班替えは行いません。

皆さんが現場に出たときに、上司を選べますか?仕事を一緒にするお客さんを選べますか?どちらもできませんね。

みなさんは与えられた環境の中で、目的をこなすことを求められるのです。」

 

「でも、やっぱり苦手な人、というのは居ますよね。

私も居ます。でも、その人ともうまくやらなければなりません。

その時に一つ、気にしておいて欲しいことを伝えます。」

 

「さっきやってもらったように、人間はいいところも悪いところもたくさんもっています。苦手な人、嫌いだと思った人の悪い面をどんどん探してしまうのが普通の人です。でも、その人についていいところを探そうと思えば、いいところもたくさんあるはずです。

もし、苦手だな、と思ったら、その人のいいところを一生懸命探してあげてください。そうしたら、一緒に働くことがいやではなくなるかもしれません。

悪いところを探すのは簡単ですが、いいところは一生懸命探さないと見つからないことがあります。

そのことに気をつけて、どうしたら目的を達するために一緒に仕事ができるかを考えてみてください。」

 

このワークショップは、本来ならば受講生同士で行わせるのが一番よいのですが、中途半端に親しい状態だと感情のしこりの原因になってしまう場合もあるでしょう。

そのために苦肉の策として「講師をネタ」にして考えてもらうようにしています。

 

不和の問題は共同作業をするときにはつきものです。

私以外が講師の研修では、問題を避けるために班替えを行うようなことも多いようですが、私はその問題に立ち向かえる力が必要だと考えています。

 

そのためにこのような時間を技術研修の中にも作るようにしています。

 

2.  人を認める

 

私の研修ではほとんどの場合に「コミュニケーションシート」と呼ぶ日報を書いてもらいます。そこには、その日の悩みや質問、成果や喜びがたくさん書かれてきます。

私は、翌日の朝にそのコミュニケーションシートへの対応をすることになります。

 

技術研修が始まって間もない頃のM君のコミュニケーションシートです。

 

「私は自分の技術力にあまり自信がありません。周りのできる人を見ていると自分のできないところが見えてきて悲しくなります。でも、今は自分のできることしかできないので、一生懸命に勉強してできることを増やしていきたいと思います。」

 

私が毎日本気で対応しているのに応えて、コミュニケーションシートの内容にもたくさんの本音が出てくるようになります。

基本的に朝の対応は匿名なのですが、必要だと思えば実名を出すこともあります。

 

「M君はこつこつと自分のできることを続けています。こつこつと継続的な努力を続けられる人は、あるときにぐんと成長するのをこれまで何人も見てきました。要領よくすぐにできるようにはならないかもしれませんが、最後に一番大きく成長するのは、こつこつと努力を続けられる人です。

このまま頑張って続けていってください。」

 

講師からのコメントでほめることは、「良いこと」の基準を伝えることになります。

また、ほめられた人を認めることになり、周りの意識も変わります。

周りもこつこつと頑張っている人を認めるようになり、負けないように頑張ろうという気持ちになっていきます。

 

こつこつと頑張っていること以外にも、周りを見て他の人がやっていないことをそっとやっている人、失敗を恐れずに積極的にチャレンジし大きく成長している人、発表がうまく人前できちんと話せる人、チームを上手に引っ張っている人、いろんな人がいます。

 

講師がそういう人を見つけてきちんとほめて認めることで、お互いに認め合い、目標とし合う雰囲気が広がってきます。

そのためにはまず講師が一人一人を認めることが大切です。

 

認められる人が多くて、お互いに目標になる人が多ければ、全体の学びが加速していきます。みんなが良い意味でのライバルです。

 

研修の最後の発表で、ある新入社員の人が次のような発表をしたことがあります。

 

「同期の友達からも多くを学びました。」

 

これに対して、その企業の役員の方が次のような評価をされました。

 

「友達から多くを学んだと言ったけれども、それが本当ならすばらしいことです。」

 

受講生同士は、研修の中でお互いに学び合う関係がすでにできていて、それが当たり前になっています。その当たり前の事を、あらためてほめられて新鮮だったのではないでしょうか。

 

3.  悩み

 

研修中にはさまざまな悩みごとがつきものです。

受講生には生活、人間関係、性格、学習などについてさまざまな悩みや不安があります。

 

「どうしたのかな?なんか表情が優れないみたいだけど。」

 

休憩時間に、缶コーヒーを持ちながらため息をついているS君に聞いてみます。

 

「私、どうも焦っちゃうんですよね。M君みたいにこつこつと努力をしなければ、とは思うんですけど、すぐに答えが出ないと不安で。」

 

夜なかなか眠れない、同期の仲間とうまくいかない、なかなか積極的に話ができない、自分自身に自信が持てないなどなどさまざまな悩みがありますが、S君の悩みはすぐに結果が出ないと不安だ、ということのようです。

 

不安などの「負の感情」は研修においては百害あって一利なしです。

「どうしよう、どうしよう。」

という不安自体を考えることに意識が取られて、結局学習の邪魔をすることになります。ひどくなると「どうしよう」しか考えていない状態になります。

 

その不安を放置しては学習の妨げになりますから、講師として見逃すことはできません。

 

「どうして焦るのかな?」

「不安なんですよね。同じ学校から来てる前の先輩がすごくできる人で、比べられたら自分ができないのがよく分かるし。」

 

確かに、前年の同じ学校から就職してきた人はずば抜けて良くできました。

私の講師人生の中でも3本の指に入るぐらい、入社時の知識、技術力はずば抜けている人です。そういう人と比べて負けたらどうしようと考えていたら不安になるのも当たり前でしょう。

 

「そうか。S君はその先輩に勝てると思う?」

「いや、全然無理です。」

「でも勝ちたい?」

「勝ちたいというのとは違うんですが・・・」

「比べて負けたらどうしよう、というのはそう言うことではないのかな?」

「・・・そうかもしれません。」

「だったら、無理だと思うことに挑戦してできないから不安になってるって事かな?」

「そうみたいです。」

「それは君にとって大事なことなのかな?」

「大事ではないけど、頭から離れないんですよ。」

「じゃあ、今の君に大切な事はなんだろう?」

「・・・・今できることをM君みたいにしっかりつづけること・・・・かな。」

「そうだね、君は君なんだから誰かと比較して負けたり勝ったりって考えなくても大丈夫だよ。

同期のみんなと比べても、君は力もあるんだから、今のまま頑張れば2年でその先輩に追いつけるよ。」

「・・・・・・・がんばってみます。」

 

まだまだ本当に納得ができているわけではないようですが、悩みについては根気よく接する必要があります。

こうしなければだめ、ああしなければだめ、と言っていては、講師の私がまた新たな悩みを作ってしまうことになるでしょう。

 

根気よく会話を続け、自信を持たせる機会を作り、自分の成果に気付かせて、今の自分でいいんだ、ということに気付けば人間は変わっていくものです。

 

研修中には自分の力量に対する不安というのは必ず出てきます。

技術的にトップの人は一人しかいないのですから、その人に負けたらだめ、ということになれば残りの全ての人が「自分はできない人間だ。」という悩みを持つことになります。

 

私は研修の間に次のような言葉を繰り返すことにしています。

 

「研修中に他の人と自分を比べて勝った負けたと考えることには意味はありません。研修のスタート地点の知識や技術力も違うし、学ぶ内容との相性もあるでしょう。ですが、毎日きちんと努力すれば、昨日の自分には勝てることが多くなるはずです。

君たちが比べなければならないのは、昨日の自分です。昨日の自分に比べて一歩でも二歩でも進んでいたら、それでいいのです。

他の人と比べてできないとか悩んでいる暇があったら、昨日の自分に勝つために努力を続けてください。」

 

いろんな方法で受講生の不安を取り除く努力を続けて行くことが、研修の講師には必要なことだと思います。

 

 

◆コラム◆ 受講生を知るには

 

受講生のことを知るには観察とコミュニケーションが必要です。

話しかけやすい講師でいることも大切なことでしょう。

 

私が話をしているときや、グループワークをしているときの表情を見たり、他の人と話しているときの視線を感じたり、話す言葉や話し方、話すときの視線の動き、またコミュニケーションシートに書かれている内容などを見ることで、性格、考えていることなどが見えてきます。

観察により不安があることに気づければ、話をしやすいタイミングを作ったり、私から声をかけることもできるようになります。

 

受講生の悩みにはできるだけ早く気づき、問題を解決していくように心がけます。

 

Takanori

新人研修物語(6章チームの中の自分)

6章                  チームの中の自分

1.  任せる、任される

 

チームで作業をする場合には、自ずから役割分担が必要になります。

 

「今日は、プログラムを書いてもらいます。昨日皆さんが作った設計書に基づいて作ってください。時間は1時間半です。」

「!」

 

ちょっとした動揺が走るのがわかります。割り当てられた時間がかなり少ないのです。

実際のところ、私から見ても厳しいだろうと思います。

作業分担を上手にやらなければ無理な時間です。

ですが、できる班があってもおかしくない時間でもあるのがいやらしいところです。

 

「質問はありますか?」

「発表はありますか?」

「いいえ、ありません。時間内に作り上げて動作検証までしてくれればいいです。」

「他に質問は?」

「・・・・・・・・」

「では、作業開始。」

 

すぐに動き始めますが、中でもC班のO君のテンションがひときわ高いようです。

文字通りの前のめりの姿勢がそれを物語っています。

 

「じゃ、どうやってやろうか?」

「割り当てを決めようか?」

「うん、そうだな。どう分ける?」

 

リーダー的な役割をしている人が作業の割り当てを進めていきます。

プログラムには難しい部分、比較的簡単な部分があります。一人一人のプログラミング能力を見ながらできる人には難しい部分、そうでない人には簡単な部分を割り当てることになったようです。

 

「ここは難しそうだな。誰がやる?」

「俺がやります。」

 

O君がすかさず名乗りをあげました。

 

実はO君はコミュニケーションがあまり得意ではなく、これまでのグループワークにはあまり貢献できていない、と思っていました。でも、プログラムを書くスキルは高いと自分でも考え、周りからもそう思われています。

これが、O君が前のめりになっていた理由です。

やっと自分が活躍できる場面ができた、と思ったのでしょう。

 

「それじゃ、ここはO君にやってもらおうか。みんないいかな?」

 

異論は出ません。

 

「次はここだけど、ここも難しそうだなぁ。どうする?」

「そこも俺でいいよ。」

 

O君、がんばっています。

 

「じゃ、そこもお願いするね。」

 

見ていると、O君はかなり多くの作業を引き受けたようですが、どうなるのでしょうか。

 

作業開始してから1時間15分ぐらいしたところです。

 

「O君、進み具合はどう?」

 

リーダーの役割をする人が聞いています。

 

「もうちょっとでこれはできあがるけど、一つがまだ手つかずなんだよね。」

「手の空いた人がいるから、こっちでやろうか?」

「いや、頑張るからだいじょうぶ。」

 

なんとか最後まで責任を持ってやろうとしているようです。

 

1時間30分がたちました。

 

ぴぴぴぴぴぴぴぴ。

 

いつもの終了の合図です。

 

「さて、時間となりました。できたところ手を挙げてみてください。」

 

C班とB班以外は手が上がりました。

C班のO君は頑張ったのですが、残念ながらできあがらなかったようです。

他の班には、O君ほどプログラムを書く能力が高い人がいないところもあるのですが、その班はなんとかできあがったようです。

 

ですが、私からは「なぜできなかったのか」、「どうすれば良かったのか」について話はしません。その代わり、いつものように反省ワークショップを行います。

 

「ごめんね、俺が全部作れなかったからうちの班だけできあがらなかった。」

「いや、手が空いてる人がいたから、そっちで負担すれば良かったんじゃないかな。」

「でも、難しいところだったみたいだから、O君以外では無理だったんじゃない?」

「他の班では、できてるところがあるよ。だからできると思うんだけど。」

「そうだなぁ。2人、3人で協力すればできるかな?」

「できるかどうかは分からないけど、少なくとも時間内にやることがない人がいるのはおかしいよね。」

「そうだな・・・・どうすれば良かったんだろう?」

 

失敗すると、チームとして作業を分担して行い、効率よく作業を進める工夫をしなければならない、という意識が芽生えます。

 

できるから全部引き受けるのではなく、全部の作業を終わらせるためには作業をきちんと分担し、任された分は責任を持って終わらせるとともに、進捗報告をまめにして全体を管理していくということが必要になるのです。このような作業分担をしなければ終わらないような時間設定の課題を繰り返す中で、管理に関するスキルが自然と身についていきます。

 

よく報連相と言われますが、報連相が大事だというのを口で言ってもなかなかできるようにはなりませんが、このような課題に取り組む中で、自然に重要性に気付き、できるようになっていきます。

 

2.  三人寄れば文殊の知恵

 

先ほどの課題の反省ワークショップの中で、こんな話が出ていました。

 

「さっきの作業はO君が頑張ってやってもできなかったんだから、一人じゃ無理な作業だよね。」

「うん。でも、できた班もあったんだよな。」

「やっぱりみんなが力を合わせたらできたんじゃないかな。」

「でも力を合わせるためにはどうすればいいんだろう? 私たちだって作業分担したし・・」

「途中で確認しなかったのがよくなかったと思う。O君に任せすぎたのも問題だったけど、途中で確認していれば、もっと手の空いている人が手伝えたかもしれないから。」

「確かに遊んでる人がいたもんな。」

「そうだね。ひとりに任せっぱなしにしたのがいけなかったな。」

「じゃぁ、どういうタイミングで何をすればよかったのかな?」

 

三人寄れば文殊の知恵、という言葉があります。

 

1人ではできないことも2人ならでき、3人集まれば1人の時の5倍の成果を上げることが可能な場合もあります。

反省ワークショップの発表で「みんなの力を合わせて」という内容が出てきたら、私はこのような問いかけをすることにしています。

 

「それではチームの力を引き出すためには何が必要ですか?」

「三人寄れば文殊の知恵、という言葉がありますが、どうしたら3人が智恵の神様である文殊様とおなじような力を発揮できますか?」

 

答えはコミュニケーションがきちんと取れること、です。

 

3人いてもばらばらに動いていては効率を上げることはできません。

3人がコミュニケーションにより有機的に動くことができて、初めて3人以上の力を発揮することができるようになるのです。

 

これも口で説明するのは簡単ですが、できるようになるには時間に追われた中で協力する形を自分達で考えることがどうしても必要です。

 

知っていることとできることは違うのです。

 

3.  リーダーって何?

 

私は研修中に「リーダーを決めてください」と言うことは滅多にありません。

 

よいチームになるためには全てのメンバーがチームのために何ができるかを考える必要があり、すべての人がリーダーの要素をもたなければならないと考えているためです。

そのようなことを伝えていると、自然とグループの中でみんながリーダーを体験するようになり、言われたまま動くのではなく、チームのことを考えて動くようになっていきます。

 

ですが、自然とその中でもリーダー的な役割を果たすことが多い人が出てきます。

積極性や性格が影響しますが、自然発生的なリーダーが出てきたときに次のようなワークショップを実施します。

 

「次は、リーダーについて考えてみましょう。」

 

ホワイトボードに「リーダーとは?」と書きます。

 

「今、班の中で一番リーダー的な役割を果たしている人、一人、手を挙げてください。」

 

顔を見合わせながら、もぞもぞと手が上がっていきます。

全部の班で手が上がったら次の指示です。

 

「では、今手を挙げた人は前に出てきてください。」

 

何をやらされるのだろう、という顔をしながらみんなが前に出てきます。

 

「出てきた人たちで、臨時の班を作ってもらいます。リーダー班です。今までの班とリーダー班の5つの班の中でワークショップをしてもらいます。リーダー班の人は自分の椅子をもってきて、話し合いをしてください。」

 

リーダーの中には「やられた」という顔をしている人もいます。

もとの班の中には不安そうな顔をしている人もいます。

 

ここまでのグループの活動の中で、個性が強いリーダーシップのある人がいる班はその人が引っ張り、後の人は言われたことをするだけ、という感じのあるところが出てきています。そういう班ではリーダーが抜けた後、どうしたらよいか分からなくなるのも不思議ではありません。

 

「発表は模造紙一枚、時間、発表者は自由です。それでは作業開始。」

 

突然今までとは違う環境になり、話し合いに戸惑いが見られる班もあります。セカンドリーダー的な人がさっそく動き始めた班もあります。

リーダー班の中には、自分の班を心配そうにちらちら見ている人もいます。

 

強い個性をもったI君というリーダーが抜けた班はしばらく話し合いが始まりませんでしたが、ようやく声が出てきたようです。

 

「うちの班、いままでI君に頼りっぱなしだったんだな。」

「そうだな、抜けたらとたんにどうしたらよいか分からなくなったもんな。」

「リーダーに頼りっぱなしだと、こういうときに困るよな。」

「うん。俺たちももっと積極的に参加していかないと。」

「そうだな。」

「でも、今はリーダーについて考えないといけないんだよな。俺たちがどうするかじゃなくて。」

「リーダーってメンバーを引っ張っていくだけでいいんだろうか?もしそうなら、居なくちゃなにもできなくなっちゃわないかな。今の俺たちみたいに。」

「そんな気がする。」

「でも、俺はリーダーシップって、ぐいぐい引っ張っていくことだと思ってたよ。」

「俺もそう。でも、それだけじゃだめみたいだな。」

「うん。」

「なにが必要なんだろう・・・」

 

このような状況の変化を体験し、考えることにより、リーダーが果たすべき役割が見えてきます。

リーダーの役割、リーダーへの依存、メンバーの活かし方、育て方、などを考えるようになっていくのです。

 

リーダー班はリーダー班で話し合いができていますが、もともと主張の強いメンバーが多いのでなかなか話が進まないようです。

 

「リーダーはやっぱりみんなを引っ張らないとだめなんじゃないかな。リーダーシップってそう言うものだと思うけど。」

「俺もそう思うけど、でも、そんな当たり前の事をワークショップでやらされるかな?」

講師の意図を勘ぐっています。

「そうだよな。先生はそんなことしないし。」

「I君はどう?」

「・・・・自分の班のことを考えてた。今までは俺が全部やってたような気がするから、残った人たちがどうやって動くのか想像できないんだよ。」

「そうか・・・・」

 

残った班ではセカンドリーダーのF君が活躍してるE君が発言します。

 

「うちの班は、F君と一緒にリーダーをやってたような感じだから、今はF君が引っ張ってくれてると思う。だからあまり心配してない。」

「自分以外のメンバーがちゃんと動いてくれてると、残った班でもちゃんと動けそうだもんな。」

「そうなんだよな。俺が今まで一人で引っ張って来たのって、班のためになってたんだろうか、って思っちゃう。」

 

リーダー班の中ではちょっと色の違うK君が発言します。

 

「俺は技術もないし、積極性もないから、みんなの意見をちゃんと聞こうと思って、いろんな質問をしてまとめる役割をしてた。だから、みんなみたいなリーダーシップはないんだけど、なんとなくリーダーみたいになっちゃってた。」

「なるほど・・・俺は他の人の意見はあまり聞いてなかったな・・・」

 

K君の班はこれまで班替えをしてメンバーが替わっても、ずば抜けた才能の人がいなくても、不思議とそつなく課題をこなしてきています。K君の班の実績はこれまでのところ、一番と言えるでしょう。班のメンバーがー生き生きと活動しているのも他の班とは少し違うところです。

 

今の時代、良いリーダーとはぐいぐい引っ張っていくだけの人ではなくなっています。

仮にそうだとしても、有無を言わせず引っ張っていくためには、かなりの実力差が要求されます。現実にはなかなか難しい事でしょうし、ドングリの背比べのような新人研修ではそのようなリーダーシップでは、本当のチームの力を活かす事はほぼ不可能です。

 

現代で求められているリーダーは、K君のようなメンバーの力とやる気を引き出し、チームの力を引き出すリーダーなのです。

どうやら、そのことに気づき始めたようです。

 

ぴぴぴぴぴぴぴぴ。

 

「それでは発表をお願いします。」

 

最初はセカンドリーダーのF君の班です。

 

「リーダーとは、先頭に立ってみんなを引っ張るものだと思います。」

 

F君の発表はぐいぐい引っ張るという、今までのリーダーシップ論と同じようなものとなりました。

これはF君のリードによりスムーズに話し合いが進んだためにそれ以上の深い議論が出てこなかったためのようです。言い換えれば、うまくいってしまったために「失敗」ができなかったのです。そういうときにはなかなか議論は深まりません。

 

次はI君が抜けた班です。

 

「私たちは今までI君が先頭に立っていろいろやってくれていたので、話し合いが始まってからどうしたらいいのか分からなくなりました。

自分たちで言うのもおかしいのですが、リーダーはチームのメンバーを育てることもしなければならないのではないかと思います。そうしないと居なくなってしまったら何もできなくなります。

もちろん、メンバーも積極的に参加して、リーダーが抜けても作業ができるようにしていかなければならないと思います。一人一人がリーダーの視点を持って行動すべきだと思いました。」

 

I君たちにとっても痛いところですし、発表している自分たちにとっても痛いと思われる発表です。ですが、メンバーの側からこのような意見が出てくることはリーダーシップを考える上でとても大切な事です。

 

私は次のような話をして、リーダーについてのワークショップの締めとします。

 

「リーダーが抜けたとたん動けなくなるチームは良いチームなのでしょうか?

たぶん、違いますね。

それは今回のワークショップでよく分かったと思います。

本当のよいリーダーはチームのメンバーの力を引き出し、リーダーが抜けても機能できるチームを作れる人です。

前から引っ張るのではなく、後ろから押してあげるリーダーと言ってもよいでしょう。」

 

リーダーのあり方を考え、それを何度も試行錯誤する中で身につけていくことは、将来のリーダーの養成に間違いなく結びついていくことでしょう。

 

◆コラム◆ チームで作業するために必要なのは?

 

みんなの意見を引き出すリーダーだったK君の班は、それ以降もグループワークでの大きな失敗はしませんでした。それはメンバーが替わっても、より主張の強い人がメンバーになっても変わりませんでした。

K君のもともとのヒューマンスキルが高かったのでしょうが、人の意見をきちんと聞く、というのはそれだけの力があることなのです。

 

問題があればすぐに報告しやすい形を作っていつでも話を聞き、人のことをよく見、状況が変化すればまたみんなで話し合いをする、というK君のスタイルは一貫していました。

 

K君の技術的なスキルが高くなかったというのも、リーダーとして調整に徹する理由の一つだったかもしれませんが、技術スキルを身につけて、さらにメンバーの力を引き出すことができれば、すばらしいチームリーダーになっていくことでしょう。

 

Takanori

新人研修物語(5章技術研修だけど)

5章                  技術講習だけど

1.  変なワークショップ??

 

ヒューマンスキル研修、技術研修が入り交じった形の研修が進み、少しずつ次の課題を楽しみにしている雰囲気が感じられます。

 

「今日のワークショップは『雨が降ったらどうなる?』です。」

「へっ?」

 

グループワークにも慣れてきた頃ですが、さすがに面食らっているようです。

 

「皆さん、ブレインストーミングは知っていますか?」

 

半分ぐらい手が上がります。

最近ではブレインストーミング自体は知っていることが多くなってきましたが、実際の練習をしたことがない人がまだまだ多いようです。

 

「それでは、ブレインストーミングとはなんですか?」

 

手を挙げてくれた人に質問していきます。

 

「たくさんアイデアを出すことです。」

「そうですね。どういうことに気をつける必要がありますか?」

「否定的なことを言わないことです。」

「他にありますか?」

「・・・・・」

 

この辺がスタート地点のようです。

 

「それでは、雨が降ったらどうなるか、についてワークショップをしてもらいます。ブレインストーミングというのは知っているようですから、たくさんのアイデアを出してから、結論を作って発表してもらいます。付箋紙を用意してありますから、好きなだけ使ってください。

何か質問はありますか・・・・」

 

いつもの儀式を行って作業に入ります。

 

「どうやって進めようか?」

「まず個人で思いつくものをあげてみたら?」

「そうだね、10分ぐらい?」

「うん、全部で2時間だから、書く時間を考えたら・・・・」

 

作業に入る前に段取りをしましょう、というのがだいぶ浸透しているようです。

何度も、時間が足りない、という振り返りをしてきた成果でしょう。

 

グループごとにそれぞれの方法で作業を進めていきます。あらかじめ進め方を指示していないので多様性があります。きちんと話し合いができたら、あとからそれを共有する機会を設ければよいのです。

 

さて、いろいろなアイデアが出てきているようです。

 

「じゃあ、考えたのを出してみよう。」

「これとこれは同じだね。重ねちゃってもいいかな。」

「これとあれは似てるから、並べておこう。」

「全部出し終わったよ。」

「うん。じゃあ次はどうする?」

「・・・・・・・・選ぶ?」

 

さて、ここから先が勉強です。

単なる寄せ集めでは、ブレインストーミングにはなっていません。

なんだかおかしいと感じてはいるようですが、どうすればよいかわからないようです。

 

近くに寄って声をかけてみます。

 

「いっぱい出たね。次はどうするの?」

「どれか選ぼうと思います。」

「ブレインストーミングはした?」

「・・・・・いいえ。」

 

小さい声で返事が返ってきます。

 

「もっと出てきたアイデアを膨らましたりしてみたら?」

 

非常に曖昧なアドバイスですが、今のままではいけない、というのは伝わります。場合によってはもっと具体的なアドバイスをする事もありますが、まだ悩む時間はありそうなので、悩んでもらうことにします。

 

この課題にはいくつかの要素が含まれています。

一つはアイデアを膨らませる、というのを体験することです。人のアイデアを受け入れ、それに自分の発想を乗せて返す、という行動の繰り返しが面白い発想につながるということを体験してもらいます。

 

アイデアが出せるというのは、問題解決の話し合いをしていても、手段の幅が広がることにつながります。今後の作業全般に影響があり、チームでの問題解決能力の向上に寄与するでしょう。

 

もう一つは出てきたアイデアを評価し、話し合いによって深めていかないと、せっかくのアイデアが生きてこない、ということを知ることです。

 

実は、最初の説明はあまり親切なものではありません、というよりはかなり意地悪なものです。

ブレインストーミングという言葉に意識が行っていますから、その先までなかなか意識が向かないのです。

 

ですが、あらかじめそんなことを言ってもできるものではありません。失敗してそこから学んでもらえればよいのです。

 

ブレインストーミングについてはできるだけこの課題の中で体験してもらいたいので、残り時間をにらみつつ、小出しにアドバイスをしていきます。

 

「ほう、おもしろいね。」

 

近くを通ったときに、アイデアを発展させる意見が出ていれば声をかけます。

講師がほめることは、それがいいことだ、と認めていることになります。ほめることで、その「いいこと」が広まっていきます。おもしろいことに、極端に情報が少ない中で作業をしていると、ほかの場所で話している講師の話にも聞き耳を立てるようになるため、一つのグループで話したことが他のグループにも影響を与えたりします。

 

2.  異文化交流

 

「先生、席替えはしないんですか?」

「どうして席替えをしたいの?」

 

最初のグループで1週間~2週間ほど過ごすと、このような声が上がるようになってきます。

席替えを求める声が出てくる理由は大きく分けて2つあります。

 

一つは、どうもうまくいかないから、というものです。

 

うまくいかないから席替えをする、というのでは解決の手段を探るチャンスを放棄することになります。どうせ社会に出たらそのような問題ばかりなのですから、問題を回避することは得策ではありません。それでは研修のための研修になってしまうことでしょう。

問題を回避する手段を考えることが本当に必要な力です。

ですから、うまくいかないから、という理由での席替えは基本的にしません。

 

もう一つは、別の人達とグループワークをしてみたい、という希望です。

 

ある程度グループワークを繰り返すと、進め方のパターンが出てきます。グループ単位で文化ができてくると言ってもよいでしょう。うまくいくパターンを見つけると、グループワークが先の見える「作業」になってしまい、おもしろさが減ってくるのです。

 

意識を高く持っていれば「もうできることはあまりないから、別の環境で挑戦してみたい。」という気持ちが出てくるのもわかります。

このような意識が出てきたときが席替えのタイミングです。

 

「話し合いの仕方に変化がなくなってきたので、他の人とグループワークをしてみたいです。」

 

私が見ても、他のグループも含めてそれぞれ話し合いのパターンができているように見えたので、そろそろ最初の席替えのタイミングのようです。

 

「そうだねぇ。席替えしようか。」

 

席替えも最初と同じように全部を偶然によって行うのも一つの方法ですが、どうせ席替えをするのならば、それも学びのチャンスに変えない手はありません。

 

「それでは席替えをします。班の中で一人選んでください。その人から時計回りに番号をつけてください。

1~3番の人は、時計回りで隣の班に移動してください。」

 

私が全てを決めないのはいつもと同じです。

 

今回は2つの班のメンバーで新しい1つの班を構成するようになっています。

今まで違う話し合いの文化を持っていた2つの班が一緒になるわけで、ある種の異文化交流の場となります。

 

このような席替えを行った後の最初のグループワークでは、次のような会話がなされます。

 

「前はどうやって進めてた?」

「I君が中心になって話してたよ。隣の班に移っちゃったけど。あなたたちは?」

「なるほどなぁ。私たちにはあまりリーダーっぽい人はいなかったんだよね。だからみんなで話し合って進めてた。」

「そうかぁ。じゃあ、今回はどうしようか?」

 

それぞれの文化を受け入れて、尊重した上で、さらに自分たちで新しい文化を作り出そうとする考え方は、さまざまな気づきを生むことにつながります。

実際に話し合いを進めていく中で、今まで良かったことがだめになったり、だめだと思っていることが役に立ったりということを繰り返していく中で、より普遍的な「良いもの」について気付くようにもなります。

 

単なる席替えですが、意図を持って行うことにより、席替えさえも学びの場にすることができるのです。

 

この後は、全ての班の構成員からできる班を作ったりするなど、さまざまな環境で気づきを生むような席替えを行うことになります。

 

ですが、中にはなかなか話し合いがうまくできない班ができるときがあります。

その時には、励まし、ヒントを与えつつ、そのメンバーでうまく話し合いができるようになるまで待ちます。

特に個性と自己主張の強いメンバーがたまたま集まってしまった場合に、話し合いができないことが多いようです。

ですが、そのようなチームは機能すればすごい力を発揮します。

それぞれの意識と工夫で乗り越えられるようにサポートしつつ待ってあげます。

 

席替えは「うまくいくようになったときに行う。」のが基本です。

席替えを問題回避の手段ではなく、新たな学習の手段として使うことがチームで活動するスキルの習得に有効です。

 

3.  コミュニケーションって何?

 

「さて、これまでの研修ではさまざまな技術を学び、何度もグループワークを行ってきました。最初に話したとおりにコミュニケーションについて、皆さんたくさん考えてきたと思います。」

 

研修開始から1週間もたつとさんざんグループワークをやらされて、共同作業の難しさをたくさん味わってきています。

 

「ですから、今日はあらためて、コミュニケーションとは、という題でワークショップをして発表してもらいます。」

 

いろいろと試行錯誤を続けてきている中で、問題意識は大きくなっていきます。

また、折に触れて与えているヒントやアドバイスの中からもいろんなものをくみ取ってきてもいます。

そのため、グループワークを繰り返す度にだんだん良くなってきているのは間違いありません。

ですが、そのまま続けるのではなく、一度立ち止まってきちんと整理して言葉にすることで、さらに理解が進むことでしょう。

 

「時間は2時間、発表は口頭で3分以内で発表してください。発表者は今まで発表をあまりしていない人にしてください。」

 

比較的長いワークショップです。

1週間も訓練をしていると、このぐらいのワークショップならば集中して取り組めるようになっていますし、明確な答え、というのを定義するのも難しいので時間が余ることもありません。これまでに「時間が余ったら失敗だ」というのを経験しているので、それだけ徹底的に考える必要がある、というのを認識してくれるはずです。

 

発表時間が短くかつ口頭でというのは、きちんとまとめて発表することを求められている、というのも、これまでの研修の中で理解ができているはずです。

この時点で発表をあまりしたことがない人、というのは発表が苦手な人であることが多く、より発表の仕方を考える必要があるということになります。

 

「質問はありませんか?」

「・・・・・・・・・」

「では、作業開始。」

 

コミュニケーションを取りながら「コミュニケーションとは?」を考えていくわけですから、自ずから自分の行動を振り返り、他人の行動を観察することになります。

また、これまでの失敗や成功例を思い返し、さまざまなパターンを抽出することにもなるでしょう。

自然と白熱した議論というよりも、じっくりと話し合う雰囲気になっていきます。

 

「この研修が始まるまでは、コミュニケーションって自分の言いたいことを相手に伝えること、だと思っていたんだけどな。」

「私も。でも、それは違ったよね。みんなが好きな事を言っていたら話がまとまらなかったし。」

「うん。」

「じゃあ、他に何が必要だったんだろう?」

「他に、というのもそうだけど、自分の言いたいことを言うことも必要なのかな?」

「確かに、言わないと伝わらないし、みんなが何も言わなくなってもだめだよね・・・。」

「うーん・・・・・。どこから始める?」

「・・・・・・・・でも、やっぱり話すことは必要だと思うんだよね。」

「そうしないと始まらないもんな。でもそれだけではだめなんだから、次に何が必要なんだろう?」

 

自分たちの行動を振り返り、考えていくことで、さまざまな疑問が出てきます。

この疑問が問題を解決するための出発点です。

 

疑問があれば、みんなで考えるための「質問」が自然に出てくるようになります。それに対してみんなが意見を言えば、それを検討して次の質問を発することができます。

他の班では、自分の意見を押し通そうと声が自然に大きくなっていく人もいますが、この班では、よいスタートが切れたようです。

 

ぴぴぴぴぴぴぴぴ。

 

「では発表してもらいます。」

 

先ほどよいスタートが切れた班の発表です。

 

「私たちの班では、コミュニケーションとは、伝えること、受け取ること、理解すること、だということになりました。これまでワークショップをする中で、みんなが自分の主張を繰り返すことが多く、話し合いがまとまらないという経験をしてきました。でも、話し合いをするためには誰かが意見を言わなければ始まりません。だから、問題はその意見を聞いたときにどうするか、ではないかと考えました。

意見を聞くときに、きちんと聞いてから反応すれば、単なる意見の言い合いにはならないのではないかと思います。

そこで、聞く側に必要なことを考えてみました。

まず、最初にきちんと言っていることを受け取ることが大事ではないかと思います。何を言っているかをきちんと聞いて受け取らなければ、理解する事もできませんし、せっかく言ってもらった意見が無駄になります。

だから、最初はまず意見を言う人の言葉をきちんと受け取ることが大切だと思います。

次に受け取った意見をきちんと理解する事も大切だと思います。

きちんと理解しないまま自分の意見を言っては、結局言い合いになってしまうと思います。

ですから、結局、きちんと伝えること、伝えられたことを受け入れて、それを理解して、また伝えることがコミュニケーションになるのではないかと思います。」

 

私はホワイトボードに「伝える」「受け入れる」「理解する」と、発表の内容にあった言葉をそのまま使って書きました。

 

「素敵です。」

 

ここまでの研修の中で「素敵」というのは私からの最上級のほめ言葉だと伝えてあります。

 

「私もその通りだと思います。特に付け足すことはありません。すばらしい話し合いができたと思います。」

 

他の班の発表も聞きましたが、今回はこの班の圧勝です。

私が追加で説明しなければならないことは何もありません。

 

最初から「コミュニケーションとは・・・」と私が説明してしまうことは難しくありません。しかし、ただ説明を聞くのと、高い問題意識を持った状態で説明を聞くのとでは、結果に大きな違いが表れます。

 

もし、このような「ほぼ正解」と言える発表がなくても、効果はあります。

 

ですが、自分たちでこのような答えにたどり着いたときには、それをきちんと理解して実践できるようになっていきます。

決して説明を聞いただけでは身につかないことが、自分たちで考えることによってできるようになっていくのです。

 

もちろん、残念ながら時間に限りのある研修という場では、自分たちで答えを見つけてもらうという理想を常に実現できるとは限りません。

気付くまで、見つけるまで待つことが理想ですし、それを目指して課題を構成し、ヒントを与えてきてもだめな場合があります。

ですが、きちんと課題を設定して、そこまで基礎となる考え方を理解していれば、自分たちで答えを見つけてくれることも十分に期待できます。

 

受講生のことを信じて、準備をして、一生懸命に待つことが、私のすべき事です。

信じるところに受講生の成長の種があると思います。

 

 

◆コラム◆ 大人でも知らないコミュニケーション

 

私は研修時などに、社会人にもこのワークショップの題と同じような質問をすることがあります。

社会人であっても、最初の答えの中に「聞く」「理解する」という要素が含まれていることは、残念ながらあまりありません。私の経験上、それに気付いている人は2割程度だと思います。

多くの人が、伝えること、言うことがコミュニケーションである、という認識です。

 

「それではラジオやテレビはコミュニケーションですか?」と質問すると、「聞くことも」コミュニケーションには必要、という声が出てきます。

 

今の時代は、子供の頃にコミュニケーションを学ぶ機会が少なくなっています。

大勢で遊ぶ機会も減り、違う学年と遊ぶ機会も少なくなり、遊んでも黙々とゲームをしているだけ。そんな状況ではコミュニケーションはできるものではなくて、学ばなければいけないものになっている、と私は感じています。

 

Takanori

新人研修物語(4章意識を変える)

4章                  意識を変える

1.  そんなの知りません!

 

技術研修が始まって数日たちました。

課題への取り組み方を見ていてそろそろ大丈夫だと思ったので、新たな要素を加えることにしました。

 

「今日は、これから渡す仕様に基づく設計書を作ってもらいますが、これまで設計書を見たことがある人、手を上げてください。」

 

自信がなさそうにぱらぱらと手が上がります。

 

「何人かはいますね。それでは、自分で書いたことがある人、手を上げてください。」

 

二人残りましたが、さっきよりもさらに手が低くなっています。

 

「どんなふうに作りましたか?」

「テンプレートを埋めて作りました。」

「私も、同じような感じです。」

「なるほど。」

 

だいたい予想通りで、計画通りに進められそうです。

 

設計書とはプログラムを書くための元となる資料で、多くの開発プロジェクトでは重要な意味を持つドキュメントです。実際の現場でもちゃんとした設計書はそれなりに経験のある技術者の仕事です。

 

「今回の設計書を書く作業では、テンプレートはありません、好きな形で書いてください。

みんなで見られるように模造紙に書いていてもらいますが、それを見てプログラムを書くことができれば、どんな書き方でもかまいません。

やることがわからない人はいますか?」

「・・・・・・」

 

やることはとても漠然としていますが、指示そのものは短くて明確なので、具体的な質問は出てきません。

 

「それでは質問はありますか?」

「時間はどれぐらいですか?」

「3時間です。」

「模造紙は何枚まで使ってもよいですか?」

「必要なだけ使ってかまいません。」

「発表はあるんですか?」

「はい。作成した設計書を説明してもらいます。発表者は自由で、時間制限もありません。」

 

さすがに、何度もワークショップをやらされているだけあって、質問に漏れがなくなってきています。

 

「それでは作ってもらう仕様を配ります。」

 

配っている最中からあちこちで「えぇっ」という声が聞こえます。

まぁ、今やっている問題からすればかなり難易度が高いのでやむをえないでしょう。

 

「何か質問はありますか?」

 

いくつか仕様に関する質問に答えます。

 

「他に質問は?」

「・・・・・・・・・・・」

 

質問もネタ切れのようです。

おもしろいもので、難しい課題の時ほど、先延ばししたい心理が働くのか事前の質問が多くなる傾向があります。淡い期待を打ち砕くように、サクサクと質問に対応していきます。

 

「では、作業開始。」

 

各グループ、それぞれ動き始めます。

早速議論を始めるグループ、とりあえずは一人で考える時間をとるグループなどさまざまです。

10分ほどすると、各グループでの議論がだんだん賑やかになってきます。

 

「設計書って、何を書けばいいの?」

「そんなの知らないよ!」

 

実際に叫びこそしませんが、心の叫びが聞こえるようです。

 

多くの技術研修では、あらかじめ決められたテンプレートを配布し、各項目を埋めさせることで、設計書の書き方を学んでいきます。そこではその項目がなぜ必要なのかを考える必要はありません。

しかし現場で必要なのは、その項目がどういう目的で必要で、どんな内容が要求され、どういう表現をしたら良いのかを考える力です。

その力を身につけるためには、何度も繰り返して試行錯誤し、考えることが必要です。

穴埋め式のテンプレートでは、それを考える必要はあまりありませんし、テンプレートそのものの良し悪しを考える力は育ちようもありません。

 

知らないことについて一生懸命に考えることが、本当の力を身につけることに役立つのです。

 

この後、作った設計書を元にプログラムを書き、振り返りワークショップを行うサイクルを何度か繰り返すことになりますが、最初のうちはぼろぼろです。ですが3~4回の挑戦で、あらかじめ決められたテンプレートと、同じような項目が含まれるところまでたどり着いてくれます。

 

自分たちの力でそこまで来られた、ということに気づけば、それ以降、新しいことに取り組むことを怖がらなくなります。

2.  答えはもらえるんですか?

 

ちょっと難しい演習問題に進んだ人から質問が来ました。

 

「先生、正解はもらえるんですか?」

「答は用意していません。自分で正しいかどうかを確認してください。」

 

演習問題に取り組み始めた頃に必ず出てくるやり取りです。

研修中に演習の時間がとれる限り、私は解答は渡しません。

 

答えを入力して動いたことが確認できても、それは理解したことになりませんし、答を解析して動作を理解できたとしても、自分で作る力にはならないからです。

 

解答を配って説明し演習の目的を果たしたことにする、というのは講師側の勝手な思い込みにすぎません。それはどんなに解答を丁寧に説明してもかわりません。

できるようになるには自力で解決する力を身につけるしかなく、講師は見守り、アドバイスを与えて励まし、待つことしかできないのです。

 

また、自分で正しいかどうかを確認する習慣も大切です。社会に出ればあらかじめ用意された答えがあることばかりではありません。実際には答えがないほうが多いでしょう。その際に自分でできる限り検証し、自分だけでは判断できない時には上司などに聞く、という行動ができるようにするためには、自分で検証する習慣をつける必要があります。

 

求められるまま答を与えることは、そのような習慣をつける機会を奪うことにもつながるのです。

 

ですが、解答を配布しないことは、講師にとってはとても怖いことです。

このまま最後までできなかったらどうしよう、答を見せて説明したら理解してくれるのではないだろうか、と考えてしまうのです。

 

しかし、それが受講生からいろいろなものを奪う行動であることも確かなのです。

受講生を信じて講師が我慢することが大切です。

 

受講生が他のやり方を見てみたい、という希望を持っている場合には、別の考え方を紹介して自分でプログラムを書かせればよいので、そこでも解答を配る必要はありません。

 

もし、私が解答を喜んで渡すシーンがあるとすれば、解答とほぼ同じ考え方で同じようなプログラムを作成できた場合でしょう。

解答のプログラムの方が「美しく」書けていることが多いので、解答を渡された人を悔しがらせるのにとても役立ちます。「解答だとこんなにきれいに書いてあるよ。」の一言でもつければ完璧です。

悔しいと思った人は、次は「美しく」書く事を心がけるに違いありません。

 

私は、とことん意地悪なようです。

 

3.  「これでいいですか?」

 

自由に課題の問題を進める時間、研修室を歩いて見回っているとY君に呼び止められました。

 

「先生、動いたみたいなんですが、これでいいですか?」

「自分で動作確認しましたか?」

「はい。でも、見て確認してもらいたいんですが。」

「どうして?動いているのならいいのでは?」

「でも、心配で。」

「なら、もう大丈夫と思えるまでしっかり確認してください。」

「・・・・・・」

 

納得がいかないようで、渋々と自分の席に戻っていきました。

 

研修の開始から間もないときには、このようなやりとりをすることがあります。

 

私が見て「良い」「悪い」を言うことは簡単なのですが、安易に答えてしまっているうちは、自分自身の行動に責任を持つ、という意識は現れてきません。

 

先生や講師に目にかけてもらいたい、という気持ちも感じられ、このままでは「上司の起源をうかがう」ことに汲々とするタイプになるかもしれません。

自信のなさが「確認して安心したい」という気持ちにつながります。自分で判断して前に進んでもいい、という経験を重ねることで、自然に自信が付き「これでいいですか?」と聞くことが減っていきます。

 

それまでは優しく突き放し続けます。

 

 

◆コラム◆ 自発的な行動を引き出す

 

自発的な行動というのは「やりたい」という気持ちがなければ生まれてきません。特に新人研修などでは、学生時代に「言われたことをこなしていればいい」という生活を送ってきた人が多く、その行動パターンをそのまま引きずっていることも多いため、なかなか自発的に動けない人がいます。

 

講師が「自分で考えたように動いていいんだよ。」というメッセージを送り続けることで、次第に自分たちで役割を見つけ、目的を見つけ、動き出すようになっていきます。

自分で動いたことによって何らかの成果が出てくれば、自発的な動きは加速していきます。

 

人間はもともと「いろいろやってみたい」という気持ちを持っているものです。

「それじゃだめ」と言われ続けるうちにその気持ちが小さくなっているだけなのです。枠にはめられていると言ってもよいでしょう。

 

「やってみたい気持ち」を引き出すには、その枠を取り払って本来の姿を見られるようにしてあげれば良いのだと、私は思っています。

 

Takanori

新人教育物語(3章学びの形)

3章                  学びの形

1.  技術を学ぶ

 

新人研修も開始してから4日ほどたち、技術研修の要素も多くなってきました。

 

技術研修では受講者の技術レベルには大きな差があることが普通です。これは個人の能力というより、それまでの経験の違いが大きく影響します。

 

今日は私が渡した、たくさんの練習問題が載っている課題を好きなだけ進める時間です。

問題は簡単なものから難しいものまで順番に並んでいます。

 

最初は進め方についての指示を出します。

 

「自分ができないところから始めてください。問題を見て答えがすぐに頭に浮かぶようならその問題は飛ばしてもかまいません。

わからない問題があれば、その前の問題に戻ってみてください。」

 

技術レベルが違いますから、当然進み方は人によって大きく違います。

ですが、簡単な問題は飛ばしてもよい、難しければ戻りなさい、という指示のため、各自が自然に自分に合った問題に取り組むことになります。

感覚としては、小学校の低学年の問題から、中学3年生までの問題が順番に並べてある感じです。今回はまだ出しませんが、その上に高校卒業レベルまでの問題を用意し、とてもできる人にも対応できるように準備はしています。

 

順番に全部やりなさい、今日はこの問題をやりなさい、では、個人のレベルと問題のレベルのかい離が起きて、モチベーションの低下につながるので、それを避けるための工夫です。

 

ここまでにモチベーションを上げてあるので、みんな一生懸命に課題に取り組んでいます。

 

「やった、動いた!」

 

たまにこのような声が上がります。

おもしろいもので、課題ができた時に無意識にこのような声を上げる人が結構います。

 

たまに出る質問に対応しながら見回っていた私も、声につられて見に行きます。

 

「どれどれ、動かしてみて。」

「はい。ほら。」

 

言葉づかいなんて気にしてはいけません。

画面上には課題の問題と同じ表示が出ています。

 

「やったね。どのぐらいかかった?」

「半日かな?」

「頑張ったね。次はどの問題?」

「これです。」

「じゃ、次はそれだな。」

「はい!」

 

隣で同じ問題に取り組んでいて先を越された人の、悔しそうな顔は見て見ぬ振りをして、私はまた見回りに戻ります。

 

声を上げた人が取り組んでいた問題は、早い人なら10分もあれば終わる問題かもしれません。ですが大切なのは早さではなく、時間はかかっても自分の力でできた、という経験です。

自分が頑張ればできるんだ、という自信は、間違いなく次の問題に取り組む強いモチベーションになります。

 

逆に、時間切れで解答を配られた場合に、最初は「次は頑張ろう。」と思えるかもしれませんが、それが繰り返されるうちに「やっぱり私はダメなんだ。」に変わっていくことは必然でしょう。そうなると「落ちこぼれ」と呼ばれるようになります。

解答を配らなければできなかった落ちこぼれが、解答を配ることによりできてしまうことになります。

 

あらかじめ設定した達成ラインにたどり着けなければ同じである、という言い方もできるかもしれませんが、高いモチベーションを持って自発的に勉強している時には、最大の学習効率を発揮していることが多いので、それでたどり着けない場合には、達成ラインが不適切であるか、研修開始時のレベルの問題か、問題やアドバイスが不適切かのいずれかです。

いずれにしても研修の実施サイドの問題です。

 

技術を学ぶことは、すなわちスキルを身につけることです。

スキルを身につけるためには「試行錯誤」と「考えること」が不可欠です。

そのための十分なモチベーションと学ぶ機会を与えることが、本当の技術の習得につながります。

 

2.  教え合う関係

 

個人のレベルにあった課題を進める時間です。

 

「どうして動かないんだろう・・・???」

「どれどれ・・・」

 

「どれどれ」と言っているのは私ではなく、近くにいる同じ新入社員です。

 

問題に取り組んでいるとこのような会話が聞かれるようになります。

 

このような動きが出てきたことが確認できたので、次のような話をします。

 

「ちょっと手を休めて聞いてもらえますか。」

 

伝えるのにもっとも適したタイミングがあります。必要ならば作業の中断もやむを得ません。

 

「分からない問題があったら、とことん考えてください。とことん考えて、いろいろと試して、それでも分からなかったら聞いてください。

聞く相手は私(講師)でも近くにいる人でもかまいません。もし誰かに聞かれたら教えてあげてください。人に教えるためにはきちんと理解していることが必要です。教える事で自分の分かっていない点も明らかになります。教えることはとても良い学びになります。教える事により、教える人の方が多くを学べるはずです。

 

ただし、教えるときには解答を教えてはいけません。それは聞いてくれた人の、答えを見つける楽しみを奪ってしまうことになります。教えられたとおりに打ち込んで動いても、誰も楽しくありません。人の楽しみを奪ってはいけません。

 

もし、ヒントを与える教え方が難しければ、疑問文を使って教えてあげてください。『どうしてこうしたの?』『ここは他のやり方はないのかな?』こんな感じです。これならば直接的な答えを言わずにすみます。

 

それでは作業に戻ってください。」

 

このように話して「人に教える行為」を積極的に勧めることで、お互いに教え合おうという動きが出てきます。教える側はちゃんと教えようとして必死に学びますし、教える側も同じ立場の人から教えられることで、理解しなければという意識がさらに高まります。

 

繰り返して問題に取り組む中で、あるときは教え、あるときは教えられる、ということを繰り返すことで、お互いの「絆」も強くなっていきます。

たまには「教えていた側」と「教えられていた側」が二人で悩んでしまい、一緒に考えて答えを見つける、ということも出てきます。それも「教えられていた側」が解決したりして「教えていた側」が「なるほどなぁ」と感心していたりします。

このような逆転現象も珍しいことではありません。

 

このような経験を重ねることで「自分で解決できる」から「自分たちで解決できる」という意識が高まっていきます。これはチームで協力して作業をする際の感情的な裏付けになっていきます。

 

3.  教えて怒られた??

 

あちこちで、少しずつ教えたがりが出てきているようです。

教える、というのは人間にとっては快感ですからやむを得ません。

 

「ここはこうすれば動くよ。」

 

質問された人が、質問した人のパソコンの前に座って操作して動かしています。

すかさず注意しに回ります。

 

「代わりにやってあげてはいけません。やってあげても、教えたことにはなりません。やってあげることは自己満足です。相手のことを考えて、きちんとヒントを与えて、質問して導いてあげてください。」

 

教えている人は当然「よかれ」と思ってやっていたわけですが、私の研修会場では教え方が間違っていれば即座に指摘されてしまいます。講師も含めて誰も学ぶ楽しみを奪う権利はないからです。

 

また、この研修は新入社員研修ではありますが、現場に配属されて一年後には部下を持つ可能性もあります。

その際にすべてやってあげてしまっては部下が育たないでしょう。人を育てる方法を知っていることも、これからの社会人人生では重要なことです。

 

実は「教えてしかられる」のは新入社員ばかりではありません。

 

ある程度の人数の研修では、サブ講師が付く場合もあります。

今回の研修でもサブ講師が一人います。

 

技術講習が始まったころに、サブ講師の人が、ある受講生につきっきりで「こうするといいよ」「ああするといいよ」と言っていました。しばらくは様子を見ていたのですが、これはまずいなと思ったので「ちょっと、こっちに来てください。」と呼び出しです。

 

さすがに指導方法について受講生の前でサブ講師をしかるわけにはいかないので、部屋の外まで連れて行って話をしました。

 

「教えすぎです。全部やってあげたら、新人さんが何も学べません。ヒントを与えて、答えを見つけさせてあげてください。

新人さんのパソコンをさわらない、画面も見ない状態で、質問により導くことを心がけてください。

やり方が分からなければ、しばらく私を見ていてください。」

 

サブ講師にも育て方を学んでもらわなければなりません。

 

現在の技術研修では、教え方を知っているよりも技術を知っていることが講師の選択基準であることが多くなります。ですが技術に詳しければ教えられるか、といえばそんなことはありません。そのため、サブ講師に「教え方」を伝えることも私の仕事になることがあります。

 

最初こそは「教えて怒られた」とへこむことになり、手も足も出せなくなりますが、教え方、導き方についての理解が進むにつれて、少しずつヒントを出せるようになっていきます。

 

もっとも、技術研修で自分で答えを見つける楽しみを知ってしまうと、受講生からは質問がほとんどでなくなります。よっぽど困った場合でも仲間同士で考え、私が近寄って「答えを教えようか?」と聞いても「いや、まだいいです。」と断られるようになっていきます。

そして、よっぽど困ってから悔しそうな顔で質問に来るようになるのです。

 

◆コラム◆ 学ぶ場の醸成

 

研修会場というのは、受講者が学ぶことはもちろんのこと、参加している講師、サブ講師、すべての人間が学ぶ場であってほしいと思っています。

教え、教わり、考え、試行錯誤し、答えを見つけ感動することを、全員が繰り返していけば、自然と学ぶ場は作られていきます。

 

全ての人が学ぶ気持ちを持っている場、というのは不思議な力を持っていて、自然と人のやる気を引き出していくものです。

「教えてもらう教室」ではなくて、「みんなで学ぶ勉強会の会場」という雰囲気の中で、進むべき道筋を示すことができれば、参加している人はみんな勝手に学んでいってくれます。

 

講師が答を教えることを繰り返しているうちは学ぶ場はできません。

 

講師の最大の仕事は、学ぶ場を作り、維持することだと思っています。

 

Takanori

新人研修物語(2章グループワーク)

2章                  グループワーク

1.  初めてのグループワーク

 

「さっきの他己紹介にはどんな要素があったと思いますか?」

 

休憩後の最初の質問です。

手が上がる場合もありますが、今回は上がりません。

 

「人の話を聴く、質問して話を聞き出す、紹介のために発表する。この作業の中にはコミュニケーションのためのいくつかの要素が含まれています。

皆さんは社会に出て働くようになったら、一人で仕事をすることはありません。必ず複数の人間のチームに所属することになります。

チームで仕事をするときに大切なのは、きちんとしたコミュニケーションが取れることです。この研修は技術研修ですが、技術と同じぐらいコミュニケーションについてもたくさん考えてもらうことになります。」

 

他己紹介に含まれるコミュニケーション要素を意識させることで、これからの研修への取り組み方が変わってきます。他己紹介はほんとうに便利なアクティビティです。ただの自己紹介に使ってしまってはもったいないです。

 

IT企業の新人研修ではコンピュータについて学ぶことが普通です。

今回の研修であらかじめ決められているカリキュラムでも、最初は「コンピュータ基礎」になっています。

 

「皆さんはこれから何を学ぶか知っていますか?」

「コンピューター・・・・・?」

「プログラム・・・?」

 

いろいろな声が上がります。

 

「そうですね。そのとおりです。皆さんはこれまで学校でコンピュータについて勉強してきましたね。」

 

A社の新入社員は全員が専門教育を受けてきた人たちです。

 

「では、コンピュータってどこにありますか?今からグループで話し合って、できるだけたくさんあげてみてください。」

 

最初のグループワークです。

 

今の時代、コンピュータという言葉を知らない人はいません。ですが、どこにコンピュータがあるのか、というと、目の前のパソコンしか思い浮かばない人がいます。実際にはどこにでもあると言っていいぐらい、コンピュータが使われているのですが、意外な事に専門教育を受けてきた人たちでもそれを意識していないことがあります。

知ってると思っていたことが実は知らない、説明できない、ということに気付くことはショックです。「知っている」と「理解している」との間の差に気付くのです。

このショックが『学ばなければならない』、というモチベーションにつながっていきます。

 

このグループワークはそれに気付いてもらうのが第一の目的なのですが、それと同じぐらいの重みで「最初のチームコミュニケーションの練習」としてとらえています。

 

「やることが分からない人はいますか?」

「時間はどれぐらいですか?」

「30分とします。他に質問は?」

「・・・・・・・」

「なければ始めます。作業開始。」

 

30分という時間はその時の雰囲気や受講生によっても変えるのですが、ここでは比較的長い時間を設定します。

目的の一つが「チームコミュニケーションの練習」だからです。

 

私の研修ではワークショップをはじめとするグループワークを多用します。そのグループワークで成果を期待するために欠かせない要素の一つが、コミュニケーションスキルです。

グループワークをするにはコミュニケーションスキルが必要で、コミュニケーションスキルを学ぶにはグループワークが必要、という鶏が先か卵が先か、という状態になってしまうのですが、これはやむを得ません。

 

最初は、グループワークとしての成果を期待できないことを前提として、まずはコミュニケーションスキルを最低ラインまで持ち上げないと先に進めないのです。

「コンピューターはどこにある?」などという話してしまえばすぐに終わってしまうような内容をグループワークにするのは、それが目的です。

ですが、最初の課題が難し過ぎれば、グループワークに対するアレルギーができてしまうかもしれません。このぐらい簡単で楽しく話せるものが適していると思います。

 

よく初対面の人が集まる研修において「○○について話し合ってください」といきなりワークショップが始まることがあります。正直に言って、参加者に話し合いに関する素養がなければなかなかうまくできるものではありません。与えられた時間が短ければなおさらです。

ワークショップに学びを求めるのならば、その前にコミュニケーションが円滑にできるような準備を行う必要があると私は考えています。

 

アイスブレークをきちんと行い、話ができる素地を作ってから、実際に話し合うことの難しさを体験し、それについて考えることが、コミュニケーションを学ぶためにはとても重要で、それを抜きにしてはグループワークでの多くの成果も望めません。

 

また、課題に取り組むときには「やることが分からない人はいませんか?」と「作業開始」という言葉を必ず使うようにしています。

繰り返して使っていると、この言葉が「作業に入るためのスイッチ」になり、取り組みの入りが素早くなります。小さな工夫ではありますが、効果は高いものです。

 

さて、現場に戻りましょう。

 

作業の様子を見ていると、なかなか話し出せないグループがあったり、雑談になったりしているグループがあります。

少しずつ目線を変えさせるヒントをつぶやきながら回ったりするのですが、強制的に軌道に戻したりすることはありません。戻すどころか、場合によっては雑談に参加したりもします。

 

目的は二つあります。

一つは、失敗してもよい、というよりも、失敗して欲しいからです。失敗した方がよりよい学びにつながります。もう一つは、私と受講生の関係を作るためです。

 

人間は成功してしまった体験からは学べません。なぜなら、すでにできるから成功するのであり、すでにできるなら学ぶものは少ないのは当たり前です。逆に失敗したことからは多くを学べます。「失敗から学ばせる」ことはとても有効です。

 

また、この時点では、受講生と私は数時間前に初めて会った他人であり、お互いの関係を作ったり、位置関係を確認したりしている時期です。その段階で「それはだめ」「こうしなさい」という指示を出しては、それが関係の基本的な位置づけになってしまい、望ましくありません。

 

コーチングの考え方では、コーチは「クライアントと共に歩むもの」とされています。

指示や強制はその考え方にはそぐわないものです。

 

物事をうまくこなさせるために先回りして指示を出すよりは、失敗させるほうが大きな成長を期待できますし、信頼関係をきちんとする方が後の学習でよい効果をあげることにつながります。

 

もちろん最初からちゃんと話し合えればベストですが、そんなことは滅多にありません。

 

ぴぴぴぴぴぴぴぴ。

 

「では発表してもらいます。」

「最初に発表したい班は手を挙げてください。」

 

キッチンタイマーの音も含めて、これも決まり文句にしていきます。

もっとも発表順を決めるときにはさまざまな工夫を凝らして楽しめるようにしますが、それはここでは考えなくてもよいでしょう。

 

「発表は3分以内でお願いします。」

 

ここで「あっ」という顔をする人がいます。

先ほどの指示の中に含まれていない項目だからです。

 

もし、受講生からクレームが出たら「知りたかったら質問してください。」と言ってしまいます。そうすると次から指示の内容を意識するようになります。他にも発表者をどうするか、という問題もありますが、ここでは誰でもいいということにしました。

 

発表内容を聞きながら、それをホワイトボードに書いていきます。

今までの経験では、漏れなく『漏れ』があります。答えの数も膨大ですから、当たり前の話です。

 

全グループの発表を聞いた後で「では、○○にはコンピュータは入っていますか?」と漏れているものについて尋ねると、また「あっ」という顔をします。その「あっ」の数が多ければ多いほど、話し合いや自分の知識に疑問を持つことになります。

ここではたくさん疑問や「失敗した」という感覚を持ってもらいたいので、できるだけたくさんの例を挙げていきます。

 

受講生から上がらなかったものの中から、「なぜ気付かなかったのだろう」と自分たちで思うようなものを見つけ「なぜ、○○に気付かなかったのですか?」と問いかけてみます。

いろいろな意見が出ますが、その中に「話し合いが足りなかったから。」という意見が出てくればしめたものです。もし専門教育を受けてきた人たちであれば「学校で4年間も習ってきたのに、・・・」などというのをつけても効果的です。もっともそれを言うときには受講生の感情に十分配慮していやみにならないように気をつけなければなりません。

 

「悔しい」という感情は「次にはもっと上手にやりたい」という気持ちにつながります。

必要以上にへこませてはだめですが、悔しいという感情は上手に使いたいものです。

 

「では、先ほどの話し合いをどうしたら良かったのか考えてみてください。反省のための話し合いです。

やることが分からない人はいますか?」

「何か質問は?」

「何分ですか?」

「そうですね、20分でお願いします。」

 

先ほどの経験が生きてきちんと不明点を尋ねるようになります。

自分の行う作業に主体的に取り組もうとする意識の現れです。

 

「発表時間は?」

「3分以内です。」

 

曖昧な指示を自分で分析し、足りない情報を得ようとする行動は、質問する力を身につける第一歩です。そのために指示は何かを意図的に少なくします。

 

「あ、言い忘れましたが、発表者は私が発表前に指名します。」

 

発表者が発表前にしか決まらないということは、誰が指名されても発表できるようにしておかなければならない、ということです。

これで、話し合いの中身を一気に緊迫させることができます。どうせ私は関係ない、という逃げ場がなくなりますので、研修の初期には意識的に多用します。

 

「他に質問は?」

「・・・・・・」

「なければ始めます。作業開始。」

 

同じような事を繰り返しているように思えますが、実際には少しずつ負荷が上がっています。

時間が短くなったり、発表者が分からなかったり、話す内容の抽象度が上がったり、しています。しかし、乗り越えられない壁ではありません。

 

このように少し背伸びをして、工夫をしながら作業に取り組み続けることが、効果的なスキルの習得につながっていくのです。

 

簡単すぎても集中力が切れてしまいます。

難しすぎたらやる気がなくなってしまいます。

 

グループワークでも個人で取り組む課題でも、モチベーションを高く保つためには「ちょうどよい難しさ」が大切なのです。

 

そして、ここでやっているような「何が良かったのか、何が悪かったのか、どうしたら良かったのか?」を自分たちで考える「振り返り」を行うことが重要です。

 

「次にどうしよう、という具体的な内容まで話し合ってください。」

 

話し合いの最中にこのような指示を出すこともよいでしょう。

 

業務改善などにはPDCA(Plan Do Check Act)サイクルを継続的に回すことが大切だと言われますが、学習についてもPDCAサイクルを回すことが有効です。この振り返りワークショップは、CheckとActに該当する作業であり、学習の効率を劇的に上げていくために役に立ちます。

 

2.  共同作業の面白さ

 

反省ワークショップが始まったようです。

 

「なんで○○に気づかなかったんだろうなぁ・・・・」

「学校で聞いたことあるわ。」

「俺たち、ずっと違う話してたもんな。」

「どこからそれたっけ?」

 

ワークショップの開始とともに、あちこちでこんな声が聞こえてきます。

 

あるグループの話し合いを覗いてみましょう。

 

「私もそれてるなぁ、って思ってたんだよな。」

「なんで、みんなそう思ってるのに戻せなかったんだろう?」

「楽しかったから、かなぁ?」

「そうだね、楽しかったよね。」

「とくに、B君は面白かったな。」

「うん、うん。あんなことを言う人じゃないと思ってたからびっくり。」

「だよね、B君、お笑い番組とか見てる?」

 

残念ながら、またそれているようです。

誰かが気付いて元に戻してくれることを期待しましょう。

 

机の並び替え、他己紹介、コンピュータはどこにある、などと研修開始から立て続けにグループワークに取り組んでいくと、お互いのことが少しずつわかって最初とは違う印象をお互いに持ったり、人の発想や知識を知ることが楽しい、と思うようになってきます。

 

もちろん、学生時代にこのような作業をしたことがないことなどから苦手意識があり、グループワークが苦痛だ、という感想を持つ人もいるのですが、それを克服するのも大切な事であり、回数を繰り返せば、グループワークで人と協力することの大切さと楽しさに気付くようになります。

 

「コンピュータはどこにある?」などという課題を一人で考えていても、おそらく楽しくはないでしょう。みんなで「あれはどうだろう?」「じゃぁ、これは?」などと話して発見することが楽しいのです。

この「楽しい」という感情を持ってもらえれば、次のグループワークにも積極的に取り組んでくれるようになります。

 

グループワークでは、課題の設定が、楽しさが感じられるかどうかに、当然の事ながら大きな影響を与えます。

また、取り組む際の「雰囲気」も楽しく作業できるかどうかに影響を与えます。

 

最初の段階で「グループワークが楽しい」と思えれば次のグループワークにも積極的に取り組んでくれますが、「つまらない」と思われれば「またか・・・」と思われてしまいます。

そのため、最初の段階では内容と実施方法に注意し「楽しい」という気持ちを持てるように工夫が必要です。

 

幸いにして、全体的には積極的に取り組んでくれているようです。

ただ、何人かは身体を引き気味であまり話し合いに入れていませんし、中には一人が全てを仕切っているようなグループもあります。先ほどのぞいたグループはまた脇道にそれているようです。

 

もちろん問題があるのですが、最初からうまくできるはずはありません。

できないことを指摘しても萎縮するだけですので、この段階で細かいことを言わずに自由に話し合いをさせればよいでしょう。

 

ぴぴぴぴぴぴぴぴ。

 

さて、発表の時間です。

 

「では最初に発表者を決めます。誰でもいいので、班の中で誰か一人を決めてください。」

「決めましたか? 決まった人、手を挙げてください。そうしたらその人から、上から見て右回りに1から順番に番号をつけてください。」

「できましたか?では、発表者は4番の人とします。」

 

他にもさまざまなバリエーションがありますが、今回はあたった、外れた、というのを単に楽しむために偶然に頼って決めます。しかし、実際には誰が1番か分かっていれば、特定の一人を発表者にすることは可能です。1番の人に手を挙げてもらえばわかりますので、今回はC班で一番参加の度合いが低かったと感じたB君があたるようにしています。

 

「では、最初に発表したい班は手を挙げてください。」

 

これは、いつもと同じです。

発表順が、A班、D班、B班、C班の順番になりました。

 

「C班のBが発表します。」

 

技術研修に入る前によい教育がなされているようです。

 

「私たちの班では、話し合いが横道にそれて戻れなくなったことが反省点として上げられました。」

 

私もC班の雑談に参加したぐらいですから、その通りでしょう。

 

「そのために、いろいろな事を考えなければならなかったのですが、時間を無駄に使ってしまいました。

次の話し合いの時には、横道にそれないようにしようと思います。」

 

時間をかけた割には内容が薄いと思いますが、あまり完全な答えが出てもおもしろくないでしょう。でも、それで終わってしまっては、それもまたおもしろくありません。

 

「質問していいですか?」

 

私からの質問をさせてもらいます。

予定していないことでしょうが、返事を待たずに続けます。

 

「どうしたら横道にそれないようにできるのですか?」

「・・・・・」

 

話し合っていないのですから答えられるわけはありません。

答えられない場合には「話し合いが足りなかったのだ。」という意識を持つことになるでしょう。

4つの班の発表が終わっても、内容の深さにそれほど大きな違いはありませんでした。

 

「具体的な解決方法、改善方法を見つけることが次の行動の改善につながります。悪いところに気付いて意識することは大切ですが、それ以上に具体的な改善計画を意識してください。」

 

このように「しまった。」と思わせてから話をすることは、聞く意識を高く保つための良い方法です。

今回はうまく説明できないところばかりでしたのでこのような流れにしましたが、もしどこかの班が「次はこうします。」と具体的な方法まで話し合うことができれば、その班をしっかりほめてあげると良いでしょう。

具体的な指示はしなくても、ほめることで「良いこと」を示すことができます。

 

「振り返りのワークショップ」の意味について理解したところで、PDCAサイクルについてホワイトボードに図を書きつつ、説明します。

 

「現場での業務の改善にはPDCAサイクルを回すと良いと言われます。Planは計画、Doは行動、Checkは文字通り確認、Actは改善行動の事です。

この研修でも、このPDCAサイクルを継続的に回し続けることが、とても有効です。振り返りのワークショップではこのCheckとActに注意して話し合いをしてください。」

 

体験することで、単なる理論ではなく、自分の経験として身についていきます。

 

これまで「PDCAサイクル」という言葉を聞いたことがあっても、具体的にどうするのかを知らなかったり、その効果を理解していないことも多くあります。

 

ただ、一度説明するだけで終わりにするのではなく、おりに触れ何度も繰り返すようにします。反省ワークショップの効果が現れているのが感じられたときに、触れるとより効果的です。

 

反省ワークショップを行ってPDCAサイクルを回し続けることで、話し合いやチームでの活動スキルがめざましく向上していきます。教育におけるPDCAサイクルはとても有効です。

 

3.  ワークショップと気づき

 

先ほどの振り返りワークショップに戻ってみましょう。

 

「どうしてたくさん出てこなかったんだろう?」

 

この班では視点が広げられなかった事が問題になっているようです。

 

「みんなどうやって考えてた?」

「俺は学校で習ったことを思い出そうとしてた。」

「あ、私もそう。」

「私は周りにあるものを考えてみたんだけど、中がどうなってるか分からなくて・・・」

「なんでわからなかったのかな?」

「だって、そんなふうに考えてみたことなかったもん。」

「そうかぁ、やっぱり俺たち考えてなかったんだなぁ。」

 

反省ワークショップの最中にこんな声が上がることがあります。

「あ、そうかぁ。」

これが気づきの瞬間です。

 

グループワークや反省ワークショップの中で話し合うことにより、他の人の意見を聞き、考えることになります。

自分の主張だけを繰り返しているうちはだめですが、きちんと人の言葉を聞くことができるようになれば、その中から「気づき」が生まれてくるようになります。

 

知識は本を読んだり話を聞いたりすれば身につきます。

でも、それは単に「知識」であり、理解できた、スキルとして身についた、というのとは大きな違いがあります。

 

本当に学ぶためには、理解、スキル化が必要ですし、知識を覚えるためなら本を読むのが一番です。講師がいる研修ならば、理解させ、スキルとしなければ、講師のいる意味がありません。

 

知識と理解の間には質的な違いがあります。

知識を積み重ねていっても、それだけでは理解にはなりませんし、スキルにもなりません。

知識から理解になるためには、気づきが必要なのです。

その気づきのためには、自分で考える、やって試す、という主体的な行動が不可欠です。

 

私は気づくチャンスをいかに多く与えることができるかが、講師の力量だと考えています。本を読めばわかるものなら自分で読ませましょう。説明をするにしても、テキストと同じ事を話すのではなくて、違う方法で説明できなければ講師のいる意味がありません。

本やテキストの朗読をするために安くはない講師費用をもらっているわけではないのです。

 

気づきを通して理解を促し、試行錯誤を通してスキルを身につけさせることが講師の役割です。

 

 

◆コラム◆ 成長の実感

 

「勉強している気がしないのに、できるようになっているのが不思議。」

 

過去に新人研修で新入社員の方からいただいた言葉です。

「自分が成長している。」と感じられることは大きなモチベーションに繋がります。逆に、やってもやってもできるようにならない、と感じたら、やる気がなくなってもしかたないでしょう。

 

ですが、ほんとうに集中して取り組んでいる間は、自分の成長に気付かない人もいます。周りから見れば大きく成長しているにも関わらず、自分自身では目の前の課題に必死に取り組み続けているだけ、という状態です。

 

そんなときには、立ち止まって振り返る機会を作ってあげるのも良いでしょう。

他の人の目から見た評価を伝えてあげることも良いでしょう。

それで天狗にならないような性格の人であれば、次の課題にはさらに熱心に取り組んでくれるようになるはずです。