長年、研修講師をやっているといろんなシーンに遭遇する。
最近はたいていのことでは驚かなくなったが、今回は、私を鍛えてくれているトラブルの話である。
● 停電 ●
PCを使って演習をしていて、突然停電。
幸いノートパソコンを使っていたので演習の継続は問題ないのだが、それでもバッテリーが切れたらおしまいだ。
薄暗くなった部屋での演習の継続を指示しておいて、配電盤などをチェックし、落ちていたブレーカーを見つけ、電源を入れた。
本当ならば原因が分からなければやってはいけない作業だが、背に腹は替えられない。
その後、再発しないだろうか、火事になったりはしないだろうかと、ひやひやしながら研修を続けたが停電は二度と起きず、火事にもならなかった。
あれはいったい何だったんだろう。
● 無線LANがつながらない ●
朝、会場に来たら無線LANがつながらなくなっている。
最近の研修では、インターネットに接続しているのがあたりまえになってきていて、無線LANがつながらなければ研修の進行にも支障を来す。
接続状況をチェック、機器の再起動などを行って、おかしくなっている機材を特定し、研修のサポートに代替機材の緊急要請を行ってから朝のコミュニケーションシートの対応を開始した。
このようにネットワークが一時的にでもつながらなくなる、というのは、けっこうあるトラブルの一つである。
幸い、このときにはサポートの方がすぐに駆けつけてくれて一時間ほどで回復できたのでよかったが、場合によってはネットワークがなくてもすむようなカリキュラムに、急遽組み替えなければならないときもある。
● 受講生がいない ●
いつもの研修会場の扉を開けたら、部屋の中ではお姉様方が洋服のマネキンに服を着せている。
今日はそんな研修だったかな、と一瞬考えてしまったが、そんなわけはない。
あわてて研修を仲介してくれている会社に連絡を取ろうとしても連絡が取れず、受講生の方に直接連絡をさせてもらい、会場が変更されていることを知る。
急いで会場まで移動するが、15分の遅れ。
クライアントさんの中での会場変更の情報が、研修会社に届いていなかったのが原因であった。
● えっ?二人? ●
会場に行って六人で研修を始めたところ、受講生の方から「今日、会社のイベントがあるので昼から四人抜けます。」と言われた。
ちょ、二人になっちゃうの?カリキュラムは?進行は?
昼からは課題に取り組んでもらう、というよりは、随時質疑応答をしながら一緒に作業をしていくような形にしていったが、グループワークでしかできないような作業ではなくて、ラッキーだった。
● 嵐が来る! ●
天気予報で「明日の朝は大荒れ。交通機関にも影響が・・・」と言っている。
講師という仕事は、とにかくはじまりの時に会場に居なければならない。
雪が降ろうが、槍が降ろうが、である。
電車が止まって会場に入れないのではしゃれにならないので、一万円ほどのビジネスホテルに泊まり待機。
翌朝、台風一過なのか、雨も止みきれいな晴れ。
私の一万円を返せ!
● 人身事故・・・ ●
朝の移動中に電車が止まるときほど焦ることはない。
間に合うか,間に合わないか、じりじりしながら考え続けることになる。
会場に連絡を入れ、代替路線があればそちらに走り、駆け足で乗り換えながら目的地を目指す。
タクシーしかなければタクシーも使う。
そうやって苦労してぎりぎり現場に入って研修を始めるが、後で調べると、代替路線を使わずにそのまま乗っていたらもっと早く楽に安く着いていたことがわかったりする。
だが、そんなのは駆け足で乗り換えてるときには分からない。
ひたすら全力で走り、全力で祈るのみである。
● 研修で使う資料は明日の朝に届けます ●
( 私) 「明日の研修で使うと言われている資料が届かないんですが。」
(担当) 「えっ、昨日送っているので調べてみます。」
(担当) 「宅急便屋さんの中で行方不明らしいです。」
( 私) 「えっ、そうなんですか。ならしかたないので明日は資料なしで何とかします。」
(担当) 「今から持って行きます!」 @21:30
( 私) 「名古屋から埼玉までですか?そんなことしなくて大丈夫ですよ、何とかしますから(^^ 」
(正直この時間ではうちまでたどり着けません (^^;; )
(担当) 「なら、今から送ります。朝の7:00に届けます!」
( 私) 「えっ」
実際に翌日、研修に出かける前、朝の7:00にベルが鳴らされ、荷物が届いた。
宅急便屋さんが責任を取るために、急送してくれたらしい。
見る時間もないのでその資料に合わせた研修はさすがにできなかったが、宅急便屋さんのパワーには驚かされた。
● 初めて見る演習問題 ●
朝、初日の会場に入ると講師用の机の上に「演習問題」の束が置いてある。
これを使え、ということだろう。
実施方法については、ある程度私に任されていて事前に使うテキストだけをもらっていたので、演習問題は初めて見る。
すでにテキストを見て自分の形でカリキュラムを組み立ててあるので、演習問題をざっとチェックし、自分のカリキュラムと用意した課題の方が効果が高いだろうと判断した。
初めて見る演習問題はそのままお蔵入りに。
基本、その場で初めて見て「使う」のは無理です。
● 無理な注文 ●
「五日間でC++を教えてください」
研修をしていると、それは無理だろう、という注文に出くわすことがある。
一つの、それも複雑と言われているプログラミング言語を五日間でなんて正直無理、と思った。
でも、注文であればやらなければならない。
五日間のカリキュラムを考えるために、そのプログラミング言語を再度勉強し、絶対必要なものとそうでないものに分けた。
本質をできるだけシンプルにして伝え、演習問題もごく効率の良いものにしなければならない。
結局、五日間のカリキュラムを考えて準備をするのに、昼間は研修を実施しながらだが、三週間ほどかけた。
結果、十分とは言えないが、受講生の方は、私が最初に思ったよりも大きな成果をあげてくれた。
それ以来、無理な注文はトラブルではなく、自分を成長させてくれるいいきっかけだと思うようにしている。
それでも中には「それはほんとうに無理!」というのもあるのだが・・・
● 選挙の応援 ●
朝、研修会場に入ると、クライアントの人事の方から、
「先生、今日の午後から二時間ほど選挙の応援に新人を連れて行きたいのですけど。」
と言われた。
会社として応援している政治家の選挙の演説を聞きに行く、ということらしい。
八時間ほどのうちの二時間だから決して小さい数字ではないが、
「どうぞ (^^ 」
と返事をして、その日のカリキュラムの時間を再検討して、翌日までをどう使うかを考え始める。
選挙の応援がなくても、進み具合によってはスケジュールの組み直しをいつでもすることになるので、トラブルというほどのことでもないのかもしれない。
同じような問題には、会社の中の配属説明会だったり、社長の講話だったりがある。
● レベルが違う ●
カリキュラムは、どうしても受講者のレベルを「予想して」作らざるを得ない。
そして、予想はだいたい外れる。
初心者ばかりだと聞いていたのに、行ってみたら経験者ばかりだったり、逆に知ってるはずなのに知らなかったり。
私の最初の研修は前者のパターンで、初日に真っ青になったのを覚えている。
経験者ばかりだと、カリキュラムの内容が薄いと時間が余ったモチベーションもだだ下がりになる。
初心者ばかりで難しいことをやってしまえば、きっとあきらめの敵意のこもった視線を浴びることになるだろう。
だが、それがあたりまえだと思えばトラブルではなくなる。
大切なのは、現場にいる受講者のためになることを出来る準備をしていくことで、予想が外れたことを嘆くことではない、と今なら言える。
● ぐったり ●
毎日ハードな研修が続く新人研修では、二週間から三週間程度で一度ガスが切れる。
最初は社会人になった緊張もあって、必死になって作業に取り組み続けているのだが、その緊張が切れるのがその頃なのだ。
見ていて、ほんとうにスイッチが切れたのではないか,と思うぐらい、作業の効率が下がる。
そういうときには様子を見つつ、半日から一日程度、ゆっくりする時間を作る。
最初に「ぐったり」に遭遇したときはどうしようかと思ったが、よく考えればそれがあたりまえで、今では、その緊張が解けた後に、本当のプレッシャーの中で作業を進めるスキルが身につくと感じている。
ぐったりしたら、少し休んでまた再開すればいい。
長い日程の中の半日から一日だ、なんとでもなる。
観察を続けて「ぐったり」に気づけて、カリキュラムの組み直しができれば、それほど怖いものではない。
● 成果がでない ●
受講生の成長がみられない。
なんといっても、研修ではこれが最大のトラブルであろう。
成長の仕方は、人それぞれ全部違う。だから、それぞれの人なりに成長してくれればいいのだが、中には「負のスパイラル」とも言うべきものに囚われて成長できなくなってしまう人がいる。
そういう事例に遭遇する度に、原因を考え、対応策を練るのだが、なかなか100%にというわけにはいかない。
心理的な要因、これまでの経験から来る要因、性格に基づく要因、などさまざまな原因があり、だいたい傾向は似ていても、人によってアプローチの仕方を変えなければならない。
一人も取りこぼさない、というのは不可能なのかもしれないが、このトラブルに対処し続けていくことが私自身の成長にもつながり、より多くの受講生の幸せにもつながるはずである。
ある講師への研修において「アドバイスができなくても見捨てないでください。一緒に考えてあげましょう。」という話をしたことがある。
これは私自身が私自身にいつもかけ続けている言葉でもある。
もっとも長期の研修ではさまざまなアプローチが取れるのであるが、二時間などの研修ではそんなフォローの時間はない。
そんなときには、二時間のカリキュラムの作成と実施をきっちり行った上で、残念ながら、ある程度は割り切るしかないのが今の私の現実である。
研修の講師をしていると、さまざまなトラブルに遭遇する。
上記のような現場でのトラブルだけではなく、現場以外の問題も含めて、ほんとうにさまざまなことがおきる。
自分の力で解決できることもあれば、サポートしてくれている方に助けてもらう場合もある。
また解決できなくて後悔することだってもちろんある。
これからもいろんなトラブルに出会うことだろうが、それを乗り越えることが自分の成長につながるのは間違いない。
だから、トラブルに出会ったら、よしきた、どうしてやろうか、ぐらいのつもりで取り組んでいくように頑張ろう。
とは言うものの、やっぱりトラブルはない方がいいよな、と心の中では思っている・・・のは秘密である (^^;