Archive for 2016年11月8日

Takanori

たのしい、と、うれしい

これまで「研修では学ぶことが楽しくなければならない」という表現を何度も使ってきた。

このこと自体は問題はないと思う。

辛いことを我慢しながらやっていても、ろくな学びはできないのは考えなくても分かるだろう。

現実には、勉強はつらいもの、練習は耐えるもの、みたいな考え方がまだ世の中にはたくさんあるが、次第に淘汰されていくに違いない。
昨年から「勉強会(仮称)」というのを開催している。

その中で、学ぶには「楽しい」という感情が大切、ということを伝えるためにいくつかのグループワークを行った。
私は「楽しい」というキーワードが出てくればよいと考えていたのだが、「うれしい」に対する考察も行われた。

その結果「楽しい」は過程が「楽しい」であり、「うれしい」は結果的にできたら「うれしい」という分析がなされた。

それまでは私の中で「楽しい」でひとくくりにしていたのだが、勉強会のグループワークの結果によって分かりやすく整理された。
私にとってとても大きな成果であった。
講師として研修を進めていると、それこそ脂汗を流しながら苦労して課題に取り組むシーンがよく見られるようになる。
その課程は「楽しい」とはほど遠い。
だが、できたらきっとすばらしく「うれしい」だろう。

なぜそう思うのかといえば「できるようになりたいから」だ。
だから必死に苦労しながら取り組むのだ。
つまり、研修はこうやって作ればよい。

・楽しいことをする。
・楽しいことの中に学びを含める。
・楽しいけどできない経験をさせる。
・できないことをできるようになりたいと思わせる。
・できるようになるために努力させる。
・努力の結果できたことを認識させる。
・できないことを認識させ、できるようになりたいと思わせる。
以下は繰り返しである。

途中の過程にも「楽しい」を入れれば、「楽しい」と「うれしい」の連続だ。
「うれしい」がより強くなる「悔しい」も混じれば、さらによい。
さらに具体的に言えば、

・学んでもらいたいことを分析して
・楽しめる課題にし、
・それを楽しめるように導入して実施し、
・成長を実感させて、
・課題を自分達で見つけられる

ようにしていけばよい。
勉強会(仮称)では、この流れの中の「分析」と「楽しめるような導入」というのが今の課題になっている。
「分析」はロジカルシンキングがベースではあるが、アイデアも大切である。
「楽しめるような導入」というのは、場を把握した上で、感情に働きかけるようなスピーチの力が必要になる。
これまで何気なくやっていたことを、このように明確に分析できるようになったことは、私にとっての勉強会(仮称)の成果である。

「楽しい」と「うれしい」はその象徴的なことなのだ。

さて、その勉強会(仮称)であるが、そろそろまともな名前をつけてあげたい。
次の勉強会(仮称)で提案してみようかな。

Takanori

「努力は夢中に勝てない」

ある方の Facebook のタイムラインに、表題の言葉が書かれた額の画像が流れていた。

「努力は夢中に勝てない」
元陸上選手の為末さんの言葉だそうだ。

この言葉はすごい。

人を育てる我々のような人間が創りださなければならない環境を、ひと言で表してしまっている。
私はよく「講師にできるのは環境を創ることだけ」という言い方をしている。

受講者の代わりには学べないし、丁寧に説明すれば必ず理解してもらえるわけでもない。
学んでもらうため、理解してもらうためには、受講者自身が考えて理解しなければならずそれ以外の方法はない。
より多くを理解してもらうために必要なのは「学びたくなる環境」であり、それが「夢中になれる環境」であれば、さらによい。
ひたすら課題をこなすことを求めているような学びの場では、課題をこなすことが目的となっていく。
努力を強いても、人は成長するだろう。
みんなが努力もしないでそっぽを向いているよりはよっぽどましだ。
だが、強いられた努力が楽しくなければ、研修が終わることで安心し、研修が終わってからの継続は望めないし、研修中の自主的な学びにもつながりにくい。
夢中になれる環境かどうかを見分けるのは簡単である。
受講者が「課題をやりたい」と思うか「課題をやらなければならない」と思うか聞いてみればいい。
「やりたい」と言えば楽しいのだろうし、「やらなければならならない」と言うのなら、努力を強いているのだろう。
夢中になれる研修では、研修を終わりたくない、もっと続けたい、という声が出てくる。
努力を強いられる研修では、やっと終わった、という感想になる。
「やりたい」と思うためには、その課題に対して、取り組むモチベーションがなければならない。
課題に取り組むことが「自分の役に立つ」というのももちろんモチベーションになるが、「いやだけど役に立つから」というのでは「夢中」にはならない。
役に立つ、ではなくて、楽しい、嬉しい、などの感情が元になったモチベーションが「夢中」につながる。
「夢中」であれば学びが自主的になり、幅も広がり、深さも深くなる。
そのような学びは、研修が終わっても続き、結果的に定着する可能性も高くなる。
研修において「定着」は大きなテーマである、というよりも、定着しない研修には意味がない、ぐらいに大切である。
定着のためには「夢中」になれる学びの場が一つの答なのだろう。
いつまでも学び続けたい、という気持ちで終われる研修のためには、夢中になれるモチベーションが大切だ。
夢中になれるモチベーションのためには、楽しい、嬉しい、という気持ちが欠かせない。
人は遊びの時には夢中になる。
趣味に没頭してるときはみんな夢中だろう。

だから、学びが遊びになればいい。

私はそう考える。

「努力は夢中に勝てない」のだから。

Takanori

コミュニティのありかた

三郷ミニラグビー交流会での自律分散について一つ前の記事に書いた。

今回はまた三郷ミニラグビー交流会に関連しての「コミュニティ」の話である。

何年か前までは、三郷ミニラグビー交流会というのは、私の所属するラグビースクールが運営し、各スクールがお客さんとしてきてもらう、という雰囲気だった。

もちろん、来ていただくスクールさんに気持ちよく参加してもらうための工夫は考えているのだが、なんとなく、ホストとゲスト、という関係性を感じられた。

いわば、私が属するラグビースクールというコミュニティが、ゲストを迎えている感じであった。

だが、ここ数年、変化が感じられる。

参加してくれる各スクールの方から、できることがあれば手伝いたい、というオファーをいただくことが増えてきているのだ。
実際にいろいろとお手伝いをしていただいていることも出てきている。

もちろんホストとして至らないことがあるからではあろうが、そのような場合、今までは「クレーム」とか「要望」という形で上がってきていたが、最近はそれが減っている。

そうなってくるとどうなるかというと、三郷ミニラグビー交流会自体が一つのコミュニティになってくる感じがする。
参加する多くの方が運営する意識を持ってくれることで、全体が一つのコミュニティになるのだ。

コミュニティができると、それぞれが「三郷ミニラグビー交流会の成功」という目的を持ってくれるために、多少の不便があってもそれを受け入れてくれ、改善のための工夫をしてくれたりする。

必要な事は、みんなで一つの目的を、なのだ。

それが伝わって共有されれば、全体がコミュニティになれる。

三郷ミニラグビー交流会というラグビースクールのイベントだが、組織運営、組織作りのさまざまなヒントがある。
そこからどれだけ多くのことを学べるか。

どのようにコミュニティを充実させていくのかは、これから先の課題である。
今のところ、現実的にどのように進めていくかの基本的な方針は分かるが、より具体的で効果的なアプローチはまだまだである。

来年に向けてさらなる思考と工夫をもって、より多くのことを学びたい。

Takanori

自律分散組織のすごみ

今年も三郷ミニラグビー交流会が終わった。

私の所属するラグビースクール主体で運営している、近隣県からの参加も含め26試合が開催される大規模なラグビーの交流会である。

昨年(2015年)のラグビー・ワールドカップの影響か、今年は人数が増えたスクールが多く、チームの数で2割5分増えており、昨年の1日で実施する124ゲームが154ゲームに増えた。

事前の申告を元に計算した参加者は子供、大人全て合わせて3000名に迫る勢いで、同時に13グラウンドでゲームが行われる、まさにラグビー漬けの一日となった。

三郷ミニラグビー交流会全景

当然ではあるが土地の面積が増えるわけではないので、人口密度は高くなり、今までの三郷ミニとはずいぶん雰囲気が変わったのを感じた。

人数も、車両台数も、ゲーム数も、今までとはだいぶ違った今回の交流会だったので、始まるまではいろいろと心配なことが多かった。

私自身が交流会運営のメイン担当ではないのだが、スクール内で古株になっていること、以前はメイン担当もやっていたことなどもあり、ある程度の提案や指示などをさせてもらっている。
しかし、結局のところ、準備段階を含め、私が実際に行ったことは、私の担当である組み合わせ作成を念入りに行い、クレームが起こりそうなことに対して少し事前対処したぐらいで、逆に細かい指示を減らしていった。

結果はどうだったかといえば、いつも以上に問題なくスムーズに進み、終わった。

もちろん、ひとつひとつを見ていけば、それぞれの部分はたいへんなことになっていたのは間違いない。
駐車場の采配、ゲーム前の集合、交流会前のグラウンド設営、水の手配などそれぞれの作業量は増えているし、細かいハプニングもいくつかあった。

だが、駐車場の采配、グラウンド設営、集合管理など他のスクールさんの協力もいただきながら、それぞれの担当部署で工夫をしながら乗り切り、全体が無事に終了した。

以前に自律分散について書いたことがある。
三郷ミニラグビー交流会は、自律分散によって運営され、組織の運用という面から見ても素晴らしい見本となっている、という内容である。
もちろん今年も自律分散は素晴らしく機能した。

今年気付いた1つの変化は、全体の進行状況が昨年より見えなくなったことだった。

トラブルがない、もしくはその報告がないことが一つの原因である。
そして、もう一つは、何かが完了したときも「ぜんぶやっといたから」でおしまいで、その内容まで踏み込まないことがもう一つの原因だろう。
もともとそのような作業に対してのチェックリストも持っていないし、どうやるかという予定を聞いていてもそれのチェックももちろんしない。

任せた人が大丈夫というのならば大丈夫なのだ。
予定と違うことがあったとしても、担当した人がそれが必要だと考えたなら、必要なことだったはずである。
そこを信頼しないで、自律分散などできようがない。

毎年いっぱいいっぱいで回していたような気がする三郷ミニ交流会が、突然3割増しになっても、自律分散は機能した。
それも、これまでのように、ではなく、これまで以上に。

繰り返す中で、それぞれの担当のスキルも向上していく。

組織を、人を育てる上で、自律分散の組織は本当に強い。
今年はあらためて、自律分散のすごみを感じさせられた三郷ミニラグビー交流会であった。

ちなみに、自律分散組織がきちんと機能する上で欠かせないものが一つある。
それは組織全体に共有される目標である。

三郷ミニラグビー交流会の目標は、たぶんこんなところだろう。

「子供たちが1日楽しめる交流会を無事に運営し、早く帰ること」

言葉にしているわけではないが、これが自然と共有されているところが、私の所属するラグビースクールのふくじゅ草のいいところなんだろう。

三郷ミニラグビー交流会に関してはもう一つ書きたいことがあるが、それは次の投稿で。