Archive for 2015年10月30日

Takanori

勉強会(仮称)で目指すこと

先日、初の勉強会(仮称、以下、勉強会)を開催することができた。
(株)サンシステムさんのご協力により活動場所を確保できたことが大きい。
http://www.sunsystem.com/

社長の磯部さんのご理解とご協力をいただけたことに、まずは感謝したい。

勉強会は、かねてより考えていた「育てる文化を広める」ための最初の一歩にしたいと考えているものである。

「育てる文化を広める」ためには「育てられる人」がいなければならない。
だから、この勉強会では「文化を広める」ために「育てられる人」を「育てる」というのが最初の目的である。
また、活動の継続ためにもビジネスにつなげよう、というのも視野にはいっている。
勉強会趣意(http://technosense.co.jp/study_group.pdf

このような勉強会を参加者の自発的な活動をベースとして運用できるところまで持って行くことが最初の目標である。
そのためにも、まずは基本的な講師、コーチのスキルをできるだけ多くの人に学んでもらい、できるようになると共に、人に伝えられるようになってもらわなければならない。

だが、それは出発点である。

私もさまざまな人との相互作用の中で成長していきたいので、まずは私が10年続けてきた講師、15年続けてきたコーチの活動の中で身につけてきたことを参加者の方にお伝えすることからはじめるが、できるだけ早い時期に、より新しいことを学び合えるような勉強会にしていきたい。

これまではさまざまな分野の事例や他分野の理論などに基づき、独自に工夫し実施してきた講師、コーチのスキルだが、結果的にはファシリテーションやその他の教育、人材育成の各種スキルとの共通点が多く、さまざまなスキルを身につけることにつながった。
それらを元にすれば、より多くの人達と話し、アイデアを出し、実施の工夫をしていくことで、よりよいものにしていくことができるに違いない。

私の持つスキルを当社の、または私の独占にすることもできるだろう。
少なくともしばらくの間は。
実際にそうしている会社も多い。

だが、それでは私がライフワークと考えている「育てる文化を広める」ことはできない。
短期的な利益は確保できるかもしれないが、それだけである。

囲い込みによる独占ではなく、徹底的なシェアによる全体の発展。

それこそが私のしたいことであるし、より多くの人の幸せにつながることだと考えている。
そして、より効率的な手法や理論を見つけることにつながっていくのだろう。

やっと歩み始めることができた。

このようなチャンスと出会いのあった幸運に心から感謝したい。

Takanori

コーチングはアートなのか?

ラグビーワールドカップの日本代表の活躍を見て、あらためてエディー・ジョーンズヘッドコーチ(以下、エディさん)のことを知りたくなり、ネット上のいろんな情報を探したり、本を読んだりしている。

その中で、「ラグビー日本代表ヘッドコーチ エディー・ジョーンズとの対話 コーチングとは「信じること」」という本も読んだ。

読んでみて、全体としては「さすがにすごいな」と思わせられるところばかりであったが、1つだけ気になることがあった。

この本の中でエディさんは「コーチングとはアートである」と言っている。

気になるところはここだ。
細かく読んでいけば、コーチとしてすべきことをすべき時にあるべき形でやっているのが分かる。

実際にできているのは、日本代表の活躍を見ても間違いないところであるが、でもそれを「アート」と表現してしまうところにどうしても引っかかってしまう。

よく読めば、ルール化、明文化、数値化しづらい人間の「感情」に対応するときの方法の選び方や見極め方を「アート」としているのが分かる。

だが、これは、講師育成やコーチ育成で必ず伝えなければならないことだと私は考えており、伝える以上、「アート」ではいけないのだと思っている。

恐らくエディさんは他の指導者を育てた経験が少ないのではないかと思う。
多くの選手を育ててたときにしたように、指導者を育てるのであれば、自分で行っている「アート」を分析して「スキル」にしているだろうからだ。
私のような一介の研修講師が、ワールドクラスのエディさんについて何かを言うのはおこがましいのかもしれないが「コーチングはアートである」という言葉が一人歩きしないように願わずにはいられない。

「アート」を実現する「スキル」を持たない指導者が「センスがないから」という言葉で「スキル」を学ばないことを正当化してしまうような気がするからだ。
選手を含め人のやる気を引き出したり、自主性を引き出したりするときには、観察に基づく対象の把握と、どのような結果をもたらすかの予想が不可欠である。
もちろん、どのようにしたらよいのか、というアイデアを出す準備や手法のストックも欠かせない。

これらをスキル、知識として持ち、使いこなせれば、コーチングを知らない人からは「アート」もしくは「マジック」という呼ばれる成果が上がることがある。

だが、誰か特別な人しかできない「アート」でも「マジック」でもない。
違うのだ。

あくまでも、スキルだから、考え方を学び、自分を向上させ、必要な知識を身につければできるようになる。
もしそうでなければ、私が行っている講師育成研修などは意味がなくなってしまう。
この「スキル」と呼ぶべきものを「アート」と表現していること以外、エディさんは素晴らしい、と思う。

対象の分析、学ばせる内容の選択、学ばせ方の選択、学べる環境の構築、モニタリング、コミュニケーションができるコミュニティ作り、コミュニケーションスキルの向上、自主性を引き出し判断し動けるようにし、自信を持たせる。

すべて、コーチングの基本的な考え方であり、講師育成研修で伝えている、もしくは伝えようとしている内容である。
それを、世界レベルで実践しているということには、あらためて敬服する。
世界のエディさんと自分を比べることは、やはりおこがましいとは思うが、使っている道具は同じものであるのは間違いない。

私は私のフィールドでできるだけのことをやっていこうと思う。

Takanori

解釈

人間はいろいろなことに対して解釈をする。

予選プールで3勝しても決勝トーナメントに進めなかった、2015年のラグビーワールドカップの日本代表の活躍は素晴らしかったが、この躍進にも、さまざまな「解釈」が出てくることだろう。

例えば、今回の大会での1つのキーワードにもなっている「ハードワーク」であるが、これを元に、きつい練習を押しつければいい、という解釈が出てくるかもしれない。

「マインドセット」という言葉も使われているが、これに対して「勝とうと思わない者はだめだ」などという解釈が出てくるかもしれない。

トライにつながったサインプレーを見て、「やはりサインプレーを教えないとだめ」という解釈もありそうだ。
もちろん、それぞれが間違っているとは思わない。

今回のワールドカップでの活躍のベースには「勝つ、勝てる」という「マインドセット」、世界に通用するフィットネスを身につけるための「ハードワーク」があったのも確かであるし、見事なサインプレーでトライをもぎ取ったのも間違いない。

だが、解釈というのは往々にして「自分に都合よく」なされることに注意が必要である。
マインドセットを作るためにどれぐらいの努力と時間をかけたことか。
それを理解することなく、「勝とうと思え、思えない者はだめだ」と言うだけの指導者が「マインドセット」をいくら連呼しても意味がない。
だが、自分の言っていることを正当化するために「マインドセット」という言葉を解釈してしまう。

モチベーションを引き出せないまま、きつい練習を強制するだけの指導者が「ハードワークが必要だ」というのも同じようなものだ。

サインプレーを活かす、フィットネスやディフェンスのスキルをおそろかにしてのサインプレーの練習などは本末転倒も甚だしいが、「サインプレーは大事」という解釈をすればそれも正当化されてしまう。
大切なのは、自分に都合のよい、自説を強化するような解釈ではなく、きちんとした分析なのだと思う。

「マインドセット」を変えるために、現状を認識させ、どうやったら変えられるかを考えて時間をかけてそれを実現してきた。

「ハードワーク」に向かうモチベーションを作り上げ、そのハードワークの結果を実感させることを通してさらにハードワークに向かうモチベーションと自信を高めてきた。

「サインプレー」を活かすための、フィットネス、ディフェンススキル、コミュニケーション力を高め、どこで使うべきかの判断をする判断力を身につけさせるための練習をしてきた。

これでは、とうていおおざっぱすぎて分析というようなものではないが、1つ1つのことをきちんと考えなければならない、というのは分かってもらえるのではないかと思う。

そして、指導者としては、分析して得た結果を受け入れて着実に実施する、スキルと粘り強さが必要になるはずだ。
などと書いてはいるが、油断すれば勝手な解釈をしてしまうのは私も同じである。
だから、常により多くの視点から見て考えることを意識し続けたい。

解釈ではなく分析を。

自戒を込めて。

Takanori

ラグビー南アフリカ戦

2015年9月19日。

ラグビーのワールドカップで日本が南アフリカに勝った。
それがどれぐらいすごいことなのかは、さまざまなメディアやブログ、SNSなどで取り上げられているから、今さら言うこともないだろう。

私はそのゲームをLIVEで見ていて、勝った瞬間、いや、最後のペナルティーでスクラムを選択したときから涙しながら見ていた。

勝ったこともすごいが、それよりも、前回のワールドカップからの4年間の血のにじむと言うような表現では全く足りないだろう努力を続けた選手達に対して涙が出た。

以前はどんなゲームでも最後には足が止まり、好き勝手に走られトライを取られていたのに、今回は最後にペナルティーからトライを取るという判断をできるほどの力をつけたのだ。
どれほどの練習をし、その練習がどれほどの自信を持たせたのか。

ボールのハンドリングのミスもほとんどない。
やってみると分かるが、高速で飛んでくる楕円球を、相手とぶつかるというプレッシャーの中で自由に扱うというのはなかなかにむずかしい。
よっぽど練習をし、集中力を持っていなければ、あれほどのハンドリングはできないだろう。

さすがに中3日のスコットランド戦では集中力が切れていたようだが、それでも最後まで戦い続けていた。
これも「ハードワーク」と表現される厳しい練習の成果であるのは間違いない。
このようなゲームを見て、我々、子どものラグビースクールのコーチは何を学ぶべきであろうか。

我々が目指すのは、常に、将来のワールドレベルのゲームを楽しめるような選手だ。
「どうせ子どもが相手なのだから、自分が知っていることを教えておけばいいや」
ではだめである。

子どもの可能性を狭めてしまうからだ。

最高のゲームを見て、それを分析し、担当している子どもに適したスキルを与えなければならない。

例えば、スペースを見つける力、規律を守り粘り強く頑張る力、ボールのハンドリングスキル、自分の身体をコントロールする調整力、長い時間走れる持久力、相手を捕まえられる筋力、瞬間的な判断力などである。
さらに言うならば、スポーツを好きで楽しいと思う気持ちも欠かせない。

それらをきちんと身につけさせることができれば、子どもが望んだときにより上に行ける可能性が高くなる。

ラグビースクールのコーチの役割とは、子どもの可能性を広げてあげることだ。
決して目先のゲームに勝たせることではない。
また、ゲームの中には、鍛え上げた身体だからできるプレーがいくつもあった。

ボールを持って突っ込むときのローヘッドや、首も使って相手を止める逆ヘッドである。
逆ヘッドについては、サモア戦での山田選手の怪我を見ても分かるように、基本的に危険なプレーで子どもには絶対にさせてはならないものだ。

南アフリカ戦では鮮やかなサインプレーでトライを取った。
だから、サインプレーが大事だ、などと言う人がいるかもしれないが、あれも、それまでの徹底したディフェンス、確実なハンドリング、走りきるフィットネスがあって、初めて有効だった、ということを忘れてはいけない。

目先の華やかなプレイに惑わされることなく、必要なことを地道に続けることが大切なのだ。
なお「目先のゲームに勝たせることが目的ではない」と言うといろいろな誤解を招くことがあるので、念のために付け足しておく。

勝ってはいけないわけではもちろんないし、負けることがあたりまえでもない。

きちんと一人一人の能力を高めてあげれば、自然に勝つようになるはずである。

もしちっとも勝てないのであれば、練習がちゃんとできていない、スキルをきちんと伸ばせていない、と考えなければならない。
ワールドカップのようなレベルのゲームを見ると、ラグビーというスポーツに本当に必要なスキルを見つけられる。
スキルを見つけたら、身につけさせる練習メニューを考え、それを楽しく実施すればよい。

Takanori

統一理論

ノーベル賞ウィークということで、日本人の受賞のニュースも流れている。
2015年の今年は、物理学では梶田隆章・東京大宇宙線研究所長が受賞された。

物理学と言えば、物理学の分野では、統一理論というのが重要なテーマになっている。
ざっくりと言ってしまえば、電気力、磁気力、弱い力、強い力、重力というばらばらに存在するように見える4つの力を、1つの理論によりまとめてしまおう、というものである。

現在のところ、重力を含めた統一理論(大統一理論)はまだできていないようであるが、そのうちにアインシュタインのような天才が現れて理論の完成を見ることだろう。

なぜこのような統一理論を探すのか、という問いかけをしたくなる人がいるかもしれない。

いろんな理由があるのだろうが、その中の1つに、原理原則、本質が分かれば、さまざまな応用ができる、というのがあるのは間違いない。
よりシンプルに様々な事象が説明できれば、全てが関連付き、ばらばらではなく1つの理論の中でのバリエーション、という考え方ができるようになる。
講師のブログでこんな話をするのには理由がある。
今の時代は、研修講師のスキルは研修講師のスキルとして、ファシリテーターのスキルはファシリテーターのスキルとして、スポーツのコーチはスポーツのコーチのスキルとして、学校の先生は学校の先生のスキルとして、それぞれがばらばらに研究を重ね、スキルの向上を図っている。

物理学の例で言えば、それぞれの力がばらばらに研究されているようなものだ。

私は、研修講師として、ファシリテーターとして、スポーツのコーチとしての活動もしている。
勉強のために、学校現場の資料を読んだり、ビジネスの現場での人材育成に関する研修も実施しているし、コーチングのビジネス分野での適用実績もある。

私のように、あちらにもこちらにも興味を持ち手を出している人間は少ないのかもしれないが、それぞれを突き詰めていくほど、共通のものが見えてくる。

プロ野球の落合監督、サッカーのオシム監督などが実践されていたこともその目的と共に理解できるし、学校教育の現場で行われている「学び合い」の活動についても、方法論も含め納得できる。
IT系の雑誌に書かれているヒューマンスキルに関する内容も同じである。
「研修講師養成講座」という良書があるが、その中に書かれているのはほぼほぼ私が実践し、講師育成研修などで伝えていることである。
ならば、と考える。
物理学のように、大統一理論というほど大げさなものでなくても、本質となる共通の部分をきちんと学ぶことができれば、さまざまな応用ができるようになるのではないか。
現在、部下の育成に悩む方に対してコーチングの研修をさせていただいている。
そこで行っているのは、単なるコーチングのスキルの説明ではない。

人の力を引き出し、自主性を引き出すための本質的なことをお伝えし、訓練ができる下地を作らせていただいている。

全6回の足かけ半年のコースであるが、3ヶ月が終わった段階でかなり強く意識が変わってきたことが感じられる。

あと3ヶ月の研修が終了したときには、部下との接し方だけではなく、お客さんとの接し方、会議でのあり方なども変わり始め、さらに訓練が進めば明確な成果が見られるようになるだろう。
さらに、今月の末から、人材育成に関する勉強会を開催することになった。

そこでは、将来的に、さまざまな分野の人材育成に興味がある人に参加をしていただいて、人を育てることの本質とそのバリエーションを広めるきっかけになっていきたいと考えている。
全ての人が自分の持つ力を発揮し、自分の意思により幸せな人生を送ること。

そんな世界が実現してもノーベル賞の受賞対象にはならないだろうが、大統一理論の完成よりも世界に与えるインパクトは大きいかもしれない。

目指すところは、その大きなインパクトである。

大げさかもしれないが、夢は大きく、である。