Archive for 2013年12月26日

Takanori

さまざまな「育てる」と私

私は研修講師という職業をしているので、どうやら「教える」「育てる」という言葉や概念への感度が少々高くなっているようで、ネットなどを見ていてもそういうサイトに引っかかりやすくなっている。

もちろん悪いことではなく、自分自身で多くの気づきを得られるので、私の重要な情報収集源である。

最近引っかかったものも含め、いくつか私の注目している言葉を挙げてみたい。

「学び合い」
上越教育大学の西川先生が提唱しておられる、全国の小中学校で実践され始めている学習形態である。
私が実施している研修の形に非常に近い。

「反転授業」
ビデオ授業を視聴して予習した後、教室で教師から個別の指導を受けたりする。
学び合いを行う場合もある。
少し着目点が違う感じもするが、一斉授業と板書をノートに取る授業より成果が出るのは間違いないだろうと思う。

「言語活動の充実」
最近(2011年)文部科学省が指導要領の改訂を行って、言語活動の充実、というのを盛り込んだ。

http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/index.htm

もう何年も前からやっていることなので、やっと、と思うのだが、説明だけの授業をしてきた先生方が対応するのは大変だろうと思われる。
ぜひ頑張っていただきたいと心から思う。

ちなみに、新しい指導要領には「生きる力」というサブタイトルがついている。

「コーチング」
言わずと知れた(?)、私の研修の中心となる考え方であり、その中でもスキルコーチングという考え方が大切。

ただ、本質が分かっていない人が多く、カルトと同じような扱いをされることがあるのがさみしい。
スポーツだけではなく、一般的なIT技術などのスキルを向上させるためのスキルコーチングも、ビジネスの現場や個人のモチベーション向上などで使われるメンタルコーチングも本質は変わらないのだが、技法でしか理解していないと違うものに見えてしまうようである。

「ファシリテーション」
以前、お世話になっていた研修会社で、講師をファシリテータと呼称していたことがあった。
残念ながら今はまた講師という呼び方になってしまったようであるが、私の研修には「ファシリテータ」スキルが欠かせない。
例えばヒューマンスキル系の研修では、課題とファシリテーションスキルだけで効果的な研修を進めていくことができる。

「社会人基礎力」
経済産業省が2006年から提唱している「職場や地域社会で多様な人々と仕事をしていくために必要な基礎的な力」を表すものである。
http://www.meti.go.jp/policy/kisoryoku/

私の場合、2004年の新人研修から実践的な形でこのようなスキルを身につけられるような研修を実施してきている。
社会人基礎力であげられているようなスキルは、実践的な環境の中で判断を繰り返していかないとなかなか身につかない。
このようなスキルは、それだけを学ぶのではなくて、さまざまなチーム作業の中で実践的に学ぶのが望ましいだろう。

「私の研修」(おまけ。なんかかっこいい呼び方があるといいのだけど)
グループでさまざまな課題に取り組み、個人ワークのモチベーションを高め、コミュニケーションスキル、技術スキル、知識などを身につけていく。
学ばせるべき課題の広さをのぞけば、学び合いとほぼ同じような運用となる。

特に新入社員研修などでは、社会人基礎力や言語活動の充実なども実践的に学ぶ対象となる。

コーチング、IT技術、研修と、私がこれまで取り組んできたこと、学んできたことを組み合わせて工夫しながら実施してきたことが、方向性としても目的としても間違っていなかったのだな、と、このところ少し自信を持てるようになってきた。

これまでは受講者の方からいただくフィードバックなどが私のよりどころであったが、私の活動と同じ方向、方法の活動を見ることで、それが強化される感じである。
たいていの教育手法を見ても、理屈や手法などはたいてい理解できるし、問題点も見えてきたりする。

こうやって書くとなんだか偉そうな気がするが、決してそんなことはなく、やっと、ある程度は本質が見えてきたのかな、という感覚である。
そして、まだまだやらねば、という感覚が強くある。

私の今の課題は次のようなものだ。
・より効果的な課題、メニューの開発
・課題、メニューのストック
・実施の際の選択の幅を広げる
・対象の幅を広げる
・洗練された言葉づかい
・ファシリテーションなどの各種スキルのブラッシュアップ

未就学の子供から定年後の方。
学生、新入社員、管理職、講師、スポーツ指導者、保護者。
各種遊び、プロジェクトアドベンチャー、スポーツの指導、IT技術の習得、ヒューマンスキルの習得、講師育成、指導者育成。

私の強みは、幅広い対象に対して幅広い研修を実施していることだ。
これからも、それらすべてに対して一生懸命に取り組むことで、より本質が見えてくるだろうし、スキルも磨かれていくことだろう。

いつか、手法の紹介ではなく、本質からの展開という形で教育についてまとめてみたいと考えている。
それを書いてもよい、と自分で思えるまでは、がんばって自らのスキルを磨いていこう。

今年はまだ数日あるが、このブログは来年への抱負とでもしておこう。

Takanori

失敗の大きさと得られるもの

過去にはさまざまな失敗をたくさんしてきた。
仕事、プライベートを問わず、失敗には事欠かない。
大きな失敗もある。

もちろん、今でも失敗の数は多い。
小さなところでは、研修資料を準備したはいいが、プリンタの上に置きっぱなし、なんてのはちょくちょくやる。

今回は私の原点となっている大きな失敗について書いてみたい。

私はもともとコンピュータの技術者で、回路図を書いたり、プログラムを書いたりしていた。
コンピュータの技術者で、少しは話が出来たので、たまに初心者にコンピュータを教える教室に呼ばれたり、日本で初めてVBA(Excelなどのマクロを作成するためのプログラミング言語)を教えたりとかの機会はあった。
だが、そのころの私にとっては、単なる「教えるという仕事」であったので、今の講師とは全然ちがう取り組みをしていた。

あるとき「大手メーカーのIT系グループ会社の一ヶ月半の新入社員研修をできないか」という案件が舞い込んできた。

技術者として、そこそこの実績と自信もあったので、自分の中にイメージしていた一般的な研修ならできるだろう、と考えて請けることにした。
金額もプログラムの開発よりもよかったし、教える仕事に対するあこがれみたいなものもあった。

事前に打ち合わせをして、私の頭の中にあった「座学をして、演習問題をやらせて、最後はグループでものでも作らせておけば」という研修を思い浮かべて、テキストを作成した。
打ち合わせの中で、新入社員の方のスキルレベルはどれぐらいかを尋ねたときには「みんな初心者です」とのことだったので、真に受けて、基本的なところから懇切丁寧に説明をすることを想定していた。
当然、到達レベルはそれほど高いところには想定しなかった。

そして、開始して自己紹介をしてもらったときにショックを受けた。
ぜんぜん初心者ではないのだ。

大学で4年間情報の勉強をしてきた人、大学院で研究をしてきた人、高専でみっちり学んできている人。

一ヶ月半の研修のはずなのに、用意してきた初心者用のテキストをやったら、2週間で終わってしまう、と思った。
真っ青になった。
このまま進めたら間違いなく大失敗である。
不幸な42人の新入社員と、後悔してる人事担当者と、不幸な一人の技術者(私)を作る仕事になってしまう。

その日一日、早口でテキストの説明をし、逃げるように宿に帰り、頭を抱えた。
どうすればよいのだろう、と。

その頃、ラグビースクールでの活動を初めて、コーチ講習会に出席していた。
コーチングの基礎を知り、ワークショップの存在などを知っていたが、それを実際に理解できているわけでも使えているわけでもなかったが、他に頼るものがない。

すがるような気持ちで、新人研修の中におそるおそるグループワークを導入した。
課題を考えて提示し、グループで取り組むように指示をした。
技術研修以外にも「どうしたらグループワークを進められるのか」を考えるという要素も導入した。
内部統制の仕事をした時に学んだ「予定」と「実施」を管理する、という管理方法も取り入れた。

それからは、毎日振り返りをし、翌日の課題を考えて資料を作り、シミュレーションをして、また現場に戻る、という生活を始めた。
遅いときには研修の資料作りに朝5時までかかっていたこともあるし、だいたい2時か3時ぐらいまで起きて作業をしていた。

だが、それを始めたら、大失敗だった研修会場の雰囲気がだんだん変わってきた。

活気が出て、自分達で調べて試し、必死になってグループで成果を上げようとする。
そうなってきたら、学習が進まないわけはない。
私が思っていたよりも速く、より多くのことを、技術だけではなく学んでいってくれた。

そんな新入社員の方の成長が見えたときに理解できた。
「これがコーチングの考え方なんだ。」
私という一人の「研修講師」が生まれた瞬間である。
もちろん、荒削りも荒削り、今から考えると恥ずかしいことや申し訳ないことも山盛りではあるのだが・・・・。

今の講師の原点は、間違いなくこの大失敗になりかけた研修である。
いや、実際には大失敗だったのだろう。
毎日遅くまで考えて準備をしてなんとか取り繕っただけで、新入社員の方に助けられたのだ。

だが、その失敗から逃げずに向き合うことができたことが、今の私につながっている。
失敗が大きければそれを乗り越えたときに得られるものもまた大きい。
その時から私はそう思うようになった。

もちろん、失敗をしないですめばそれはそれでいいのだが、実際はそうはいかないだろう。
大切なのは失敗から逃げないことと、それに対処できるようにいろんな準備をしておくこと、そして、最後まで足掻くことなんじゃないかと思う。

この研修の一ヶ月半は、24時間、研修のためだけに生活をしていたので、さすがに終わった時には、1週間は気が抜けたようになっていた記憶がある。

その後、研修に取り組む中で勉強し経験を重ねることで、私自身の理解も深まり、できることも増えてきたが、最初の研修を適当にやって逃げていたら、今の私は間違いなく存在しない。

そういう意味では、この大失敗の経験は私の宝物なのだろう、と今は思っている。

Takanori

共育 – 教える事は最大の学び

金・土・日と研修の3連チャンが終わった。
全て違う種類の研修である。

実際には金曜日の研修は月曜日からずっと少しずつ実施していたので、1週間で3種類の研修を実施したことになる。

私の研修がオーダーメイドで毎回カリキュラムを考えるからなのだろうが、研修を実施するために一生懸命考えて工夫しながら実施し、会場で受講者からのフィードバックをいただく中で、いろいろなことがクリアになっていくのを感じる。

本質がより研ぎ澄まされてシンプルになっていく感覚、と言えるのかもしれない。
本質がクリアに見えてくれば、伝え方をさらに工夫することもできるようになる。

日曜日には「伝え方」という研修を実施させていただいたのだが、実施後に受講していただいた方から「長谷川さんはどうやって勉強したんですか?」という質問をいただいた。

ラグビースクールのコーチ講習でもさまざまなことを教えてもらった。
本もたくさん読んだし、ネットでも多くのことを知った。

だが、本当に身についた、と思えるのはそこではない。

私の場合、グラウンドで子供と接すること、さまざまな種類の研修を実施するために毎回工夫して実施することが、成長の糧になっている。
教える事が最大の学び、とよく研修の中で話しているのだが、それはまさに私の実感なのである。

たくさんの種類の研修を、数多く実施することで、私にも多くの学びが蓄積されていく。
自分で実施すれば、それは知っているだけの知識ではなく、理解してできることにもなっていく。
受講者の方からいただく質問を含むフィードバックも多くのヒントを与えてくれるし、それに回答するときに気づきがあることも驚くぐらい多い。
グループワークを自分でする機会はあまりないのだが、受講者とのセッションの中に私のグループワークと気づきの種があるのだ。

来年新人研修をさせていただく研修会社では「教育」ではなく「共育」という言葉を使っているが、それをもっともよく理解しているのが私なのではないかと、勝手に思っている。
私にとって「共育」は目的でも目標でもなく、講師を始めてからずっと感じている実感なのだ。

1月から始まる講師育成研修の中にも、4月から始まる新人研修の中にも、私の成長の種が数多く埋まっていることだろう。
それをどれだけ掘り起こせるか。
貪欲に学びに行きたい。

Takanori

スポーツマンシップの研修で教えられたこと

私はラグビースクールのコーチをしている。
未就学児から中学生までが所属しているラグビースクールである。

その関係で、スポーツ、というよりも、子供の育成に関する研修などに呼んでいただくことがある。

昨日も埼玉県のラグビーアカデミーという強化の一環で「スポーツマンシップ」をテーマに研修を実施して欲しいという依頼をいただいた。
実技の前の1時間弱の短い研修で、対象は小学4年生から6年生までである。

基本的にボランティアなのだが、手を抜くこともなく、3日ほどいろいろと何をどう伝えようか考えた。

伝えたいこととして、以下のようなことをあげた。

・スポーツとはなにか。
・一緒に楽しむ仲間という意識。
・ずるいプレイの定義。
・相手を尊重する意識。

実際に1時間弱でこれを全部、というのは欲張りであるし、全部伝わるとも思っていない。
ラグビーの練習も研修も同じで、多すぎるテーマはよくない。

だが、このような話の進め方をしていけば、スポーツマンシップ1つのイメージが出来るだろうと考え、とにかく要素を用意し、あとは進み方で調節をしようと考えた。

たまたま高校生もいたので、選手宣誓をやってもらうところから研修を始めていったのだが、すべてワークショップである。

最初はなかなか話も進まなかったのだが、繰り返して行くうちに話し合いの形ができてきて、発表を進んでやってくれるようにもなってきた。

運動とスポーツの違い、などというワークショップなどを重ねていったのだが、子供達はすごい。

多少の誘導はしたにせよ、彼らの口から、私が伝えたいと思っていた言葉がほぼ全て出てきてしまい、私は、ワークショップのテーマを与えて考えてもらい、結果の発表を「字が汚い」と言われながらホワイトボードに書き出し、すごいねぇみんな、って言っているだけで研修が終わってしまった。

そして、その中で先に挙げた伝えたいことのほとんどが、あげられてしまったのだ。

もちろん、私があらかじめ想定していた想定して内容を越えていたものもいくつかある。

「競い合う」はスポーツの要素で、戦う相手は仲間である、というのを考えていたのだが、彼らの口からは「ライバル」という言葉も出てきた。
まさに、その通りだが、私は3日かけてその言葉にたどり着けていなかった。
でも、50分の中の3、4分の話し合いの中で、彼らの口からそれが出てきた。
私の意識の中になかったのだから、誘導の結果ではない。
彼ら自身の意識であり、言葉である。

すごい、と心から思った。
3日かけて予習して、子供に私が教えてもらいに来たような感じだった。

用意してきた課題は半分ぐらい使わなかった。
もともと話の進み方でどの課題を使うかを考えようと思っていくつも用意してきたので、全部を実施できないのは問題ないのだが、どの課題を選ぶか、というのも、子供の言葉に従っているだけですんでしまった。

研修が終わった後、同じ部屋で見学されていた保護者の方が「なるほど、と思いながら聞いていました。」と言われた。
その時は言わなかったが、教えてくれたのは子供なのだ。
私が教えたわけではない。

今日の研修では、きっと多くの大人が、子供に教えられたに違いない。

いつも思うが、教えてあげるなんておこがましい。
私にできることは、彼らが考える環境を提供することだけだ。
そして、それでいいのだ。

というのを、あらためて考えた研修だった。

Takanori

リスケ

サスケの親戚ではない。

リスケジュール(スケジュールの組み直し)という意味で使われている言葉である。

研修においては、普通はあらかじめカリキュラムという形でやるべきことが決められている。
中には10分単位でスケジュールが決められているような研修もあるらしい。

幸いにして、私はそういう時間に厳しい研修をしたことはないのだが、そうでなくても、研修を始めるときには、やらなければならないこと、やるべきことはあらかじめ決まっている。

もともとカリキュラムが決められている研修に講師として雇われる場合もそうであるし、自分でカリキュラムを作っていく場合でも、自分で考えたカリキュラムが存在する。

そして当然の事ながら、スケジュールもだいたい決められている。
今日はこれ、明日はこれ、もしくは、午前中はこれとこれ、午後はこれとこれとこれ、という具合である。

だが、研修というのは、だいたい決められた時間通りには進みはしない。

予定より進行が早まる場合も遅くなる場合もある。

早まる原因は、用意されたカリキュラムが受講生のレベルに比べて簡単だった場合である。
遅くなる原因は、その逆だったり、前のブログで書いたようなトラブルだったりする。

だから、早くなったり遅くなったりは常にあると考えて、リスケジュールを常にしていかないとならないのが研修の講師ではないかと思う。

もし、常に時間通りに進めている、という研修があったとしたら、その研修では受講生は置いてきぼりになっていると考えて、まず間違いないだろう。
私の経験からはそれはあり得ない。

常に現在の様子を観察し、過去の経緯を抑え、先の内容を考えていないと、リスケジュールはなかなか難しいが、リスケなしに、効果的な研修の運営はない、と言っても言いすぎではないだろう。

遅れた場合には、内容を一部切り捨てなければならないこともある。
理解を待たずにスケジュールだけ優先させたら、受講生は置いてきぼりになる。
そうなったら、一部の内容を切り捨てる以上に悲惨な結果が待っているのは間違いない。

では、研修におけるリスケジュールとは、内容を一部切り捨てることになるのだろうか。
実は、そうでもない。
一部の内容を切り捨てずに、リスケジュールが出来るようになる方法があるのだ。

私の考える、唯一の方法は「想定された時間よりも早く理解してもらう方法を考えること」である。

最初に与えられたスケジュールより早く理解してもらえれば、前倒しで研修を進めることができる。
そうなれば、一時的な遅れを取り返すこともできるし、より多くのことを伝えることもできる。

理屈としては簡単だ。

具体的には次のようなことになる。

・効率的な説明を考える。
ただテキストを読むような説明では無理である。
自分の言葉で、自分で考えて、理解をしてもらいやすい考え方、説明の仕方を3つは用意し理解を促す。

・効果的な演習問題・課題を考える。
あらかじめ用意されている演習問題などが冗長もしくは難しすぎるのであれば、その冗長さ難しさを取り除いた、研ぎ澄まされた演習問題を自分で用意する。
実際のところ、言葉で語るより、課題で語る方がずっと効率がよい。

・必要なところではじっくり待つ
どんなことでも理解できていなければ先に進めない。
本当の理解があれば、先の理解も早まるから、最初の理解をあやふやにしてはいけない。
そして本当の理解のためには、時間が必要なのだ。

特に新人研修などではこのような工夫をして、カリキュラムに使う時間を圧縮し、空いたところに私独自の課題を入れるようにしている。
だいたいではあるが、これまでの実績として全体の1/3~1/2程度の時間は、私の独自の課題に充てることが出来ている。

そうなれば、少しぐらい遅れたとしても、削るのは私の課題だけですむのでリスケジュールをしても、最初から決められているカリキュラムの内容を切り捨てることもなくなる。

1月からの講師研修ではこんなことを伝えられたらいいな、と考えている。

Takanori

トラブル

長年、研修講師をやっているといろんなシーンに遭遇する。

最近はたいていのことでは驚かなくなったが、今回は、私を鍛えてくれているトラブルの話である。

● 停電 ●
PCを使って演習をしていて、突然停電。

幸いノートパソコンを使っていたので演習の継続は問題ないのだが、それでもバッテリーが切れたらおしまいだ。
薄暗くなった部屋での演習の継続を指示しておいて、配電盤などをチェックし、落ちていたブレーカーを見つけ、電源を入れた。

本当ならば原因が分からなければやってはいけない作業だが、背に腹は替えられない。

その後、再発しないだろうか、火事になったりはしないだろうかと、ひやひやしながら研修を続けたが停電は二度と起きず、火事にもならなかった。

あれはいったい何だったんだろう。

● 無線LANがつながらない ●
朝、会場に来たら無線LANがつながらなくなっている。

最近の研修では、インターネットに接続しているのがあたりまえになってきていて、無線LANがつながらなければ研修の進行にも支障を来す。

接続状況をチェック、機器の再起動などを行って、おかしくなっている機材を特定し、研修のサポートに代替機材の緊急要請を行ってから朝のコミュニケーションシートの対応を開始した。

このようにネットワークが一時的にでもつながらなくなる、というのは、けっこうあるトラブルの一つである。

幸い、このときにはサポートの方がすぐに駆けつけてくれて一時間ほどで回復できたのでよかったが、場合によってはネットワークがなくてもすむようなカリキュラムに、急遽組み替えなければならないときもある。

● 受講生がいない ●
いつもの研修会場の扉を開けたら、部屋の中ではお姉様方が洋服のマネキンに服を着せている。
今日はそんな研修だったかな、と一瞬考えてしまったが、そんなわけはない。

あわてて研修を仲介してくれている会社に連絡を取ろうとしても連絡が取れず、受講生の方に直接連絡をさせてもらい、会場が変更されていることを知る。

急いで会場まで移動するが、15分の遅れ。

クライアントさんの中での会場変更の情報が、研修会社に届いていなかったのが原因であった。

● えっ?二人? ●
会場に行って六人で研修を始めたところ、受講生の方から「今日、会社のイベントがあるので昼から四人抜けます。」と言われた。

ちょ、二人になっちゃうの?カリキュラムは?進行は?

昼からは課題に取り組んでもらう、というよりは、随時質疑応答をしながら一緒に作業をしていくような形にしていったが、グループワークでしかできないような作業ではなくて、ラッキーだった。

● 嵐が来る! ●
天気予報で「明日の朝は大荒れ。交通機関にも影響が・・・」と言っている。

講師という仕事は、とにかくはじまりの時に会場に居なければならない。
雪が降ろうが、槍が降ろうが、である。

電車が止まって会場に入れないのではしゃれにならないので、一万円ほどのビジネスホテルに泊まり待機。

翌朝、台風一過なのか、雨も止みきれいな晴れ。

私の一万円を返せ!

● 人身事故・・・ ●
朝の移動中に電車が止まるときほど焦ることはない。

間に合うか,間に合わないか、じりじりしながら考え続けることになる。
会場に連絡を入れ、代替路線があればそちらに走り、駆け足で乗り換えながら目的地を目指す。

タクシーしかなければタクシーも使う。

そうやって苦労してぎりぎり現場に入って研修を始めるが、後で調べると、代替路線を使わずにそのまま乗っていたらもっと早く楽に安く着いていたことがわかったりする。

だが、そんなのは駆け足で乗り換えてるときには分からない。
ひたすら全力で走り、全力で祈るのみである。

● 研修で使う資料は明日の朝に届けます ●
( 私) 「明日の研修で使うと言われている資料が届かないんですが。」
(担当) 「えっ、昨日送っているので調べてみます。」

(担当) 「宅急便屋さんの中で行方不明らしいです。」
( 私) 「えっ、そうなんですか。ならしかたないので明日は資料なしで何とかします。」
(担当) 「今から持って行きます!」 @21:30
( 私) 「名古屋から埼玉までですか?そんなことしなくて大丈夫ですよ、何とかしますから(^^ 」
(正直この時間ではうちまでたどり着けません (^^;; )
(担当) 「なら、今から送ります。朝の7:00に届けます!」
( 私) 「えっ」

実際に翌日、研修に出かける前、朝の7:00にベルが鳴らされ、荷物が届いた。
宅急便屋さんが責任を取るために、急送してくれたらしい。

見る時間もないのでその資料に合わせた研修はさすがにできなかったが、宅急便屋さんのパワーには驚かされた。

● 初めて見る演習問題 ●
朝、初日の会場に入ると講師用の机の上に「演習問題」の束が置いてある。

これを使え、ということだろう。

実施方法については、ある程度私に任されていて事前に使うテキストだけをもらっていたので、演習問題は初めて見る。

すでにテキストを見て自分の形でカリキュラムを組み立ててあるので、演習問題をざっとチェックし、自分のカリキュラムと用意した課題の方が効果が高いだろうと判断した。

初めて見る演習問題はそのままお蔵入りに。
基本、その場で初めて見て「使う」のは無理です。

● 無理な注文 ●
「五日間でC++を教えてください」

研修をしていると、それは無理だろう、という注文に出くわすことがある。

一つの、それも複雑と言われているプログラミング言語を五日間でなんて正直無理、と思った。

でも、注文であればやらなければならない。

五日間のカリキュラムを考えるために、そのプログラミング言語を再度勉強し、絶対必要なものとそうでないものに分けた。
本質をできるだけシンプルにして伝え、演習問題もごく効率の良いものにしなければならない。

結局、五日間のカリキュラムを考えて準備をするのに、昼間は研修を実施しながらだが、三週間ほどかけた。

結果、十分とは言えないが、受講生の方は、私が最初に思ったよりも大きな成果をあげてくれた。

それ以来、無理な注文はトラブルではなく、自分を成長させてくれるいいきっかけだと思うようにしている。

それでも中には「それはほんとうに無理!」というのもあるのだが・・・

● 選挙の応援 ●
朝、研修会場に入ると、クライアントの人事の方から、
「先生、今日の午後から二時間ほど選挙の応援に新人を連れて行きたいのですけど。」
と言われた。

会社として応援している政治家の選挙の演説を聞きに行く、ということらしい。

八時間ほどのうちの二時間だから決して小さい数字ではないが、
「どうぞ (^^ 」
と返事をして、その日のカリキュラムの時間を再検討して、翌日までをどう使うかを考え始める。

選挙の応援がなくても、進み具合によってはスケジュールの組み直しをいつでもすることになるので、トラブルというほどのことでもないのかもしれない。

同じような問題には、会社の中の配属説明会だったり、社長の講話だったりがある。

● レベルが違う ●
カリキュラムは、どうしても受講者のレベルを「予想して」作らざるを得ない。

そして、予想はだいたい外れる。

初心者ばかりだと聞いていたのに、行ってみたら経験者ばかりだったり、逆に知ってるはずなのに知らなかったり。
私の最初の研修は前者のパターンで、初日に真っ青になったのを覚えている。

経験者ばかりだと、カリキュラムの内容が薄いと時間が余ったモチベーションもだだ下がりになる。
初心者ばかりで難しいことをやってしまえば、きっとあきらめの敵意のこもった視線を浴びることになるだろう。

だが、それがあたりまえだと思えばトラブルではなくなる。

大切なのは、現場にいる受講者のためになることを出来る準備をしていくことで、予想が外れたことを嘆くことではない、と今なら言える。

● ぐったり ●
毎日ハードな研修が続く新人研修では、二週間から三週間程度で一度ガスが切れる。
最初は社会人になった緊張もあって、必死になって作業に取り組み続けているのだが、その緊張が切れるのがその頃なのだ。
見ていて、ほんとうにスイッチが切れたのではないか,と思うぐらい、作業の効率が下がる。

そういうときには様子を見つつ、半日から一日程度、ゆっくりする時間を作る。

最初に「ぐったり」に遭遇したときはどうしようかと思ったが、よく考えればそれがあたりまえで、今では、その緊張が解けた後に、本当のプレッシャーの中で作業を進めるスキルが身につくと感じている。

ぐったりしたら、少し休んでまた再開すればいい。
長い日程の中の半日から一日だ、なんとでもなる。

観察を続けて「ぐったり」に気づけて、カリキュラムの組み直しができれば、それほど怖いものではない。

● 成果がでない ●
受講生の成長がみられない。

なんといっても、研修ではこれが最大のトラブルであろう。

成長の仕方は、人それぞれ全部違う。だから、それぞれの人なりに成長してくれればいいのだが、中には「負のスパイラル」とも言うべきものに囚われて成長できなくなってしまう人がいる。

そういう事例に遭遇する度に、原因を考え、対応策を練るのだが、なかなか100%にというわけにはいかない。

心理的な要因、これまでの経験から来る要因、性格に基づく要因、などさまざまな原因があり、だいたい傾向は似ていても、人によってアプローチの仕方を変えなければならない。

一人も取りこぼさない、というのは不可能なのかもしれないが、このトラブルに対処し続けていくことが私自身の成長にもつながり、より多くの受講生の幸せにもつながるはずである。

ある講師への研修において「アドバイスができなくても見捨てないでください。一緒に考えてあげましょう。」という話をしたことがある。
これは私自身が私自身にいつもかけ続けている言葉でもある。

もっとも長期の研修ではさまざまなアプローチが取れるのであるが、二時間などの研修ではそんなフォローの時間はない。
そんなときには、二時間のカリキュラムの作成と実施をきっちり行った上で、残念ながら、ある程度は割り切るしかないのが今の私の現実である。

研修の講師をしていると、さまざまなトラブルに遭遇する。

上記のような現場でのトラブルだけではなく、現場以外の問題も含めて、ほんとうにさまざまなことがおきる。

自分の力で解決できることもあれば、サポートしてくれている方に助けてもらう場合もある。
また解決できなくて後悔することだってもちろんある。

これからもいろんなトラブルに出会うことだろうが、それを乗り越えることが自分の成長につながるのは間違いない。

だから、トラブルに出会ったら、よしきた、どうしてやろうか、ぐらいのつもりで取り組んでいくように頑張ろう。

とは言うものの、やっぱりトラブルはない方がいいよな、と心の中では思っている・・・のは秘密である (^^;

Takanori

講師を育てる

2014年1月から、講師を育てる仕事をいただいた。

対象は講師経験がない技術者の方で、期間はおよそ三ヶ月である。

このような経験は初めてではないので、どのように進めたらよいのか、ということについての心配はあまりない。

だが、どこまでやるか、という点については、よく悩む。

研修会社からの依頼で講師を育成する、ということになっているのだが、その研修会社の講師の標準スタイルというのがある。
それはよくある、プレゼンテーション資料を見せながら説明を行い、演習問題をして、回答を配ってを繰り返し、最後にプロジェクト演習をグループワークで行う、という形である。

実際のところ、この形式ならばカリキュラムを守りやすいし、熟練していない講師でも講師をすることができる。

実は私もこの研修会社から仕事をいただいているのだが、私のブログを読んでくださっている方ならご存じのように、私の研修の形は、この標準スタイルには全く沿っていない。
それでも、研修の成果は出ているし、クライアント様からはリピートをいただいているということで、実績をベースにして私のやり方を認めていただいている。

だが、そのような標準スタイルに則っていない私が、標準スタイルを最初のよりどころとすべき新人の講師の方にどのように教えていくのか、というのは非常に悩ましい問題である。

私の研修の方法はスキルコーチングの考え方に則っており、教える内容に対する知識以外にスキルコーチングの素養がなければ実施が難しいことは理解している。
だが、標準スタイルよりも私のやり方の方が効率が良いことも、おこがましいようであるが、実感している。

研修の成果として、よりよいものを目指すのは私の基本的な方針である。

仕事として考えた場合には、標準スタイルをそつなくこなす講師を育てるべきであろう、というのは分かる。
常識的な判断だろう。

しかし、それは最低ラインであり、できれば講師としての仕事の楽しさを味わってもらうためにも、受講生の成長のためにも、よりよい講師としてのスキルを伝えたい、とも思ってしまうし、研修会社からも(私のようなとは言わないが)「リピートをもらえる講師を育てたい」とうかがっている。

やり方としては、最低ラインのスキルを身につけてもらえたら、その後により発展的なコーチングのスキルを身につけてもらう事になるのだろうが、実のところ、スキルコーチングのスキルを三ヶ月の集合研修で身につけるのはそれほど簡単なことではない。

私が講師研修でコーチングに基づいた進め方を伝えると、その効果の高さから、ややもすると、私の「真似」をしようとする人が出てくる。

だが、それでは絶対にうまくいかないし、実例もある。

講師として出る現場は、全て環境が違う。
場所が違い、人が違い、前提条件も違う。

その中で私と同じことをしても、結果を出すのは無理である。

必要なのは、その都度、どのようなことをするかというアイデアと判断であり、それを的確に行うためには、やはり本質を理解した上でそれなりの訓練が必要になる。

また、コーチングにおいて自制は重要な要素であるが、人によっては、自制を学ばなければならない、というのも大変なことであろう。

すべての人が三ヶ月でこれらを身につけられるか、といえば、正直なところ、なかなか難しい。

育てるという考え方の本質を伝えながら、それぞれの人の中で、暗闇の中でチーズが熟成するような変化が起きることを待つのが、三ヶ月間にやるべきことなのだろうと思う。
そして、想像力とコミュニケーション能力を高めつつ、少しでもよい研修を実現できるように、講師研修を進めていくことになるのだろう。

気を抜かず、急ぎすぎず、着実に、地に足の付いた研修をいつも以上に心がけていきたい。