Archive for 2013年6月14日

Takanori

研修の費用

先日打ち合わせにうかがったクライアント様で、年間の管理職向け教育スケジュールに関してのご相談をいただいた。
とても社員教育に力を入れておられるクライアント様で、これまでも当社のコミュニケーション研修、コーチング研修などを受講していただいている。

これまでの実績で、受講していただいた方からも評価が高かったということで、新たに上記のような研修のご相談をいただいたものである。

当社の研修における基本姿勢として「知識を伝えるだけではなく、身につけていただく」というものがある。
そのためには参加型の訓練が欠かせないのであるが、訓練にはどうしても時間が必要である。

サッカーでボールを蹴れるようになるのにも、野球でボールにバットが当たるようになるのにも、プログラムを書けるようになるのにも、どうしても時間がかかる。

だが、研修ではどうしても費用がかかる。

そうなると、訓練の時間は捻出したいというのと、予算の板挟みになることも多く、今回の件でもそのような話になった。

私の方から、訓練の時間を捻出するために、研修費用の値下げを提案させていただいたのだが、ありがたいことに、長谷川さんの研修はただでさえリーズナブルなので申し訳ない、と言っていただき、結局値下げは見送られることになった。

実際に、内容からすればかなり安く実施していると思うのだが、一般的には研修の費用というのはとても高い、という印象があるのではないだろうか。

そこで、今回は研修の費用について少し考えてみたい。

研修の費用というのは大きく分けて次の3つに分類されると考えている。

・準備(カリキュラム作成、資料作成)費用
・実施(講師の人件費など)費用
・営業(など間接コスト)費用

私の場合、準備には時間をかけることが多いので、比率的には準備費用が多めである。
場合によっては1日の研修の準備に、2日とか3日とかかかることもある。

実施については、単純に人件費なので、講師やアシスタントの人数でおおよそ決まってくる。

そして、営業費用であるが、ここが意外と高いのではないだろうか。
研修会社を通していただく仕事では、研修会社のマージンという形で営業費用が現れてくるが、そこは私には分からないところで、具体的な金額は聞くことがない。
だが、毎日足を運び、営業をし、要望を聞いて提案して、などしてから私のところに回ってくるので、その費用が安くないことは想像に難くない。

そして、最後にテキストなどの実費が上記に加わることになる。

冒頭のクライアント様の場合には、直接お話をいただいているために、この営業費用が最低限で済んでいる。
事前打ち合わせを最小限にし、メールなどでご連絡をさせていただく事ができれば、私の方からは大きな営業費用を請求させていただくことはないので、結果的にリーズナブルと言われる研修を実現できるのである。

もし問題がないのであれば、当社に直接ご相談をいただくことで、コストも安く、また訓練に時間を割く、身になる研修を実現をしやすくなるのは間違いない。

役に立つからお金を払っても受講したい、と言っていただける研修を実施したいが、費用はできるだけ安いに越したことはないだろう。安く実施できれば、予算内で訓練に回す時間も増やせることだろう。

ここから先はお金のかからない当社の営業である。

もし、実のある研修を望まれるのであれば、ぜひ一度ご連絡をください。
うかがって、当社の研修に対する考え方などをお話しさせていただきます。

もちろん、お話をさせていただきにうかがっても、その費用は無料ですので、ご安心ください (^^

Takanori

座学なんていらない

今年に入ってから、新人研修を含む何件かの技術研修を担当させていただいた。

その中で、これまで考えていたことを実践してきた。
それは「技術研修でも座学は不要」ということである。

すでにヒューマンスキル系の研修においては座学をほとんど行っていない。
振り返りのグループワークの後にコメントをするぐらいである。

だが、これまで実施してきた数多くの技術研修では「技術研修には座学は欠かせない」という常識に縛られ、疑問を持ちながらも座学に時間を割いてきた。

技術研修において持っていた座学に対する疑問、というのは次のようなものである。

・座学になると眠くなる人がいる。
特に、聞いていて欲しい人ほどその傾向が強い。
意味があるのだろうか?

・全ての人が同じ速度で理解できるのか?
座学ではどうしても1つのペースしか実現できない。
時間の無駄ではないだろうか?

今までの受講生の中には「眠かったので、シャープペンシルで太ももを刺しながら起きていました。」などという人もいた。

もちろん、わけの分からないことを延々と話し続けるような座学では眠くなっても仕方がないのだが、どんなに抑揚を付けて、質問を投げかけながら、短い説明を心がけても、程度は違うが、眠たそうにしている人は出てくる。
極端な話、講師だけが起きて話をしていて、受講生全員が寝ているような状態があってもおかしくないのが、今の多くの研修における座学の状態である。

これでは何をしているのかわからない。

また、いろんな言い換えをしながら説明をしても、理解できるタイミングは人それぞれ異なる。
同じタイミングですべての受講生が理解をする、などということはあり得ない。

どんなに微に入り細に入り説明をしても、ベースが違い、人が違う以上、これはやむを得ないことである。
そして、全ての人が理解するまで説明をすることは、最後に理解する人以外を眠らせてしまう、だらだらした説明につながるだろう。

そんなことをずっと考えてきたので、これまでは座学のことを「必要悪である」という表現をしてきた。

だが、コーチングの理論に立ち返って考え、研修の現場で見たことを分析して考えてく中で、本当に「必要悪」なのだろうか、という考えに至った。
「必要悪」ではなく、ただの「悪」なのではないか、と。
「悪」ならばやってはいけないのではないか。

そこで、今年に入って短期の技術研修を何度か実施させていただく機会を得たので、その中で「座学を使わない技術研修」の形を模索してきた。

もちろん、学習のモチベーションを保つためにさまざまなことを行った。
資料は用意し、調べ方は伝える。
グループワークを基本とする。
理解につながる課題を用意する。
適切なインストラクションとコメントを行う。
可能な限りの演習を行う。
などなどなどなど

模索の中で、手ごたえをつかむことができたので、その集大成というわけではないが長期の新人研修でも「座学を極力なくす」を実践した。

結果は「成功」であったと思う。

新人研修では期間も短くカリキュラムで設定されていた内容も多かったのだが、恐らくこれまでの座学を中心とした研修では望めなかったであろう成果が得られたと感じている。
また、意識を変える、という点についてもこれまでは悩むことが多かったが、あるヒントが得られたとも考えている。

研修期間中の受講生達は、期間中、非常な集中力で学び続けてくれた。

もちろん、完璧ではないし、まだまだ工夫、配慮する余地があるのは間違いない。
例年と同様に多くの反省点もある。

だが、講師の自己満足のための座学はなくても技術研修は成立する、というのは確信することができた。
これからは、そのための手法をより洗練させきちんとした体系にしていかなければならない。

座学をまったくなくしてしまうことは難しいだろうし、逆に効率を下げてしまうことになるだろう。
だが、不要な座学はいらない。
何が必要で、何が不要なのか、これからも常識に囚われず「くもりなきまなこ」で確かめ続けていき、よりよい学びの場を作り続けていきたい。

Takanori

時間の密度

本年度の新人研修が終了した。
まだ、事務処理や報告会が残っているが、会場での研修は終わったので、終了した、と言ってもよいだろう。

私が研修でよく使う話の1つに「一日2時間」というものがある。

1日2時間を1年続けたら何時間になる?
その時間を仕事などの活動時間の8時間で割ったら何日になる?

簡単に言うとこんな話である。

計算してみよう。

2時間×365日=730時間
730時間÷8時間/日≒91日

休日を除けば、驚くことにほぼ4ヶ月の活動時間と同じになってしまう。

この話をした後に、次のような話をつなぐ。
「2時間をぼーっと過ごしても、晩酌をして過ごしても、本を読んで過ごしても、勉強をして過ごしても同じ2時間です。
1日24時間という時間は全ての人に平等です。
変えられるのはその使い方です。」

それともう一つ、時間には密度がある、という話もする。

「ぼーっと過ごしても、必死になって考えて過ごしても、同じ1時間です。
時間は全ての人に平等ですが、自分で密度を変えることができます。
この研修をここまで受けてきた君たちなら実感できるでしょう。」

今年は、昨年までに比べて内容も多く、かつ短い日数での研修であったため、私自身もこの「時間の使い方と密度」を強く意識した。

具体的には、課題の期限の設定などにより、研修時間外の時間もできるだけ研修に意識づけるようなことを行い、場合によっては(人事の方にご了承をいただいた上で)残業が前提となる作業量を割り当てたりすることで少しでも多くの時間を学ぶことにあてることを心がけ、作業の順序やテンポ、期限の設定などにより密度を上げることを考えた。
例えば「理解度テスト」なるものも用意されているのだが、それも本来の目的を変えて「勉強する時間」にあてた。

さらに、参加意識を高めるために、以前にも書いたとおり座学を可能な限りなくすことや、受講生からの提案の受け入れや、意志決定の講師からの委譲も行った。
これらは私にとっても挑戦であり、人事担当の方の「新入社員のために良いと長谷川さんが考えることなら、なんでもやってください。」という言葉にも大きく助けられ実現できたものであるが、効果も上がったと思うし、私自身にも多くの気づきを与えてくれた。

このような研修を実施した結果、一月半の研修であったのだが「1年以上研修をしている気がする」という感想が出てくるぐらいのものにはできたようである。

「人間50年、下天のうちをくらぶれば夢幻の如くなり
ひとたび生を得て滅せぬもののあるべきか」

織田信長の好んで詠んだ敦盛であるが、信長の48年の人生は、恐らくとてつもない密度だったのだろう。

信長の没年と同じ歳になりつつあるが、もう少し生き、信長の人生と同じような密度の人生を送りたい。