Archive for 2013年3月10日

Takanori

講師として。人として。

私はフリーランスの講師である。
どこかの研修会社の専属ではない。

いくつかの研修企業から、研修の仕事をいただき、なんとか暮らしている。
直接クライアント企業様から依頼をいただく場合もある。

私は職人でありたい。
講師という仕事をする職人である。

学んでいただく技術を極め、学ぶことが楽しいと思っていただけるようにしたい。
人のやる気を引き出し、人が活き活き活動できるような気づきを産み続けたい。

私は歩みを止めたくない。
同じ事を繰り返すのは楽だが、昨日と同じ事をしたくはない。

固定されたカリキュラムではなく、1回1回、進化した研修を実施したい。
カメの歩みでも、カタツムリの歩みでもよい、前に進むことを止めたくない。

私は間違いたくない。
思い込みというのも間違いである。

学び方、伝える内容、常に学び続け、自分の間違いに気付き続けたい。
技術もヒューマンスキルも少しずつ、時には大きく変わっていく。

私は敏感でありたい。
人の心を常に感じられるようにしていたい。

講師という仕事は、人の心を無視してはできない仕事である。
人の気持ちを感じ、反応できることが、よい学びの場を作るために欠かせない。

私は信じ続けたい。
学ぶ人の、人間の力を信じ続けたい。

信じ切り、待つことが人を育てる。
育てるためには任せきること、と話したことがあるが、それは私の心からの言葉。

私は寄り添い続けたい。
自分のためではなく、受講してくださる方のための講師でいたい。

常に相手のために。
心は相手の中に。

Takanori

感じる心

エンジェル・ハートというアニメを見た。

たぶん、初めてではない。
前にも見たことがあると思うし、コミックスも読んだことがある。

だが、今回、見てみたら、涙が止まらない。

Twitterにもつぶやいたのだが、一つのセリフ、一つのシーンに心が揺すぶられて涙があふれてしまう。

このアニメ、テーマが、孤独と慈しみと愛、ではないかと思う。

以前にどう思って見たのかは覚えていないが、なぜか今回は、はまってしまったようだ。

ドラマなんかを見ての感動は、共感から生まれる。
そのシーン、そのセリフに込められた、想いが、自分の経験と重なるときに、強い共感となり、心を揺すぶられる。

歳をとったのかもしれない。

重ねてきた年月の中で経験したことが、思い起こされて、気持ちが心の中で形を成す。

歳をとると涙もろくなる、というが、それは我慢できなくなるから、ではない。

重ねられる経験が多くなるから、多くのことに共感し、涙腺が緩むことが増えるのだろう。

昔は想像で泣いたが、今は経験と重ねて泣いている。
想像で泣くときの涙は軽い。
経験で泣くときの涙は遅い。
そして、経験で泣くときの涙は、胸が痛い。

今日はアニメを見ながらそんなことを思ってしまった。