Archive for 2013年3月1日

Takanori

心は形を求め、形は心を求める。

ラグビーの大先輩コーチに聞いた言葉である。

心、というのは「やっていること」と言い換えれば分かりやすいかもしれない。
形、というのは肩書きや表彰などをさす。

そうすると「心は形を求める」というのは、次のようなことだろう。

それぞれの分野で努力して、いろんな事ができるようになったとする。
そうすると、例えばコーチであれば「指導部長」だったりとか、チームのヘッドコーチだったりという肩書きが欲しくなるようなことをさす。
これはある程度理解できるのではないだろうか。

それでは「形は心を求める」とはなんだろうか。

できないのに「講師」をさせられる。
初めて講師をするきっかけが、会社からの業務命令だった、講師なんてやりたくないのに、現場で「先生」と呼ばれてしまう。
こんなのが与えられた「形」であろう。

それでは形に求められる心とは?

先生、と呼ばれ、頼られたりしているうちに、きちんと先生になりたいと思い、なろうとする。
その結果、だんだん先生と呼ばれるのにふさわしくなっていく。
これが、形に求められた心なのであろう。

私はカリスマ講師と呼ばれるたこともないし、表彰も受けたことはない。
だから、私には外から与えられた「形」はない。
だが、そこそこの経験のおかげで、不足している部分はもちろんあるが、少しずつ「心」はできていると思っている。

では、私もこれから「形」を欲しがるようになるのだろうか?

もちろん、仕事として評価され、それなりに稼げるようになりたい、とは思う。
残念ながらボランティアでは飯を食えないので、これは仕方ないだろう。
もちろんテレビなどで取り上げられることがあれば、仕事も増えるだろうからうれしい、というのはあるが、それは形をありがたがるのとは違う。

私の場合、講師という仕事をしていて、もっともうれしいものは「受講生からの良い評価」である。
「カリスマ講師」という肩書きよりも、何倍もうれしいものであり、よりよい講師になろうというモチベーションにつながる。

講師という職業の肩書きはあまりないこともあるのだが、私は形を求めなくてもすむのじゃないか、と思っている。

だが、形が心を求めるものであれば、私は自分自身を「良い講師」という形にしておきたい。
そうすれば、その形によい心が付いてくることだろう。

いつまでも「良い講師」でいよう。
そして「より良い講師」になろう。

そういう形を自分だとしていることで、きっとよい心がついてくるに違いないのだから。

Takanori

メールマガジン 2013年3月1日

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■新着記事
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●新人研修の準備開始
本日より、新人研修の事前研修が始まりました。
いよいよ本年も新人研修シーズンのはじまりです。

その事前研修で、久しぶりにお会いした人から「半年に一度ぐらいしかメールマガジンが
来ないね」と言われてしまったので、これからは2週間に一度の発行を目指していきたいと
思います。

昨年度の新人研修期間中にはメールマガジンを発行する余裕がありませんでした。
100%の全力投球の期間が長いので、余裕もないのですが、話題が新人研修の中身になりがち
というのも、なかなか書けない理由です。

でも、書けることはいっぱいあるはずですので、今年は新人研修の期間中もメールマガジンの
発行を続けていきたいと思います。

さて、準備講習には出ているのですが、負荷は軽く、土日や3月末は時間が空いているので、
できれば直前の講師向け講師研修などができればいいな、と考えています。

これから募集して集まるかどうかの打診をしていくのですが、もし、ご希望の方がおられれば
ご連絡をいただければと思います。
費用は一日1万円程度に抑えたいと考えています。

希望者がある程度見込めるようであれば、会場をおさえて講師研修を行いたいと思います。

内容はコミュニケーションのスキルのうちの「伝える」や、課題の紹介や作り方、実施の
しかた、モチベーションの作り方など、即戦力的に研修に役に立つものとしていきたいと
考えています。
また、内容についてのご提案も受け付けようと思っています。

参加をご検討していただける方は、お気軽にご連絡ください。

ブログの最近の投稿です。
よろしければご覧ください。

期待をしていなかったが・・・
研修の設計
ブログコメントへの感謝と共に
けんしゅうこわい
指導と体罰の違い?
口コミ掲示板始めました。
変われるものと、変われない人
1時間半でコーチングを伝える
社外の先生に頼んでよかった???
原子力発電所の運転再開についての考察

http://www.technosense.co.jp/blog/

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■コラム:無意識と意識的、無能と有能
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NLP(神経言語プログラミング)の世界で、学習の段階について次のように分類されます。

・無意識的無能
できないことにも気が付かない。
簡単に言えば存在も知らない段階。
車の運転で言えば、走ることは知っていても、どうすれば良いのか分からない段階。

・意識的無能
やり方は分かっていてもうまくできない段階。
車で言えば、縁石に乗り上げてみたり、タイヤをこすってみたりする段階。

・意識的有能
意識を集中すれば、きちんとできるようになる段階。
車で言えば、意識していれば、ちゃんと走れるようになった段階。

・無意識的有能
意識しなくても、きちんとできるようになる段階。
会話したり、考え事をしながら(危ないが)でもちゃんと走れるようになった段階。
これが習熟した段階だと考えても良いでしょう。

講師の世界で言えば、次のようになるのでしょう。

・無意識的無能
研修に出たことがあっても、研修の講師はしたことがない段階。
講師にもスキルがあることを知らない。

・意識的無能
講師をやって、講師講習に参加したりしても、うまく話せなかったり、トラブルが
発生して対処できない段階。

・意識的有能
研修で意識すれば、ある程度は望む成果が出るようになった段階。

・無意識的有能
講師の技能に習熟し、意識をしなくても、ベストだと考えられる対応がとれたり、
言葉を選ぶことができる段階。

私はやっと「意識的有能」の段階でしょうか。

もっと経験を積み、訓練を重ね、早く「無意識的有能」の段階に入りたいものだと思います。

ですが、NLPでは次のようにも言っています。

「無意識的有能」が間違っていた場合(自己流で変な癖が付いてる、など)「意識的無能」の
段階まで戻ってやり直さなければならない。

常に自己点検を行い、よりよいものに気付くためのアンテナを張り、自らの改善点に気付いたら
それを取り込み「意識的無能」から練習することを怠らないようにしたいと思います。

私の場合、ついつい成果が出てくると慢心も出てきて、学ぶ謙虚さが足りなくなります。
気をつけて、さらに先を目指していきたいと思います。