Archive for 2013年2月27日

Takanori

期待をしていなかったが・・・

研修の最後に可能な限りアンケートを書いていただくようにしているのだが、そこによく書いていただける感想がある。

「想像していた講習内容と違った(良い意味で)」
「想像より楽しく受けることができた」
「最初は堅苦しい講座かと思いましたが、実際受けてみたら楽しい講座でした」
「想像していたような授業ではなかったので、リラックスしながら受けることができました」

などである。

つまり、みんな研修に最初から期待していないのだ。
「きっとまたつまらないんだろうな」と思いつつ研修に参加しているのである。
モチベーションもなにもあったものではない。

新人研修だけは特別で、社会人になる不安と期待で最初からモチベーションは高いのであるが、それ以外の研修ではおおむねこのような具合である。

「想像していた・・」方々は、これまで受けてきた研修で、きっと「つまらない」思いをしてきたのだろう。

一日中座って話を聞かされていた。
作業をやらされたが、研修を受けても何も変わらない。

つまらない研修の形もさまざまであろうが、「つまらない」という点に関しては同じなのだろう。
そのせいもあって、おおかたの研修では、0またはマイナスのモチベーションを持ち上げるところから始まる。

まぁ、そのような期待されないつまらない研修が多いので、私の研修が「楽しくてためになる」と言って、お呼びいただけるのだろうから、つまらない研修をどんどんやっていただいた方が、私の商売からみればうれしいことではある。

だが「研修は楽しくないものである」という意識を植え付けていくような研修の存在は、教育業界全体にとってはマイナスであるに違いない。

学ぶことは、本質的な楽しさにつながるはずなのである。
きちんと学んでいただく事ができれば、つまらない研修はないのだと思うが・・・

さて、問題は、私の研修が「期待して受けに来られるようになった場合」である。

すでに、「長谷川さんの研修は楽しいから、私も参加します」と言っていただける企業の担当者もおられるので、少しずつそのような感じになってきている。
だが、期待してこられたときに「やはり来て良かった」と思っていただくためには、より充実した内容にしなければならないだろう。

「学べてなんぼ、できるようになってなんぼ、変化があってなんぼ」の研修講師としては、期待して参加してくださった方に、期待以上の成果を持って帰っていただきたい。

何も期待してきていない人に「良かった」と思っていただくためには、少し良ければいい。
だが、期待してきてくれた人に「良かった」と思っていただくには、その期待を上回る研修を作れなければならない。
つまり、よい研修ができ、リピートしてくれるところが増えるにつれ、より質を求められることになるのだ。

「期待してきたのに・・・」とはなってはいけない。

同じ事を辛抱強く繰り返す継続も大切である。
だが、継続しながら質を高める努力も必要である。

先日、ホームページに口コミ掲示板を設置した。
次回の研修から、口コミ掲示板の案内のチラシを、研修会場で配布する予定である。

これまでの成果から考えて、それほどひどいことにはならないだろうと踏んではいるのだが、正直びくびくものである。
受講者からの生の声をノーチェックで公開している研修会社は、それほど多くはないだろう。
少なくとも私は知らない。
なぜなら、100%良いと言っていただけるような研修はなかなか難しいからだろう。

私も「いい研修だと聞いて参加したのだが・・・」などと書き込まれないように、心して取り組み続けて行きたいと思う。
結果的にだめなときはあるかもしれないが、少なくとも準備が原因でだめだった、というのはあってはならない。

口コミ掲示板の設置は、そのような私自身へのプレッシャーでもある。

Takanori

研修の設計

今、研修の設計をしている。

内容は、クライアントからご依頼いただいたコミュニケーション研修である。

研修の「設計」というと違和感を覚える方がおられるかもしれないが、分かりやすく言えば「カリキュラムを考える」ことである。
これまでの経験から「この条件で、こんなことに気付いてもらうには、こんなアクティビティとインストラクションが適しているだろう」というようなことを、クライアントの状態や人数に応じて選んで組み合わせていく作業である。

アクティビティというのは、作業だったりグループワークだったりの参加型の作業のことを総称してそう表現している。

また、気づきを生みやすくするために、意識を高めたり、言葉に対して慣れを作ったりするような工夫を、アクティビティの流れとして組み込んでいく。

参加者の意識、年齢層や立場によってもスタート地点が異なるので、それにも対応して、できるだけ無駄のない内容とすることも心がける。
知ってることをやらされる研修ほどつまらないものはない。

手持ちのアクティビティでは効果が足りないと判断したら、既存の別のアクティビティを探したり、新しく考え出したりして、最適だと思われるアクティビティとなるまで、アイデア出しとシミュレーションを重ねることになる。

ここまでやっても、実際に現場では「足りないこと」や「多すぎること」が発生するので、そのためのオプションも考えておかなければならない。
内容的に「前提とした条件がゆるい」場合には、アクティビティの時間を短くしたり、場合によっては飛ばしてしまったりすることもあるので、その場合に使えるアクティビティを余分に考えておかなければならない。
逆に「前提条件が参加者にはきつい」場合には、より分かりやすいアクティビティを追加して、用意したものをなくしてしまうこともある。

経験を重ねる毎に、手持ちのアクティビティは増えていくので、設計の幅は広がるし楽にもなるが、既存のものの使い回しだけではアクティビティを考えるスキルが低下してしまうだろうから、常にヒントを探して、アイデアを出しておくことは怠ってはならないと考えている。

これが、私の行っている「設計」作業である。

ホームページに「これが当社の研修のカリキュラムです。」と出せない理由がここにある。

条件によって、毎回違うカリキュラムになるし、設計時によりよいアクティビティを作り出せれば、それを実施するのである。
そして、現場では参加者の反応を見ながら、カリキュラムを動的に組み替えながら、最初から予定されていたカリキュラムのように自然に実施していく。

なので、すでに実施したカリキュラムを参考としてご覧いただくことはできるが、それは固定的なものではなく、過去のカリキュラムなのである。

研修を行えば、講師にも必ず気づきがある。
発見のなかった研修など、これまで存在しないと言ってもいい。

気づきに対して対応し続けることが、よりよい研修につながるのだから、カリキュラムを固定化することはこれからもないだろう。

どこで実施しても「1日があっという間だった」という感想をいただけるのは、このようなクライアントにぴったり寄り添ったカリキュラムを設計しているからだろうと思っている。

正直、決まったことを決まった形で実施し続けるのが研修としては楽なのだろう。
「このカリキュラムでこんな効果があります」と主張することも可能だろう。
だが、私にとっては嘘なのである。

「この条件で、このカリキュラムでこんな効果がありました」とは言えても、「あります」とは言えない。
条件が違うからだ。

私の講師としての強みは、研修を設計する気持ちと力と、それを現場で柔軟に組み替えながら実施できることだと思う。

これからもその強みを活かし、鍛えて、満足いただける研修を作り続けていきたい。

Takanori

ブログコメントへの感謝と共に

本日初めて、このブログにコメントをいただいた。

これまで、いろいろ好き勝手なことを書いてきたブログだが、何人か(超)個人的な知り合いの方が読んでくださっているのは知っていた。
だが、それ以外には検索エンジンのロボットしか読んでくれていないのではないか、と思いながら書いているところがあった。

不安で、コメント機能が生きているかどうかを確認したことも1度や2度ではない。
(スパムコメントはたまにあるのだが・・・)

それが、今日初めての「ちゃんとした」コメントである。
やはりうれしい。

コメントをいただいた方はもちろんのこと、このブログを読んでくださっている方には、あらためて感謝をさせていただきたい。
ありがとうございました。

もし、(検索エンジンのロボット以外に)読んでくださっている方がおられれば、ぜひ、コメントを残していただきたい。
貴重なお時間をいただく事になってしまうが、例え短くともコメントをいただけることは、個人的にとてもとてもとてもとても励みになる、というのが、今日、あらためて分かった。

ご批判でも、ご要望でも、ご感想でもなんでもかまわない。

ご批判をいただければ、真摯に受け取らせてもらい、再び考えてみるし、ご要望をいただければ、小躍りして対応させてもらうだろう。
ご感想をいただければ、次への強力な励みになる。

ご要望と言えば、近いうちに、ホームページを通して、「無料カリキュラム相談」なるものを始めたいと思っている。

「こんな研修をしたいのだけど」という要望をいただいたら、「こんなカリキュラムはいかがでしょう?」と返すものである。

社内で教育を担当される方、慣れない内容の研修をしなければならなくなった方、すでに実施している研修の内容を向上させたいと考えている方、などに少しはお役に立てるのではないかと考えている。

普通の研修会社では、カリキュラムの作成スキルは重要なノウハウなので、それをただで作って提供する、というのは、普通はなかなかないだろうと思う。
だが、当社は「育てる文化を広めること」を使命とする会社であり、私のライフワークもそれである。
だから、私の知識、経験がその役に立つのならば、喜んで公開しよう、と思っている。

カリキュラムを作成するのはけっこうな時間がかかるので、全てにお応えするのは難しいかもしれないし、現場を見ずに詳細な打ち合わせをせずに作るカリキュラムであるから、そのまま実施してもうまくいかないこともあるだろう。
インストラクションや前提条件が違えば、私に実施実績があり、結果が出ているものでも、うまくマッチしないこともあるだろう。
また、あまり長期のものの詳細なカリキュラムは前提がはっきりしないとむずかしいので、対応しきれないこともあるかもしれない。
だが、なにかしらのヒントにはなると思う。

「研修悩みごと相談」でもよい。

「こんな場合はどうしたら・・・」という悩みは、研修講師にはつきものである。
一方的なセミナーであれば講師のペースで進められるが、何らかのスキルを身につけさせたい研修では、受講生へ対応することが必要なので、どうしても悩むことになる。
もし、私の経験がそれらの解決に役立つのならば、これまたうれしいことである。

ブログへのコメントは、このような目的に(まだ無料カリキュラム相談のページがないので)使っていただいてもかまわないと考えている。
ぜひ、ぜひ、たくさんのコメントをお願いします。

さて、こんなのを無料でやってしまって、どこで稼ぐの?という質問が出てきそうである。
正直、私もよくわからないが、自分の信じることを続けていれば、どこかでチャンスも巡ってくるだろうと、けっこう安易に考えている。

それになにより、私の講師のノウハウは、私だけのものではない、と思っていることも大きい。
私にコーチングを教えてくれた先輩コーチも惜しげもなくコーチングスキルを伝えてくれた。

私にはそれを次に渡していく責任がある。

私の講師講習を受講してくれた方ならご存じかと思うが、私はスキルの出し惜しみはしない。
講師講習では、課題の考え方、調整の方法、インストラクションの注意まで、持っているネタを全てさらしている。

ぜひ、私の持っているもので役に立つものがあれば持っていっていただきたい。

もちろん競合研修会社の方からのコメントも大歓迎である。
ただし、できれば、お名前をいただけるとありがたい。

Takanori

けんしゅうこわい

私の行っている研修では、研修が多くのワークショップにより進んでいく。

本来であれば、1時間、2時間というワークショップを入れたいところだが、時間の関係でそれができないときでも、いろいろな工夫をして、10分、15分のワークショップを入れたりして進行する。

ワークショップをし、できれば発表をし、コメントをし、またワークショップ、という流れが理想であり、基本的にそのように進めている。

だが、これは「恐い」進め方である。

なぜかと言えば、ワークショップの結果、話し合った内容が、私の意図しているものと違う可能性が常にあるからだ。

複数のグループの発表があってその中に、期待したものが入っていればよいが、そうでない場合、こちらで伝えたいものと出てきたものが違うと、どうやってつなげて進めようか、必死に考えることになる。
近ければまだつなげられるが、180度ぐらい違うものばかりだと救えない場合も出てくるだろう。

進行の予想はするけれど、それが裏切られることがあるのだ。
まずは、そういう意味で「恐い」。

また、私の想定していた答えよりも素晴らしい答えが出てくることもある。
良い意味でも予想を裏切られることがあるのだ。

その時には、用意していた次のワークショップが陳腐なものに見えてしまったり、内容的に薄く感じてしまったりして、飛ばしたり、違う課題を急遽作ったりする。
このときも必死だ。

対話やワークショップなどを用いた参加型の研修をちゃんと進めるためには、これらの「恐い」「予想外」ときちんと向き合う必要がある。

たまに私も受講生として研修に参加することがあるが、ワークショップ形式で、対話型で、という研修でも、例えばワークショップの結果が尊重されない場合も少なくない。
結果を発表しても、それに対するおざなりなコメントだけで、お仕着せの説明や、まったく関係のないワークショップが始まったりする。
これなどは、本来のワークショップによる参加型学習の効果を大きく損なっていると考えてよいだろう。

良い意味で予想を裏切られることは、私にとっては大きな喜びにつながる。
「人間はすごい」と思えることは私の仕事の大きなモチベーションになっているからだ。
これまで何度も、そのような喜びと大変さを味あわせてもらってきた。

予想外を楽しみ、対応ができるように準備をし、びくびくしながら現場で必死に考えているのが、講師の私の姿なのだ。
だから 「けんしゅうこわい」 なのである。

まんじゅうこわい、という落語の演目がある。

「恐いものはまんじゅう」と言った男が、友人たちからまんじゅう責めにされて「うますぎてこわい」と言いながら全部平らげてしまった。というような話である。

私にとっての「けんしゅうこわい」も同じようなものだろう。
違うのは友人たちが「ほれこわいか、ほれこわいか」と言って、研修責めにしてくれないことぐらいだ。(してくれたらうれしいのだが)

落語での「落ち」は、ひっかけられた友人たちに、男が「本当に恐いものはなんだ?」ときかれて「濃いお茶が一番恐い」と言うものだ。

さて、私の「落ち」はなんだろうか。

残念ながら、私はまだまだ満腹になるほど研修をしていない。
これから先、満腹になるかどうかも分からない。
そして、きっと満腹にはならないだろうという予感もする。

だから、私の話には「落ち」がない。

「落ち」がないまま、ずっと「けんしゅうこわい」と言い続けていたい。

Takanori

指導と体罰の違い?

先日、子どもの育成に関するグループの指導者講習会の講師をさせていただいた。

その講習は「教えないで教える」をテーマに「使ってはいけない言葉」「使いたい言葉」という話をさせていただいたのだが、終了時にアンケートをお願いしてご記入いただいた。

その中の一枚に、研修を希望するテーマとして「指導と体罰の違い」というのがあった。

最近、体罰の問題がクローズアップされており、タイムリーな話題であるので、少し触れてみたい。

まず「指導」についてだが、これはそれほど難しくはない。

与えるべきスキルを指導者が想定し、子どもにそれを身につけさせて、場合によっては想定を越える結果を引き出せば良いのだ。
具体的な手法としては、一般的なスキルコーチングの基本的な手法である、観察、分析、メニュー化、実施、のサイクルを根気よく繰り返しつつ、適切な言葉をかけることだろう。
そしてできるまで待って、できれば、きちんと認めてあげることである。

ここで、大切な事は、子どもを伸ばしたい、成長させたい、という気持ちが根本であることと、できるようになるまで待つことである。
あくまで子どもが主役であり、指導者はそのサポート役でなければならない。

これが基本的な「指導」の考え方である。

次に「体罰」であるが、なぜ「体罰」がなぜ起きるのだろうか。

よくインタビューなどでもあるが「つい、かっとして」という表現がよく使われる。
「何度言ってもできないので・・」というのが付いてくる場合もある。

気が付かれたであろうか。

これらの言葉からは「指導者の感情」しか見えてこない。

「こんなに教えてやってるのに、なぜできないんだ!」
「言われたとおりにやってみろ!」

すべて、指導者の感情から出ている言葉である。
ここでの主役は指導者で、指導されているはずの子どもは、指導者の道具になってしまっている。

子どもの成長と感情を第一に考えない指導者は、もはや指導する人間ではない。

「厳しくしなければ、言うこと聞くわけない」
「厳しくしなければ、厳しい練習に取り組んでくれない」

悲しい言葉である。

指導者自らが「子どもに信頼されていません」と言っているのだから。

子どもが一生懸命やらない。

それはその指導者が信用されてないからだ。
子どもに「やりたい気持ち」を持たせてやれないからだ。

だから、恐怖で支配して、自分の思い通りに動かそうとする。

こんなのは逆立ちして100歩下がっても、指導ではあり得ない。

大人が勝ちたいために子どもを道具に使っている例が、世の中には沢山ある。
私も沢山見てきた。
周りの大人から評価されるためには、大会を結果を出さないといけない。
そのためには体罰を使ってでも子どもに練習させて勝とうとする。

不幸なのは子どもである。

最初の問いは「指導と体罰の違い」であったが、答えは簡単である。

「指導」は子どものため。

「体罰」は自称指導者のエゴのため。

両者を並べて論ずること自体が間違っているだろう。
「体罰」は指導ではないのだ。

「子どもが主役であること」これが指導の最低条件である。

指導に関して、叩くことが許されるシーンはない。

指導のためと理由をつけても手を出したら、それは間違いなく体罰という名の暴力であることを忘れてはいけない。
言葉で傷つけることが、叩く以上にひどい暴力になることも、同じく忘れてはいけないことである。

Takanori

口コミ掲示板始めました。

自分の会社のホームページ( http://www.technosense.co.jp ) に口コミ掲示板を設置しました。
直接的には http://www.technosense.co.jp/kuchikomi.html からご覧いただけます。
これまでも、アンケートなどでいただいたお客様の声は載せていたのですが、全てを載せるわけにもいかないために、一部だけを掲載することになってしまいます。そのため、どうしても「良いものばかり選別して載せているのでは」という「疑惑」が残ります。

実際にひどい批判やクレームはないのですが、ほんとうかどうかは、実際のアンケートをご覧いただくしか証明のしようがありませんし、そのままお見せすることはセキュリティの問題もあり、難しいところです。
(スキャンして問題ないところだけお見せすることはできると思いますが、作業量やセキュリティの面などからちょっと躊躇しているところです)

そこで、公開を前提として「口コミ掲示板」として直接ご意見をいただければ良いのではないかと考えたのです。

正直に言うと、研修の受講者からの口コミ掲示板を自社で作るというのは、かなり怖いことです。

残念ながら、研修では100%の成果は望むことはできません。
時間の制約など、種々の事情により、本来やりたいことができないこともあります。

研修をする側がベストを尽くしたとしても、受講者の方にご満足いただけないことはあるでしょう。

私の勘違い、受講者の方とのミスマッチなど、研修が受講者の方にとって満足できないものになる可能性は、それこそ星の数ほどあります。
そのようなご満足いただけなかった受講者の方からは、恐らく批判的な書き込みをいただく事になるでしょう。

もし、ご意見をアンケートでいただいて、載せる分を選ぶことができれば、そのようなご批判は表に出さずにすむかもしれませんが、口コミ掲示板では、それは不可能です。

研修会社で「生の口コミ」を出しているところがほとんど見当たらないことからも、どれだけ怖いことかおわかりいただけると思います。

ですが、この口コミ掲示板は、私の実施する研修のもっとも客観的な評価になるはずです。

私はAmazonなどのネット通販をよく利用します。

そこで、もっとも参考にするのは口コミです。
中には「これはクレーマーだな」と思われるものもありますが、全体を見ると、その商品の善し悪しがくっきり見えてきます。
良いものは良い、悪いものは悪い、というのがはっきり分かるのです。

同じように、私の実施する研修を商品として、受講されていない方にも、善し悪しがはっきり分かるようにしていきたいのです。

そのためには、私が選んで載せる感想ではなく、受講いただいた方の生の声、口コミがもっとも効果的でしょう。

ぜひ、私の研修を受講していただいた方に、率直なご意見、ご指摘をいただきたいと思います。

また、こんな研修を受講したいというご意見も大歓迎です。
いただいたご意見を真摯に検討し、実施できるように企画、準備を進めていきたいと思います。

過去に私の研修を受講していただいた方からの書き込みもお待ちしていますし、Facebookをご利用になっていない方にも、ご案内いただければ、と思います。

なお、掲示板は「スパム的なもの」以外は意図的に削除しない運用とする予定です。

私からの返信もさせていただくつもりですので、コミュニケーションの場にもできるといいな、と考えています。

Takanori

変われるものと、変われない人

昼食に「マルちゃん 正麺 塩味」というインスタントラーメンを食べた。

どなただったかは忘れたが「美味しい」という話をうかがっていたので、コンビニで見かけた折、購入してみたものだ。
商品自体の売りは「完成!生麺うまいまま製法」ということで、麺の食感らしい。

私はラーメンは好きだが、インスタントラーメンはほとんど食べない。
今回も何年ぶりか、に食べた気がする。

味は、普段店で食べているラーメンに及ぶべくもないし、生麺(風)とは言っても、乾麺であることは明白である。

だが、今回は少し驚いた。

袋の中に入っている乾麺の形が「丸い」のだ。

今までの私の知っている乾麺は袋の形のままの四角で、一部どんぶりで戻すようなものを除けば、丸い形の乾麺は見たことがなかった。

だが、丸い麺であれば、小さな鍋でも楽に調理ができる。
今まで、所定の量の水を入れて、四角い麺の上面が水に浸らずにいらいらした経験がある人なら分かってもらえると思うが、四角い形に鍋を合わせると、水の量との兼ね合いが難しい事が多かったりしたのだ。
でも、丸い麺なら、小さい鍋で、深い水の中で麺をゆでることができる。

素晴らしいユーザビリティである。

50年を越えるインスタントラーメンの歴史の中で、けっこう大きな出来事ではないかと思うのだが、これまで当たり前だと思ってきたことでも、まだまだ変化の可能性はあるんだな、と妙に感心してしまった。

話は変わるが、先日の研修の中で、多くの方が「変わりたい」「行動を意識したい」というアンケートを書いてくださった中で、一人だけ、「時間が長かった」「もっと短くして欲しい」という意見をいただいた。
もちろん、研修で常に100%の効果など望むのは無理なのだが、他の方に書いていただいた内容と比べると、どうも最初から「こんなことしても無駄」という意識を持って参加されているのではないかと感じられてしまった。
自分を振り返ってみることが研修の主な内容であり、参加されたある指導者の方は「楽しかったのですが、ぐさぐさきました」と言ってくれている。
それが「早く終わって欲しい」という感想になっているのだから、あながち私の思い込みでもないだろう。
もちろんその意識を替えられなかった私の力不足は反省しなければならないが、最初から反感を持ってこられている人の意識を変えるのは、実のところなかなか難しい。

この方は指導者であると思われるが、自分の指導の形によっぽどの自信があるか、それを揺すぶられるのがいやで避けていたか、ではないかと思われる。
これまでも指導者の指導をする中で、そのようなシーンはたくさん見てきた。

また、先日、仕事関係の打ち合わせをしている中で「新人研修には奇抜な提案は受け入れてもらえません」という話を聞いた。
私の研修は、決して奇抜なわけではないのだが、学校のように伝統的な「教える」教育をするわけではないので、奇抜、ととらえる人もいるのかもしれないと思って聞いていた。

新人研修で冒険をしづらいというのは理解できる。

ある研修会社では30日程度の研修で一人当たり60万円、という話を聞いたことがあるし、他には一日に100万円を越える金額を請求したりするところもあるらしい(うちの数倍である)。
新入社員が20人もいれば、1200万円から3000万円という、大きな金額がかかるのであるから、昨年実施して評価も済んでいる研修を実施したい、と考えるのは、研修の担当者として当たり前の事であろう。

さらに、研修では講師の個人の資質がやはりどうしても重要になるので、大きな問題がなければ、前回お願いした講師で、というオーダーが付くのも当たり前のことなのだろう。

そして結局、始めたときのまま、ずっと同じ形の研修が続いていくことになる。

だが、考えて欲しい。

同じ金額をかけて(私のところならもっと安いが)より良い教育をしないのであれば、その効果の差分を毎年捨てているのと同じなのではないだろうか。
同じお金を使うなら、より効果の高いものを目指すのが、本来の姿なのではないだろうか。

インスタントラーメンの50年続く歴史の中でも、まだまだ変化を起こそうという動きがあるのに、「学ぶことをやめたら教える事もやめなければならない」とまで言われる指導する人間の意識は変わっていかない。

変わっていけるものと、変われない人。

変化を恐れて、よりよいものから目を背ける人は、ひょっとしたらインスタントラーメンに負けているのかもしれない、とラーメンをすすりながら考えた次第である。

Takanori

1時間半でコーチングを伝える

「子どもクラブ育成会」という、いくつかの少年スポーツ団体が加盟している団体から1時間半の指導者講習の講師の依頼をいただいた。

テーマは「教えすぎずに子どもに気付かせることが大切!」だそうで、つまりは「教えないで教える」というテーマについての研修としてほしいとのことであった。

さらに「何か変化が生まれるようにしたい」という注文もついていた。
そして「内容はお任せします」。

1時間半というのは黙って話を聞いているだけなら、かなり長い時間で、眠らさないのは難しいだろうが、ワークショップなどを取り入れた研修の時間としては、かなり短い。
普段やっている丸一日の研修であっても「あっという間だった」という感想が上がってくるぐらいなので、1時間半で参加型で、と考えていくと、けっこう頭が痛いのだ。
1時間半といっても、講師紹介などを含めると、実質1時間15分ぐらいである。
さらに厳しい。

しかし、変化を生むには「参加型」でなければならない。
話を聞いただけでは人は変わっていかないことは、これまでたくさん経験をしている。
そもそも話だけでは「聞いてさえもらえない」ことも多い。

そうなると「何を伝えるか」というのをぎりぎりまで絞る必要がある。

絞って、それが「教えないで教える」「育む」ことにつながり、なおかつ1時間半で意識を変えるぐらいの体験をできる形にしなければならないことになる。

このような条件の下に考えて出した結論は「子どもを潰す言葉を使えなくしよう」であった。

言葉を使うときに、子どもの気持ちを考えることができるように。
言葉を使うときに、内的なモチベーションを高めることができるように。

この2つができれば、基本的なコーチングにつながるのではないかと考えたのだ。
そのためには、子どもの内的モチベーションを下げてしまう言葉を使いたくないようにしてしまえばいいはずである。

そんなことを考えながら研修を設計して実施した。

参加してくれたのは60名弱の主として子どものお母さん方であったが、終了後に書いていただいたアンケートに次のような言葉があった。

「指導者の方、全員に参加して欲しいと思いました。」

今だから言えるが、前の日は緊張してあまりよく眠れなかった。
時間ぎりぎりの中で伝えられるだろうか、というのは最後まで不安だった。

だが、この言葉で「伝わったんだな」というのを感じることができた。

1時間半の中に、グループワークを6回ほど入れた。
発表の時間を確保するのもままならない。
それでも、急いでは意味がない。
そんな中で、グループワークでの話し合いの流れができるだけ同じようになるように配慮して効率をあげたり、楽しみながらその流れに慣れるような工夫もしてみた。

効果はあったようである。

一生懸命やれば、きちんとフィードバックをもらえる、というのはこの仕事のいいところである。
また、新しいことに挑戦することで私の「引き出し」も少し増やすことができた。

このような私自身の成長の機会をいただけたことに、心から感謝したい。