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Takanori

育てる人を育てる

先日の、講師育成への参加がなくなったことを契機として次のステップをいろいろ考えているのだが、やはり私がたずさわりたいのは「育てる人を育てる」ことである。

講師はまさに「人を育てる人」であるし、ラグビースクールのコーチもまた「育てる人」でなければならない。
学校の教師もそうだし、家庭の親もそうだ。

それらの「育てること」が必要な場において「育てられる人」を増やしていくことが、多くの人の幸せにつながるだろうと考えている。
私だけがどれほど頑張ったとしても、直接触れられる人はそれほど多くはないが、育てる人を育てれば、間接的に多くの人に触れることになる。

そこで、まずは、昔からやりたかったことの一つである「社内講師の育成」を実現していきたい。

社内講師育成のおすすめ(PDF)」

(興味がありそうな方にお渡しいただければ幸いです。)

研修の内製化、社内講師の育成の需要は間違いなくあるが、1ヶ月以上かけて講師スキルを定着させようというような講師育成研修はほぼ存在しない。
今年までたずさわっていた講師育成研修も、仕事をいただいていた研修会社のカリキュラムを遂行することが主目的であるので、本来必要である「カリキュラムの作成スキルの習得」のような内容は含めていなかった。

それらを含め、本気で「研修を作り、実施する知識とスキルの習得」を目指し、自立して研修を企画、実施できるようになる研修を行いたい。
資料の中にも書いたが、社内講師ができれば多くのメリットがある。
逆に、社内講師ができてしまうことは、ノウハウの流出、顧客の自立など普通に考えればデメリットだらけである。

だが私の目的は「人を育てる文化の普及」なので、自立して人を育てられるようになってくれればいいのである。
「もう自分達でできるから大丈夫です」と言ってもらえたら、それが一番なのだ。

ノウハウの流出も、顧客の自立も、目的にかなっているのだからデメリットにならない。
実現までは、育てるスキルに関する啓蒙、周知、説明、受注、会場確保、カリキュラムの作成、実施など多くの道のりがあるが、残念ながら研修会社にとってのデメリットが多い研修を、普通の研修会社と一緒に実施することは難しいだろう。

この研修を行うためにはビジョンの共有が欠かせない。
「人の力を引き出すことで、日本の教育を変えていく」というビジョンである。
ぜひ、そのようなビジョンを共有できる仲間と、顧客の自立が目的である、という研修を創りあげていきたい。
そのような研修を受講したい方、一緒に研修を創りあげてくれる方を大募集である。
Takanori

講師育成で目指したもの

先のブログで、4年続いてきた講師育成が途切れることになった、という記事を書いた。
私が取り組んできた講師育成研修についてこれまで何度か書いてきているが、あらためて簡単にまとめてみたい。
●講師育成で目指すもの
私が講師育成研修で目指すのは、ただ研修を上手に終わらせることができる講師を育てることではなく、受講者の成長を真摯に願いそのための研修を行える本当の講師の育成である。
だから、画一的な説明の仕方を教えたりするのではなく、人を育てる講師としてのモチベーションや意識を持ってもらい、受講者に合わせて必要な対応がとれるように、テキストの読み取りや説明の組み立て、話をするスキルなどの基礎スキルの習得を主たる目的としている。
また、教えこむのではなく、自主的に学んでもらうためのモチベーションをどのように引き出すか、自主性をどのように引き出すか、ということについても学んでもらうのも重要な要素である。
講師スキルを、ただ「上手に説明する」スキルととらえるのではなく、チームをマネジメントし、チームとメンバーを成長させる幅広いヒューマンスキルとしてとらえることで、多くの気付きと学びとスキルアップをしてもらう。
そして、本質的な人の成長に関与し、促すことができるようになってもらう。
これが、講師育成で目指すことであり、サーバントリーダーのあり方そのものである。
●目指す成果
すべての人が1、2ヶ月の学習で完璧な講師になれるものではない。
話す力、聴く力、質問する力、質問に対応する力、対象を分析する力などなど講師として必要な、もしくは望まれるスキルは多岐にわたる。
これらを1、2ヶ月という期間ですべて「できるようになる」のはむずかしい。
だが、全く成長しない人、変化しない人もほとんどいない。
講師としてのスキルが十分につかなくても、今まで持っていた思い込みに気付いたり、人やチームの力を信じられるようになったり、他の人のために働きたいと考えるようになったりする。
人が変わったんじゃないか、と思われるような変化を見せてくれる人もいる。
人は何かを言われて変わることはない。
人が変わるには、自らの気付きが必要だ。
その気付きを得てもらい、より良くなりたいと思うようになることが、本当の目指す成果である。
それにより、人は変わり、行動も変わっていく。
●知識ではなくスキル
大切なのは100個の「知っているけどできない」ではなく一つの「できる」である。
「知っているけどできない」では次につながらないが、一つの「できる」は次の99の「できる」につながっていく。
「知っている」のためなら、本を読めばいい。
だが「できる」のためには、試行錯誤と訓練が必要である。
人の成長速度はみんな違う。
できることも、できないこともみんな違う。
すべての人が研修中に同じゴールにたどり着く、というのは、よっぽど低いゴールでなければ不可能である。
時間いっぱい、それぞれの人が持つ伸びしろを伸ばそうと思えば、達成するゴールは違わざるを得ない。
それぞれが自分の「できる」を作り、チームとして助け合いながら1つの「できる」を2つ、3つと増やしていく試行錯誤と訓練を続けられる環境を作ることが、サーバントリーダーとしての講師の役割である。
●成長へのモチベーション・渇望
研修の中での成長も大切だが、もっと大切なのは研修後に続けて成長できるかどうか、である。
研修において、終了後にも続くモチベーションを残さなければ、研修後の成長は望めない。
「やっと終わった」ではダメなのだ。
「もっと続けたい、学びたい」という気持ちのまま終われるような研修でなければならず、それは課題を全部終わらせておしまい、という研修からは生まれづらい。
まだ上がある、先がある、というビジョンに加え、それを目指したいという気持ちが残せるかどうかは大切なことである。
●教える、からの脱却
すべての講師がすべての最新の技術的な内容に精通することは不可能である。
得意分野があったとしてもすぐに古くなる世界であるし、それは技術の世界に留まらない。
学んでもらいたいことは常に変わり続ける。
そんな環境にあって、知識を「伝えること」は講師の役割ではなく、最新の書籍、ネット上の最新の情報の役割である。
講師の役割は、教えてもらうのを待つだけでなく、自ら調べ、考え、試行錯誤し、検証できる人を育てることである。
すべての分野にあるだろう「基本的なこと」は効率よく説明し理解させればよいが、それだけではなく、講師は「教える人」ではなく「育つのを支援する人」であり「道を示す人」でありたい。
○チーム活動の支援
これはこれまでの講師育成の中では制約があり十分にはできなかったことであるが、現場の講師として必要なスキルである。
多くの研修においてグループワーク、ワークショップが取り入れられている。
だが、参加してみても「これでは気付きを生めないな」と思われるグループワークも多い、というか、なかなか「これは!」というワークショップにはお目にかかれない。
ワークショップは「すればいい」というものではない。
ワークショップを効果的に実施するには、目的設定、分析、課題設定、インストラクション、観察、調整、クロージングという段階を踏む必要があるが、適切でない課題のやりっぱなしのワークショップも多い。
また、議論を促すファシリテーションの力もチーム活動の支援に必要である。
これらのワークショップを実施する力、ファシリテーターとしての力も行使として求められるものである。

これらが、私が行ってきた講師育成で目指していること、そして、目指したいことである。
読んでいただいても分かると思うが、講師育成は講師そのものの育成としてももちろん機能するのだが、そのままマネージャの育成にもなっている。
これは、これまでの経験から自信を持って言える。
このような学び、成長を促すスキルを活かし、共に活動できる仲間を求めたい。
私自身の希望は、上記のようなことがあたりまえになるように「人を育てる文化を普及させること」であるが、このような研修と実践を体系的に行っているところはそれほどない。
講師育成としてやっているところもないし、管理職研修として見ても、新人研修の講師として活動することで実践訓練が行えるような場が用意されているようなこともない。
だから、今、これを行えば、間違いなくオンリーワンになれる。
ビジネスとしても魅力があるのではないかと思えるが、講師としてはともかく、プロデューサーは私の器ではないことは自認している。
1~2ヶ月みっちり集合研修。
 終了後、講師として1~2ヶ月程度の新人研修の現場で活動。
 新人研修後は、希望者には上記のような内容を含む管理職研修を実施できるような、さらなる講師訓練の場を設ける。
 設定した講師基準をクリアした方には、それらの管理職研修をお願いする。
 講師として活動しなくても、マネージメントスキルは確実に向上する。
こんなことが実現できたらよいなと考えている。
このような研修を受けた講師から学ぶ側にもメリットはある。
多くの研修、特にIT研修では、普通の技術者が教え方を学ばずに現場に出ていることが多い。
その結果、残念ながら講師がいなくても学べるレベルの技術的な成長に留まっていたりする。
知っている人が育てられる人ではないのだ。
だが、教え方、育て方を学んだ講師であれば、チームで働くスキル、コミュニケーションスキル、モチベーションなど技術以外の分野での成長を期待することもできるだろう。
念のため、私が行っている教育は、決して特別なものではない、ということをお伝えしておきたい。
こういうのも変だが、私の行っていることに、目新しいことはなにもない。
NHKで紹介された「○○白熱教室」、茂木健一郎氏の「育ての極意」、上越教育大学西川教授の「学び合い」、コーチング、ロジカルシンキング、アウトプット重視、コミュニケーション、モチベーションドリブン、インプロビゼーション、ほめて育てるなどなど、いろいろなところで「こうあるべき」「効果がある」とされていることをコーチングの考え方を軸に体系化し、ていねいに効果的と思われる方法で実施しているだけである。
決して、トリッキーなことをしているわけではなく、スタンダードであるとさえ思っている。
もし、私の行っていることが、斬新に見えるのであれば、多くの現場で行われている「教えれば分かる」式の昔ながらの古い学びの形しかご存じないだけであろう。
私の強みは、細分化して発展している育てる技法を、横断的に見て体系化していることだとは思う。
しかし、これは遠くない将来、スタンダードになるはずである。
いわば、ネクストスタンダード、である。
ネクストスタンダードをスタンダードにすることが、私の目標である。
繰り返すが、一緒に歩んでくれる仲間を求めたい。
私のスキルと知識を使い、日本を変えるプロデュース、コーディネートをしてくれる仲間がいてくれたらうれしい。
Takanori

挑戦

今年まで4年にわたり(実際にはその前もあるので5回)実施してきた講師育成であるが、来年は自社主導でやるので、という連絡をいただき、担当しないことになった。
研修の講師という仕事は特殊な仕事で、教える内容から教え方まで、担当する講師に依存することが多い。
違う言い方をすると、たとえ同じカリキュラムであっても、担当講師が変われば、研修の内容が変わってしまう、ということである。
だから、講師の側の都合で、評価をいただいている研修を断る、というのは迷惑をかける行為になり得る。
そのため、継続の依頼を断らないのは、講師側からの「継続の義務」だと考えている。
新人研修でも、基本的にリピートをいただけることが多いのだが、社内政治の問題(グループ内の研修会社の利用、同じ研修会社を3年以上続けないというルール)、採用の問題(新規採用無し)などにより途切れることがある。
これまでも、それらの「途切れた時」が、新しいことを取り入れたり、チャレンジしたりするチャンスになってきた。
講師育成では、私の作ったコンテンツ、カリキュラムに基づき運用を実施し、導入、意識の変革、誘導、訓練とそれらに立ち向かうモチベーションの向上と維持、気付きを生むためのワークとその実施、つどつどのコメントの精度と全体に対する観察などなど、私の持てる講師スキルとノウハウを総動員して実施してきた。
その結果、研修を受けた人、研修を受けた人の所属組織からもそれなりの評価をいただいてきたと思っているし、外部から管理職研修として講師育成を受けさせたい、という要望が出てきていたという噂も聞いた。
もともと、講師スキルの多くは管理職スキルとかぶるので、それを実践的に訓練できる研修は、間違いなく、管理職研修としても有効であろう。
今回、講師育成から外れるというのは、それらを「社内のコンテンツにしたいから」という理由で私の関与をなくして研修会社独自で行う、ということであり、私の「継続の義務」がなくなったことになる。
つまり、コンテンツ、ノウハウ、伝えるべき内容、方法論のすべては私の手元にあり、私自身はどこでもそれを実施できる自由を得たのだ。
実施のための方法論も確立できているので、繰り返して実施することもできるし、今年の研修以降に新しく学んだ要素も加え、より精度の高い学びも実現できるだろう。
継続は鍛錬の時だ。
これまでの4年の講師育成の中でも多くのことを学んだ。
そして、変化はチャレンジの時である。
これまでの講師育成が途切れるこの機会を活かして、次のステップを考えたい。
Takanori

グループワークによる研修の作り方

私の研修では、IT系の技術研修であってもグループワークを多用する。
なぜなら、その方が学習効率がはるかに高いからである。

私はグループワークにより研修を構成することに慣れてしまったので、もうそれほど難しいことだとは感じないのだが、はじめて取り組む人には難しいことだろうとは思う。

難しいと思う人に少しでも役に立てるように、今回はグループワークによって研修を考える際の考え方を簡単に記したい。

グループワークにて構成する研修では、次のような流れで考える。

1・学んでもらいたいことを分解、分析する。
2・学んでもらいやすい流れを考える。
3・気付いたり考えてもらえる課題を考える。
4・課題を実施した際の展開をシミュレーションする。
5・シミュレーションの結果から課題を修正する。
6・適切なインストラクションを考える。

そして実施する。

7・グループワーク中の様子を観察し、問題あれば修正する。
8・グループワークの結果から学んでもらいたいことを伝える。
9・結果を検証して記録に残す。

実施が終われば振り返りである。

10・発表、振り返り、強調など

1の「分析」がグループワークの成果を決める上で重要である。
例えば「話せるようになる」を研修の成果として考えた場合には、「話せない原因は何か?」「その原因は本当に唯一の原因なのか、他にはないのか?」「原因を克服、もしくは他の方法でカバーするにはどうするか?」など、必要な要素に分析し、対策を考える。
この時点で的を外してしまえば、グループワークの意味がなくなってしまう。
実際には、分析ができないようでは、教えること自体もままならないはずである。

3の「課題を考える」はアイデア勝負である。
瞬間でアイデアが浮かぶ場合もあるし、そうでない場合もある。
そうでない場合には、1日も2日も3日もかかることがあるが、ここで手を抜くと期待した成果が上がらない。
既存の課題をカスタマイズしたり組み合わせて使うこともある。
分析を元にした自由な発想がここでは重要である。
グループワークの実施には、実施に向けてのインストラクションが欠かせない。
6の「インストラクション」ではそれを検討する。

グループワークの種類や、参加者の人数や状態によっても導入インストラクションの方法は変わってくるが、だいたいの流れはある。

1・最初に質問をして興味を引き出し、質問を繰り返しつつ興味をより対象に向ける。
2・希望などとからめて目的を与えモチベートする。
3・グループワークの内容を正確に伝える。
必要ならば、何度か言葉を変えつつ繰り返す。
4・質問を受け付け、曖昧な点をなくす。
5・納得できる時間の設定を行う。
6・焦らすようにしつつ開始。

これは私が無意識に行っていたことを簡単に分析した結果である。なので他にもパターンはあるのだろうが、最もポピュラーで応用が利くように思える。
10の「発表、振り返り、強調」をきちんと行うことで、グループワークの成果を活かせる。
この「グループワークで出てきたもの」のハンドリングには分析の結果、また、分析に利用した知識などが必要になる。リアルタイムでの判断も必要になるので、神経を使うところである。
だが、ここがうまくできないとグループワークだけで研修を構成することは難しい。
他にも、1の前にどんな話しから入るのか、なども重要な要素である。
結局、精度の高い分析スキル、雰囲気を作れるスピーチスキル、場とのセッションを維持するスキル、グループワークの状態の観察スキルなどの各種スキルが必要になるのだが、これらをクリアしてぴったりはまったグループワークができると、驚くほどの成果が上がる。

その成果を見てしまうと、もっと広く、もっと深く、を目指す学びの場を創りたいという欲求が湧いてくる。
先日はインプロの要素を取り込んだグループワークにも挑戦した。
結果は、設計、実施した私が驚くようなものだった。

やはり原理原則は裏切らない。
基本に則って、ひとつひとつをきちんと実施することが、最大の成果につながるのだというのを強く感じることができた。

不安の中のチャレンジではあったが、チャレンジしたことによって、少し「広く」を進めることができたように思う。

Takanori

講師育成はマネージャ育成と同じ

今年も講師育成研修に携わる機会をいただいた。

講師育成のカリキュラム設計や実施スキルは、そのままマネージャや教師など、人を育てたり、チームを運用したりする人を育てる研修に適用可能である。

講師育成研修では、方針の決定、カリキュラムの作成、講師育成を担当する講師の育成、意識付けの研修実施、実施中の他の講師へのフィードバックやアドバイス、参加者のモニタリングなど、全般に関するマネジメントを行っているが、その中で、人の意識を変えていく研修のあり方について、方法論としてある程度確立できたと考えるようになった。

また、それを担当する講師に必要なスキルについても、かなり明確になってきた。
もちろん、講師の仕事に100%はないので、さらに学び続けることになるが、現時点である程度の成果を「見込める」ようになったと判断してもよいと思う。

これまで、その方法論で構成された講師育成研修に参加してくださった方の中には、研修での講師経験のあとに、現場に戻られて大きく成長されたという報告を受ける方が、かなりの数おられる。
現在進行中の講師育成においても、家族との関係が変わった、というお話をうかがうこともあるが、これも研修の成果の一つだと思う。

これらの経験と実績を元に、今年はマネージャやチームリーダー向けの研修を実現していきたいと考えている。

実は講師としてのスキルや意識は、そのままマネージャやチームリーダーのスキルや意識になる。

講師を「説明する人」ととらえている限り、講師とマネージャの関連性は見えてこないだろうが、講師を「研修現場の成果を最大化することが目的のリーダー」としてとらえてみたらどうだろうか。

リーダーの役割は「チームの成果を最大化すること」であり、講師の役割も「チームの成果を最大化すること」である。
成果そのものが作業の結果であったり、売上の向上であったり、成長であったりはするが、結局は、チームメンバーがその気で動くようにならなければ実現できないという点では同じことである。

だから、よい講師であるということは、よいリーダー、マネージャになれるということなのだ。

ちなみに、よい講師であるために必要なスキルを以下にあげてみる。

・観察スキル
・カリキュラム(グループワークのシーケンス)設計スキル
・ストーリーテリングのスキル
・質問のスキル
・グループワークの結果のハンドリングスキル
・学ばせたいことに対する体系的な知識
・学ばせたいことに対する学び方の知識
・即興力
・ファシリテーションスキル
・コーチングスキル
・カウンセリングに関する知識
・自然な演技力
・目的、目標設定スキル
・チームのメンバーを成長させる意思
・チームの目的を見失わない自制心
・チームを最優先に考える自制心と意思
・チームを活かす行動を起こすための自律性
・総合的なコミュニケーションスキル
・などなど

これらが備わっているのはよい講師だと考えるが、よいリーダー、マネージャにもつながることは間違いない。
これらの習得には、意識の変化、考え方の変化、そして訓練が必要となる。
講師育成研修では、実際に意識の変化、考え方の変化を生み、行動の変化につながることを実現している。
行動の変化に対応する結果は、開始2週間で、すでに参加者が認識できる形で現れている。
もちろん、チームでの学びをベースとした訓練をたくさん重ね、定着を目指している。
知識を伝達しても、意識や考え方の変化は起こらない。
訓練を重ねなければ、行動の変化の定着にはつながらない。
私の担当する研修の実施中に、それを見ていた講師仲間が言ったひと言がとてもおもしろかった。

「当たり前のことを言っている、と思っているんだろうな。」

その研修の様子をご覧になっていた別のお客さんの反応を見ての感想だが、間違いなく、私の研修では「当たり前のこと」を伝えている。

本やネットを見れば書いてあるようなことだけである。
特別なことも、楽をするための技法も伝えてはいない。
時間もかかる。
話すだけなら30分もあれば終わることを、1日かけて伝える。

だが、参加者の、意識が変わり、行動が変わる。
そんな研修を一緒にやっていただける方がおられれば、ぜひご連絡をお願いしたい。

2週間~4週間程度の長期の研修を想定しているが、これまで意識が変えられなかったことは一度もない。

だが、私は集客が得意ではないし、講師のスキルを高めることにエネルギーを使いたい。

見ていた方や受けていただいた方には「必ず需要がある」と言われるが、今の日本にはない研修のため、言葉で説明して理解してもらうのは難しい。
だから、一緒に広め方を考えてくれるところからでもよい。

講師スキルを学びたい、でもよいし、意識の変わる研修を広めたい、でもよい。

一緒に歩いていただける方を増やしていきたい。

Takanori

2年目の油断

今年も1月末から講師育成研修に携わっているが、3月になると「2年目の油断研修」というのを行うことになる。
はじめて研修会場に赴く新人講師の方ではなく、2回目、3回目となる講師の方向けの研修である。

講師業をはじめて最初の研修がうまくいった方が、2年目、3年目に失敗する例が後を絶たない。
それを防ぐための意識付けの研修である。

1年目がうまく行ったのに、なぜ2年目以降で失敗してしまうのか。

多くの場合の原因は「手抜き」である。

1年目にうまく行った理由は、受講者の為に一生懸命に工夫し、受講者のことを観察して行動したことだろうが、2年目では「去年できたから大丈夫だろう」と「一生懸命」をなくしてしまうのだ。
そして、成功した経験に依存するようになる。
成功した経験に依存し、工夫をせずに同じことをする。

だが、研修は、例え同じクライアントが会社であったとしても毎年違う。
人数が違うこともあれば、会場が違うこともある。
もちろん参加者の個性は毎回違う。

その違う研修で、前回と同じことをやってうまくいくわけがないのだが、「一生懸命の工夫」が欠けることで経験に依存してしまい、参加者にマッチしない研修となり、失敗してしまう。

もう一つの重要な原因は、不安である。

不安なので、成功体験にすがろうとする。
結果として、成功したと認識している「前年と同じこと」をやろうとするのだが、参加者が違う以上マッチしない。
結果、研修が失敗してしまうのだ。
大丈夫だろうという油断、不安から来る成功体験への依存、これらはどちらも「今いる参加者」を見ての工夫がない状態である。

実際に、毎年同じように参加者を観察し、マッチするような研修を組み立てることはたいへんなことである。
だから、手を抜いたり、成功体験に依存したりしたい気持ちも分からないではない。

でも、成功体験への依存ではうまくいくわけがない、というのを納得してもらうのが「2年目の油断研修」である。
今年も、今いる参加者をしっかり見て、研修を組み立てる必要がありますよ、に納得してもらうことが目的である。
失敗した後に「今年は参加者のレベルが低くて」という言い訳をする方もいる。
あえて、講師とは呼ばない。
研修の失敗を参加者のせいにするのは講師ではないからだ。
「研修が失敗したら講師のせい。
研修が成功したら参加者の頑張りのおかげ。」
講師はこの気持ちを忘れてはいけない。

Takanori

レベル分けグループについて

技術系の新人研修などでは、よく「レベル別のグルーピング」が行われる。
開始時、もしくは適宜テストなどによりレベル分けをして、レベル毎にグルーピングをするのだ。

新人研修などでも、お客さんから「レベル別のグルーピングをしてほしい」という依頼を受けることがある。
理由をうかがうと「みんながやる気になるから。」というような理由であることが多い。

今回はこの「レベル別のグルーピング」について考えてみたい。
「レベル別のグルーピング」を行う理由は次のようなものだろう。

1つには、グループ内部での情報交換をしやすくなることがあげられる。
似たようなレベルのメンバーがいることで、教え合ったり、一緒に考えたりしやすくなることが期待できる。

また、よりレベルの高いグループになりたいために、モチベーションが高まることも理由の1つだろう。
特に上位レベルのグループにはそのような傾向が見られることが多い。

一般的には、これらがレベル別のグルーピングを行うメリットととらえられるだろう。
では、デメリットはどんなものがあるのだろうか。
・下位レベルのグループのモチベーションが上がらないことがある。

下位レベルのグループには「どうせやっても上には行けない」という気持ちになりがちである。
上位グループの進み方が早くなることも多く、上位に上がることはなかなかむずかしいために、特にレベルの低い人が「どうせだめなんだ」と思うことが多くなる。

・評価基準が「技術スキル」のみになりがち。

上位グループにいることが「善」となり、他の要素が評価されづらくなる。
技術スキル以外に何か問題があったとしても「技術スキルがあるからいいだろう」という判断を自他共にしがちになる。

・レベルが異なるグループ間に隙間ができることがある。

上位グループと下位グループの間だけでなく、それぞれのグループ内の上位と下位でも心理的な隙間ができることがある。
技術スキルのみに従った「階級」ができてしまう、とでも言えばよいだろうか。
チーム一丸となって、という形にはなりにくい。
これらに加えて、実は、最初にメリットのように書いた「グループ内の情報交換」、「モチベーションの向上」ももう少し分析する必要がある。
「グループ内の情報交換」だが、教えることにより自分のレベルが下がることは避けたい心理が当然のように働く。
教えているようだけど親身になっては教えていない、もしくは、教えない、という状態になることがある。
それぞれのグループの中でも上位レベルのメンバーだけが話し合っている、というシーンができたりする。
結果として、チームの成果、という発想が芽生えないために、せっかくの学び合いのチャンスをなくしてしまうことになる。

「モチベーションの向上」は見られるのだが、それは「下のレベルに落ちたくない」「上のレベルに行かないと不利だ」という心理がベースのモチベーションになりがちである。
これは、例えば、頭に銃を突きつけられて「やらないと撃つぞ」と言われているのと同じ種類の外的モチベーションになる。
「やりたい」「できるようになりたい」という内的モチベーションではないために、レベル別のグループ、というモチベーションの源がなくなった段階でモチベーションもなくなってしまう。
そのため、研修後のモチベーションの継続が難しくなる可能性が高い。
新人研修で目指す成果のうち、「チームで働くスキル」の習得というのは大きなウェイトを占めると私は考えている。

チームで働くには、メンバーのよいところを認め合う、という要素が欠かせないのだが、レベル分けをしたグループによる研修では評価基準が技術スキルに偏りやすく、技術スキルは高くないがリーダーシップが高い、というような評価がなされにくくなる。
ムードメーカーと呼ばれる人は基本となるコミュニケーションスキルが高いことが多いが、このようなスキルも評価対象になりにくい。
実際のところ、技術スキルは業務で触れていく中で自然に伸びていくが、チームで働く意識を現場で身につけ訓練することはなかなか難しい。
だからこそ、新人研修ではチームで働くスキルを身につけさせる必要があると考えている。
これらの理由から、私が新人研修の講師をするときには「レベル別のグルーピング」は行っていない。
レベル別のグルーピングを行うことで、新人研修で身につけてもらうべきチームで働くスキルを身につけてもらうことや、研修終了後のモチベーションにつなげることが難しくなるからだ。
レベル別のグルーピング以外に、モチベーションを上げて技術スキルを高め、加えてチームで働くスキルを身につけてもらう方法を使えばよい。

その方法とは、簡単にいえば、個の成果からチームの成果に評価基準を切り替えることである。

具体的な進め方については、また後ほど書いてみようと思う。

Takanori

たのしい、と、うれしい

これまで「研修では学ぶことが楽しくなければならない」という表現を何度も使ってきた。

このこと自体は問題はないと思う。

辛いことを我慢しながらやっていても、ろくな学びはできないのは考えなくても分かるだろう。

現実には、勉強はつらいもの、練習は耐えるもの、みたいな考え方がまだ世の中にはたくさんあるが、次第に淘汰されていくに違いない。
昨年から「勉強会(仮称)」というのを開催している。

その中で、学ぶには「楽しい」という感情が大切、ということを伝えるためにいくつかのグループワークを行った。
私は「楽しい」というキーワードが出てくればよいと考えていたのだが、「うれしい」に対する考察も行われた。

その結果「楽しい」は過程が「楽しい」であり、「うれしい」は結果的にできたら「うれしい」という分析がなされた。

それまでは私の中で「楽しい」でひとくくりにしていたのだが、勉強会のグループワークの結果によって分かりやすく整理された。
私にとってとても大きな成果であった。
講師として研修を進めていると、それこそ脂汗を流しながら苦労して課題に取り組むシーンがよく見られるようになる。
その課程は「楽しい」とはほど遠い。
だが、できたらきっとすばらしく「うれしい」だろう。

なぜそう思うのかといえば「できるようになりたいから」だ。
だから必死に苦労しながら取り組むのだ。
つまり、研修はこうやって作ればよい。

・楽しいことをする。
・楽しいことの中に学びを含める。
・楽しいけどできない経験をさせる。
・できないことをできるようになりたいと思わせる。
・できるようになるために努力させる。
・努力の結果できたことを認識させる。
・できないことを認識させ、できるようになりたいと思わせる。
以下は繰り返しである。

途中の過程にも「楽しい」を入れれば、「楽しい」と「うれしい」の連続だ。
「うれしい」がより強くなる「悔しい」も混じれば、さらによい。
さらに具体的に言えば、

・学んでもらいたいことを分析して
・楽しめる課題にし、
・それを楽しめるように導入して実施し、
・成長を実感させて、
・課題を自分達で見つけられる

ようにしていけばよい。
勉強会(仮称)では、この流れの中の「分析」と「楽しめるような導入」というのが今の課題になっている。
「分析」はロジカルシンキングがベースではあるが、アイデアも大切である。
「楽しめるような導入」というのは、場を把握した上で、感情に働きかけるようなスピーチの力が必要になる。
これまで何気なくやっていたことを、このように明確に分析できるようになったことは、私にとっての勉強会(仮称)の成果である。

「楽しい」と「うれしい」はその象徴的なことなのだ。

さて、その勉強会(仮称)であるが、そろそろまともな名前をつけてあげたい。
次の勉強会(仮称)で提案してみようかな。

Takanori

「努力は夢中に勝てない」

ある方の Facebook のタイムラインに、表題の言葉が書かれた額の画像が流れていた。

「努力は夢中に勝てない」
元陸上選手の為末さんの言葉だそうだ。

この言葉はすごい。

人を育てる我々のような人間が創りださなければならない環境を、ひと言で表してしまっている。
私はよく「講師にできるのは環境を創ることだけ」という言い方をしている。

受講者の代わりには学べないし、丁寧に説明すれば必ず理解してもらえるわけでもない。
学んでもらうため、理解してもらうためには、受講者自身が考えて理解しなければならずそれ以外の方法はない。
より多くを理解してもらうために必要なのは「学びたくなる環境」であり、それが「夢中になれる環境」であれば、さらによい。
ひたすら課題をこなすことを求めているような学びの場では、課題をこなすことが目的となっていく。
努力を強いても、人は成長するだろう。
みんなが努力もしないでそっぽを向いているよりはよっぽどましだ。
だが、強いられた努力が楽しくなければ、研修が終わることで安心し、研修が終わってからの継続は望めないし、研修中の自主的な学びにもつながりにくい。
夢中になれる環境かどうかを見分けるのは簡単である。
受講者が「課題をやりたい」と思うか「課題をやらなければならない」と思うか聞いてみればいい。
「やりたい」と言えば楽しいのだろうし、「やらなければならならない」と言うのなら、努力を強いているのだろう。
夢中になれる研修では、研修を終わりたくない、もっと続けたい、という声が出てくる。
努力を強いられる研修では、やっと終わった、という感想になる。
「やりたい」と思うためには、その課題に対して、取り組むモチベーションがなければならない。
課題に取り組むことが「自分の役に立つ」というのももちろんモチベーションになるが、「いやだけど役に立つから」というのでは「夢中」にはならない。
役に立つ、ではなくて、楽しい、嬉しい、などの感情が元になったモチベーションが「夢中」につながる。
「夢中」であれば学びが自主的になり、幅も広がり、深さも深くなる。
そのような学びは、研修が終わっても続き、結果的に定着する可能性も高くなる。
研修において「定着」は大きなテーマである、というよりも、定着しない研修には意味がない、ぐらいに大切である。
定着のためには「夢中」になれる学びの場が一つの答なのだろう。
いつまでも学び続けたい、という気持ちで終われる研修のためには、夢中になれるモチベーションが大切だ。
夢中になれるモチベーションのためには、楽しい、嬉しい、という気持ちが欠かせない。
人は遊びの時には夢中になる。
趣味に没頭してるときはみんな夢中だろう。

だから、学びが遊びになればいい。

私はそう考える。

「努力は夢中に勝てない」のだから。

Takanori

2016年度の新人研修を終えて

2016年度の新人研修の報告書を書き上げ、まだ若干の資料整理や提出物などが残ってはいるが、長かった新人研修が終了した。

今年も、講師育成から新人研修に携わることになり、1月中頃から6月初めまで、という長期戦であった。

講師育成では、講師を育てる講師の育成の役割を持つことになり、「先生の先生の先生」という自分で言っていてもこんがらがりそうな仕事をすることになった。

研修を実施中は受講者への影響を及ぼさないようにするため、ブログなどへの投稿は基本的に行っていないので、久しぶりの投稿になるが、今年の新人研修について振り返ってみたい。
●講師育成について。

講師育成というのは、私が行っている研修の中でももっとも難しいものの一つである。
対象が社会人経験を積んで自分の考えをしっかり持っている方であること、伝えるべき内容が複雑で多いこと、結果を出すまでの期間が限られていること、などが難しい理由であるが、これらを乗り越えるためには最新の注意と、錬ったカリキュラムが欠かせない。

昨年、一昨年と講師育成に取り組む中で、私のスキルを棚卸しし、人に伝えられる形に整理して、学べる形にしてきたことを、なんとか、直接講師育成に携わる方に伝えようとしたのだが、結果から言うと難しかった。

一部は講師の講師に伝えられたとは思うのだが、新人研修の講師になる講師候補の方に十分なことができたか、というとやはり足りなかったと言わざるを得ない。

理由はいくつかある。

一つは、圧倒的に時間が足りなかったことである。

先に「細心の注意」というように書いたのだが、その内容が実際にはそう簡単に伝えられるようなことではなかった。
観察のスキル、心理的な反応に対する知識と経験、メッセージを伝える方法など、それぞれがとても複雑なことだが、細心の注意、というのはそれらの複雑なものが絡み合っているものだからだ。

「細心の注意」を分解して1つ1つ訓練しながら学ぶには、やはり時間が圧倒的に足りなかった。

二つめは、私が昨年までに実施したカリキュラムの意図をきちんと伝えられなかったことだ。

「錬ったカリキュラム」についての話になるが、コメントの質やインストラクションの方法など、私が実施した内容をそのまま実施することは難しいことと、講師の講師の方がやりたいこと、やれること、などがあり、私が実施したカリキュラムの流れの実施ではなく、講師候補の方に本質的な部分を伝え切れていなかったように感じる。

3分間スピーチのような簡単なカリキュラムでさえ、テーマの設定の方法、コメントについて注意すべきことなどを整理して伝え、納得してもらうことはできなかった。
結論として、講師育成に関しては、私が直接担当させてもらうならば2ヶ月から2ヶ月半ほどあれば、最低限必要なことは伝えられるだろうと思う。
最低限の必要なこととは、テキストを読み解いて意図を考えカリキュラムを組み立てる力、講師として前に立って話す力、「受講者のために」という意識、などである。

だが、講師育成の講師を2週間で育てることは難しい。
必要な事を伝えるためのスキルを整理し、それを伝える手段を考えたときに、あまりにも短いのだ。

今年の講師育成では直前でそのような指示をもらったため、とりあえずはじめてはみたものの、やはり足りない時間には勝てなかった。
●新人研修

今年は複数社が混在する会場での実施であった。
これまで、新人研修では一社の新入社員だけが集まっている環境でしか研修を行っておらず、複数社混在の環境での研修は初めての経験であった。

会社毎に新入社員に傾向があり、これまでよりは幅広い対象だったこと、会社のイベントで一部の受講者が1日抜けることがあるなど、多少勝手が違った部分はあったが、結果的に昨年までの研修と同じような雰囲気になってくれた。
複数の会社であるという要素も、それなりにうまく盛り込めたと思う。

会社の壁がどれぐらいあるものか心配していたのだが、研修の最初から意識して壁をなくすように心がけた結果、それぞれの会社の個性がよい方向に生きたまま、会社の壁を越えた交流が生まれ、受講者が仲良くなってくれ、グループワークを通してよい学びの場となった。

一社ではないので、企業の担当者と頻繁に情報交換を行い方針を決める、ということはできなかったが、伝えたいことは受講者の方々に受け取ってもらえたようである。

全体としては、ほぼ想定していた負荷をかけながら伝えたい内容を盛り込むことができたのではないかと思う。

もちろん、課題もいくつかあり、振り返ると「もう少しこうしていたら」という反省がいくつか思い浮かぶ。
中には、私の判断ミスや、手が回らなかったことが理由であるものもあり、それらは素直に反省しなければならない。

特に、進み方の遅い人に対するアプローチの方法や、最初に乗り遅れた感じのある人へのアプローチには、反省点が多い。
進み方が遅いことには、いろんな理由があり、講師を含む周りへの質問ができるかどうか、するかどうかという個性も関係してくる。
原因や個性、考え方を見極めて適切な声をかけつつ、受講者自らの行動を妨げない、というのはなかなかむずかしい。

これらの対応の精度をあげることは、これからも課題になっていくだろう。

とはいえ、半年弱の新人研修関係のプロジェクトを終了し、とりあえずは一安心である。
少し休みを取りつつ、次の動きを考えていきたい。