Takanori

たのしい、と、うれしい

これまで「研修では学ぶことが楽しくなければならない」という表現を何度も使ってきた。

このこと自体は問題はないと思う。

辛いことを我慢しながらやっていても、ろくな学びはできないのは考えなくても分かるだろう。

現実には、勉強はつらいもの、練習は耐えるもの、みたいな考え方がまだ世の中にはたくさんあるが、次第に淘汰されていくに違いない。
昨年から「勉強会(仮称)」というのを開催している。

その中で、学ぶには「楽しい」という感情が大切、ということを伝えるためにいくつかのグループワークを行った。
私は「楽しい」というキーワードが出てくればよいと考えていたのだが、「うれしい」に対する考察も行われた。

その結果「楽しい」は過程が「楽しい」であり、「うれしい」は結果的にできたら「うれしい」という分析がなされた。

それまでは私の中で「楽しい」でひとくくりにしていたのだが、勉強会のグループワークの結果によって分かりやすく整理された。
私にとってとても大きな成果であった。
講師として研修を進めていると、それこそ脂汗を流しながら苦労して課題に取り組むシーンがよく見られるようになる。
その課程は「楽しい」とはほど遠い。
だが、できたらきっとすばらしく「うれしい」だろう。

なぜそう思うのかといえば「できるようになりたいから」だ。
だから必死に苦労しながら取り組むのだ。
つまり、研修はこうやって作ればよい。

・楽しいことをする。
・楽しいことの中に学びを含める。
・楽しいけどできない経験をさせる。
・できないことをできるようになりたいと思わせる。
・できるようになるために努力させる。
・努力の結果できたことを認識させる。
・できないことを認識させ、できるようになりたいと思わせる。
以下は繰り返しである。

途中の過程にも「楽しい」を入れれば、「楽しい」と「うれしい」の連続だ。
「うれしい」がより強くなる「悔しい」も混じれば、さらによい。
さらに具体的に言えば、

・学んでもらいたいことを分析して
・楽しめる課題にし、
・それを楽しめるように導入して実施し、
・成長を実感させて、
・課題を自分達で見つけられる

ようにしていけばよい。
勉強会(仮称)では、この流れの中の「分析」と「楽しめるような導入」というのが今の課題になっている。
「分析」はロジカルシンキングがベースではあるが、アイデアも大切である。
「楽しめるような導入」というのは、場を把握した上で、感情に働きかけるようなスピーチの力が必要になる。
これまで何気なくやっていたことを、このように明確に分析できるようになったことは、私にとっての勉強会(仮称)の成果である。

「楽しい」と「うれしい」はその象徴的なことなのだ。

さて、その勉強会(仮称)であるが、そろそろまともな名前をつけてあげたい。
次の勉強会(仮称)で提案してみようかな。

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