Takanori

「努力は夢中に勝てない」

ある方の Facebook のタイムラインに、表題の言葉が書かれた額の画像が流れていた。

「努力は夢中に勝てない」
元陸上選手の為末さんの言葉だそうだ。

この言葉はすごい。

人を育てる我々のような人間が創りださなければならない環境を、ひと言で表してしまっている。
私はよく「講師にできるのは環境を創ることだけ」という言い方をしている。

受講者の代わりには学べないし、丁寧に説明すれば必ず理解してもらえるわけでもない。
学んでもらうため、理解してもらうためには、受講者自身が考えて理解しなければならずそれ以外の方法はない。
より多くを理解してもらうために必要なのは「学びたくなる環境」であり、それが「夢中になれる環境」であれば、さらによい。
ひたすら課題をこなすことを求めているような学びの場では、課題をこなすことが目的となっていく。
努力を強いても、人は成長するだろう。
みんなが努力もしないでそっぽを向いているよりはよっぽどましだ。
だが、強いられた努力が楽しくなければ、研修が終わることで安心し、研修が終わってからの継続は望めないし、研修中の自主的な学びにもつながりにくい。
夢中になれる環境かどうかを見分けるのは簡単である。
受講者が「課題をやりたい」と思うか「課題をやらなければならない」と思うか聞いてみればいい。
「やりたい」と言えば楽しいのだろうし、「やらなければならならない」と言うのなら、努力を強いているのだろう。
夢中になれる研修では、研修を終わりたくない、もっと続けたい、という声が出てくる。
努力を強いられる研修では、やっと終わった、という感想になる。
「やりたい」と思うためには、その課題に対して、取り組むモチベーションがなければならない。
課題に取り組むことが「自分の役に立つ」というのももちろんモチベーションになるが、「いやだけど役に立つから」というのでは「夢中」にはならない。
役に立つ、ではなくて、楽しい、嬉しい、などの感情が元になったモチベーションが「夢中」につながる。
「夢中」であれば学びが自主的になり、幅も広がり、深さも深くなる。
そのような学びは、研修が終わっても続き、結果的に定着する可能性も高くなる。
研修において「定着」は大きなテーマである、というよりも、定着しない研修には意味がない、ぐらいに大切である。
定着のためには「夢中」になれる学びの場が一つの答なのだろう。
いつまでも学び続けたい、という気持ちで終われる研修のためには、夢中になれるモチベーションが大切だ。
夢中になれるモチベーションのためには、楽しい、嬉しい、という気持ちが欠かせない。
人は遊びの時には夢中になる。
趣味に没頭してるときはみんな夢中だろう。

だから、学びが遊びになればいい。

私はそう考える。

「努力は夢中に勝てない」のだから。

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