Takanori

トーナメント大会の問題

先日、ヒーローズカップ関東大会というのが熊谷ラグビー場で開催された。
トーナメント形式で最終的には日本一を決める小学校高学年の大会である。

主催者は、元日本代表の林敏之さんであり、全国を飛び回りヒーローズカップを開催されている実行力には本当に敬服する。

実は、小学生が参加するトーナメント大会というのは、埼玉県ラグビー協会では実施されていない。
埼玉県では交流会が開催されているが、その交流会では得点ボードも存在しないし、もちろん記録に残さない。

これは「勝ちにこだわることはよくない。」という考え方からであるが、その「勝つ」ということを巡ってはさまざまな考え方が交錯しており、さまざまな誤解があるようなので整理をしておきたい。

1つ1つの言葉の意味がとても重要なので、必要がある場合には言葉の定義をしながら話を進めたい。

林敏之さんがトークショーにおいて「スポーツだから勝たなければダメ、勝ち負けにこだわらなければエンターテイメントやトレーニングになってしまう。」という旨の発言をされていた。

林敏之さんの意図を考えると「エンターテイメント」というのは「競技性のない運動」というイメージかと想像できる。
「トレーニング」についても同じような「競技性のない自己鍛錬のための運動」という意味かと思われる。

つまりスポーツとは「競技性がない運動」ではだめである、と言われていると思う。

これは正しい意見である。
特にチーム対チームで戦うラグビーのような種目において、競り合って相手に勝つことが大切であることは間違いない。

ただし、試合(試し合い)、ゲーム(文字通りゲーム)といわれるように、「勝たなければ意味がない」というようなことではないので注意が必要である。

相手に勝つことをモチベーションとして練習をし、練習の成果を試合によって競い合う、というのが本来の姿である。
そして、その競い合いと練習を楽しむ、というのがラグビーというスポーツの本来のあり方である。

また、その競い合いと練習の中から、心と身体を育て鍛えていく、というのも特に年少期のスポーツでは大切な要素である。

つまり、競い合って相手に勝ちたい、と考えるのはラグビーというスポーツにおいては重要な要素である。
決して勝たなくてもよい、ではなく、勝ちたいと考えて努力するのは正しいことなのだ。

それではなぜ、勝たなければ上に行けずに優勝をめざすトーナメント大会や、勝ち負けを記録に残すことをしないほうがよい、という意見があるのだろうか。

答はプレイをする子供ではなく、指導する指導者の方に問題があるからだ。

指導者が勝ちたくなり、子供を自分の思い通りに動かそうとしたり、怒鳴りつけたりすることで、結果的に、将来がある子供のチャンスを潰してしまったり、ラグビーを嫌いにさせたりしてしまう。
このようなことは、実際に高校などの指導の現場で起きている。
高校で燃え尽きてラグビーから遠ざかってしまうような子供が多いというのは、トーナメント大会の弊害があることの証拠であろう。

同じようなことが、小学生、中学生のラグビーの現場でも起きている。
さらに、勝ちたい指導者と、子供を育てたい指導者との軋轢からスクールが分裂してしまうようなことも起きている。

解決策は一つしかない。

指導者が勝ちにこだわらないようになることである。
勝つことではなく、勝てる力を子供に与えることを目的とし、子供が戦った結果を受け入れる、ということができるぐらい指導者が成熟したならば、いくらでも勝ち負けが記録に残る大会に出ればよい。

だが、現在は指導者が先に熱くなり、勝ちたくなり、子供を犠牲にしてしまう。

だから、トーナメント大会を開催することよりも、指導者をきちんと育てることの方が先なのだ。
指導者が育たないうちに、小学生のトーナメント大会を広く広めることは、将来有望な選手になる可能性のある子供をラグビーから遠ざけることになってしまい、結果として日本のラグビーの弱体化にもつながっていくことになるだろう。

決してトーナメント大会がいけないわけではない。
勝つために子供を使い潰してしまうような指導者がいることが問題なのだ。

単純に順番の問題である。

指導者を育て、トーナメント大会を有効に活かせるような環境ができてからの大会であれば、なんの問題も無いどころか、よいモチベーションとすることができるだろう。

勝ち負けについては他にもある。

指導者が子供に対して「勝たなくてもいいよ」というのは論外である。
子供は勝ちたいのだ。
勝てるだけの力を与えられない指導者が言い訳として「勝たなくていいよ」と言ってしまっては、なんのためのラグビーなのか分からなくなってしまう。

指導者の理想は「勝て」と子供に言い、子供が全力を尽くして戦うモチベーションと戦うスキルを与え、子供たちが自ら判断しながらゲームをできるようにし、試合で勝てたら子供の努力と力を認めてさらに上を目指させ、負けたら自らの指導力のなさを悔いて努力をする指導者であるはずだ。

将来を担う子供たちと、日本のラグビーのために、このような指導者がたくさん育つことを心から願っている。

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